274.収穫祭の始まり
「よし! 必要な物をマジックバッグに入れたぞ!」
「忘れ物はないですか?」
「えーと……大丈夫みたい!」
昼食を食べた後、必要な物をマジックバッグに入れて準備は完了した。人形劇で読む台本を入れたし、料理大会に出す料理も入れたし、楽器も入れた。うん、忘れ物はない!
準備が終わった私たちは家を出て、まずはエルモさんのお店に向かう。
「ようやく、収穫祭だな! この時を待っていたんだぞ!」
「収穫祭をするって決まってから二か月くらい経ちましたね。かなり、待ったんじゃないでしょうか?」
「でも、あっという間だったよね。色んな事があったし、やる事も多かったし、今年の秋は忙しくて楽しかったね」
吹き付ける風は冷たくて、冬がすぐそこまで迫っていた。まだ温かかった秋の始まりから、風が冷たくなる秋の終わりまで本当にあっという間だったなぁ。
「今日は村中の人が集まるから、とっても賑やかになりそうだね」
「沢山の人が集まると楽しいことになるから、ウチは好きなんだぞ!」
「人がいるだけで楽しいって凄いことですよね。なんだか、ワクワクしてきました」
「もう! イリスはワクワクするのが遅いんだぞ! ウチは昨日からワクワクしていたぞ!」
「そんなに長くワクワクしていると疲れない?」
「全然!」
クレハはタフだからなぁ、それくらいじゃ疲れたうちに入らないか。三人でお喋りしながら歩いていると、エルモさんのお店についた。
「エルモさーん、こんにちはー!」
扉を叩いてから開いて、お店の中に入る。カウンターを見るが、そこにはエルモさんの姿は見えなかった。一体、どこに行ってしまったんだろうか?
「おーい、エルモー!」
「エルモさん、どこにいますかー?」
クレハとイリスも声を上げてエルモさんを呼ぶ。しばらくすると、お店の奥から物音が聞こえてきた。しばらく待っていると、荷物を抱えたエルモさんが現れた。
「お待たせしました。ちょっと、荷物を用意していて遅れました」
「もう、何をしているんだ? エルモは準備が遅いぞ!」
「結構大きな荷物ですね。それには何が入っているんですか?」
「私も一芸に出場しようと思いまして……その時に披露するものが入っているんです」
「何!? エルモも一芸に出るのか!? だ、大丈夫なのか?」
「エルモさんにしては思い切りましたね」
まさか、あのエルモさんが一芸披露に出場するなんて思わなかった。大勢の人前に出ることになるけれど、大丈夫なのかなぁ?
「ひ、人前は緊張しますが……少しでも錬金術について知っておいてもらった方がいいな、と思ったんです。私のお店に来るのは冒険者だけですから、村の人たちにも利用して欲しくて……」
「なるほど、お店に村の人たちも来て欲しいんだね。だったら、一芸披露に出場するのはいい案かもね」
「でも、エルモが人前に出るのは心配なんだぞ。ちゃんと立っていられるのか?」
「人前で沢山喋るんですよ? 大丈夫なんですか?」
「うぅ、その心配が温かいんですが、胸に鋭く突き刺さりますー」
私たちの心配する声を受けて、エルモさんが少し泣いた。この調子で本当に大丈夫かな……やっぱり心配だ。
「はっ! こうしちゃいられない! 早く会場に行こう!」
「そうですね。もう、みんなが集まっているかもしれませんし」
「だね。エルモさんは準備は終わった?」
「はい。荷物はこれだけですし、大丈夫です」
「なら、会場に行こうか!」
エルモさんを迎えに来たし、後は会場に一直線だ。エルモさんの手を引き、背を押しながら私たちはお店を出て会場へと向かった。
◇
会場は広さが十分に取れる、村の端っこに設置されるみたい。丁度、村と農家の間にあって、いつも遊んでいるアスレチックの傍にある空地で開催される。
足早に私たちはその会場へと向かうと、その光景に驚いた。沢山置かれた机にイス。会場のあちこちに飾りが設置されていて、とても華やかだった。
よく見るとステージのような物も作られている。あ、あっちには焚火台も沢山ある!
「うわー、凄いな! いつもの村じゃみれないものばっかりだ!」
「色々な飾りがあって、楽しい雰囲気です。花も飾られているんですね」
「なんだか、町のお祭りを思い出しますね。まぁ、遠巻きに見ていたから、詳しくは分からないのですが」
それぞれが会場の様子に目を奪われている。それで、ふと気づいてしまった。
「こんなに華やかな会場を作ってくれたのは、冒険者たちだよね。あのおじさんたちがこんな飾りを作って、設置したの?」
「それを考えると、おかしいな。あのおじさんたちがこんな飾りを作るなんて……」
「おじさんたちがこんなに綺麗に飾り付けるなんて……」
「あの冒険者さんたちが?」
みんなの頭の中で冒険者のおじさんたちが会場の綺麗な飾り付けをするイメージが浮かぶ。しばらく、その想像をしているとみんなで一斉に吹き出した。
「なんだか、合わないね」
「あのおじさんたちにそんな趣味があったなんて、驚きです」
「似合わないぞ!」
「ふふっ、可愛い所もあるんですね」
やっぱり、あの冒険者のおじさんがこんな綺麗に飾り付けをするなんてイメージに合わないよね! でも、会場を綺麗に飾り付けてくれたことには感謝しなくっちゃ。
「会場もそうだけど、村中の人が集まっていて賑やかだね」
「こんなに賑やかなのは久しぶりだからワクワクするな!」
「ですね。私もワクワクします」
「わ、私は変にドキドキします。あー……やっぱり、私はこういう場には合わないです」
「エルモさん、気をしっかり持って。大丈夫だよ」
周りに人が大勢いるので、エルモさんが萎縮してしまった。三人で励ましていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。
「おーい、三人ともー!」
「ひっ!」
「エルモさん、驚かないで。近づいてきたのは子供たちだよ。子供なら大丈夫でしょ?」
「こ、子供でしたか……それなら平気です」
エルモさんを宥めて、近づいてくる子供たちと向き合う。
「ようやく、収穫祭だな! 準備は万端か?」
「もちろんだぞ! そっちはどうだ?」
「俺たちも準備万端だ! 始まるのが楽しみだぜ!」
「そうそう。これから男爵様の挨拶が始まるから、みんなステージのところへ集まってって」
「そうなんですね。あ、もしかしてそれを伝えるために?」
「うん、そうだよー。私たちにしかできない特別な任務だって言ってた! じゃ、寄り道しないでステージの所へ行ってねー!」
子供たちはそういうと、他の人たちに話しかけに走って行った。
「だってさ。だから、ステージの所は人がいっぱいいたんだね」
「ステージに近寄ってないのって、ウチらと数人ぐらいだぞ。早く行くぞ!」
「遅れたら挨拶を聞き逃しちゃいますしね。エルモさんは、あそこに行くのは大丈夫ですか?」
「人がいっぱいしてちょっと遠慮したいけど……注目されるのが男爵様ならなんとかなります」
「じゃあ、近くまで行こうか!」
怯えるエルモさんの背を押して、私たちはステージの前に移動していった。
◇
しばらく、ステージの前で待っていると男爵様が姿を見せた。男爵様はステージの上に立つと、みんなを見渡しながら口を開く。
「みんな、集まってくれて感謝する」
その一言を言うと、周りが一斉に歓声を上げた。その歓声に乗っかって自分も歓声を上げると、ワクワクが高まってくる。
「今日、開催する収穫祭は開拓村フォルマにとって初めての祭りになる。今までは自分たちの生活をしていくことで精一杯で楽しむことができなかった。だが、今はみんなに余裕が生まれて、催しを楽しむことができるようになった」
男爵様の言葉に周りの大人たちがしみじみと頷き合っている。本当に今まで余裕のない生活をしてきたんだな。
「この村ができてから、大変なことも嬉しいこともあった。作物が不作になった時が一番辛かったと思う。だけど、そんな状況を変えてくれた子がいて、この村は救われただろう。その子には心から感謝をしたい」
あ、私の話だ。そう思っていると、両端からクレハとイリスに肘で突かれる。なんだか、恥ずかしいなぁ。
「それからみんなで協力し合って、この村を良くしていこうと頑張ってくれた。そのお陰で、この村は豊かになりつつある。本当にありがとう」
男爵様がそういうと、周りから拍手が沸き起こった。私たちもそれに釣られて拍手を送る。
「最近では不届きものが村に入り込んで大変だったな。だが、みんなの協力によって大切な財産を守ることができた。あの時は協力してくれて感謝する。おかげで、仲間が減らずにすんだ」
なんだか、私に視線が集まっているような気がした。ちょっと恥ずかしい、男爵様が話題にするからだ……。
「先日の嵐は大変だったな。折角、収穫した小麦がダメになるところだった。だが、みんなの協力があって、小麦は全部無事に袋詰めを終えることができた。家も壊されて大変だっただろうが、とある協力でみんなの住む家が元に戻ったと聞く。感謝をいくつしても足りないな……」
「男爵様ー! もう、みんな分かっていることですから、早く話を進めてくださーい!」
「待ちくたびれちゃうよ!」
「おぉ、そうだな! すまん、話が長くなってしまった。本当はもっと話したいことがあるんだが、それは収穫祭の中で話すとしよう」
周りから笑い声が聞こえると、期待が高まっていくのを感じた。男爵様は咳ばらいをすると、大声を張り上げた。
「これより、開拓村フォルマの収穫祭を開催する!」
すると、周りから一番の歓声が響いた。とうとう、収穫祭が始まる!




