272.収穫祭の準備(1)
朝日が差し込んできた。自然と目が開いて、ベッドから体を起こす。
「うーん、朝だぁ。寒くなったなぁ」
布団から出ると、家の中が冷えていて体が震えた。もうすぐそこに冬が来ている気配がする。寒いのは嫌だな、そんな感想が浮かんで消えた。
でも、今日はその寒さになんか負けない。だって、今日は待ちに待った収穫祭の日だから。
「二人とも起きて、朝だよー」
声をかけると布団がもぞもぞと動き出し、二人とも体を起こした。
「おはようございます」
「おはよう」
「二人ともおはよう。クレハが一発で起きるなんて珍しいね」
「だって、今日は収穫祭の日なんだぞ! すっごく楽しみにしてたからな!」
「昨日からあんなにはしゃいでいましたからねー」
昨日の夜ははしゃいだな。楽器を鳴らしながら踊ってみたり、ベッドの中に入ってから大合唱したり、楽しみすぎて前夜祭でもやっているかのようだった。
「さぁ、早く着替えて宿屋に行こう! その後は収穫祭の準備なんだぞ! 遅れないように早くしないとな!」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」
「まさか、その恰好で行くんじゃないでしょうね?」
「そんなことは分かっているぞ。今すぐ着替えて……うー、寒い!」
急いでパジャマから服に着替えようとしたクレハは寒そうに体を震わせた。
「この気温の中、着替えるのが億劫になるよね」
「寒さで着替える手が止まってしまいますね」
「寒さなんかに負けないぞ! うおぉぉっ!」
私たちはのんびり服に着替えている横で、クレハは気合を入れていつもの服に着替える。でも、寒さが身に染みたのか、着替える手はそんなに早くなかった。
「なんとか着替えたぞ。まずは腹ごしらえだ! 早く行くぞー!」
そう言って、駆け足で扉に向かったクレハ。勢いよく扉を開けて外に出ると、声が聞こえる。
「さむーっ!」
やっぱり、秋の終わりの朝は寒いみたい。
「収穫祭の時は寒くないといいですね」
「焚火台を作っているから、そんなに寒くないと思うよ。寒かったら温まればいいんだし」
「それなら安心です。夜までやるって聞いた時は寒さとか明かりとかどうするのかなって思ってました」
「月の光でも明るいけれど、火の明かりのほうがもっと明るいしね。みんなで楽しむなら、火の明かりがあったほうがいいよね」
二人でのんびり着替えると、お喋りしながら扉に向かう。
「二人とも遅いんだぞ! ウチの体が冷えちゃったんだぞ!」
すると、先に外に出ていたクレハが怒っていた。プリプリと可愛く怒るものだから、私たちは顔を見合わせて悪戯っぽく笑い合う。
「じゃあ、抱きしめて温めてあげるね」
「ほら、こうすると温かいですよね」
クレハの体をギュッと抱きしめてあげた。
「こらー! 遅くなったことをごまかすなー!」
だけど、クレハにごまかしたことをバレてしまった。仕方がないので、クレハの頭を撫でて大人しくさせる。
「はいはい、落ち着いてねー」
「ここがいいんですよね?」
「ふ、ふわぁっ……やめろー」
「よしよし、これでクレハの怒りも静まるね」
「ふふっ、もう怒りはなくなりましたね」
「ぐぬぬぅっ……ウチで遊ぶなー!」
沢山頭を撫でて腑抜けにしたはずなのに、クレハは渾身の力を出して抵抗してきた。こうなってしまったら、逃げるしかない。私たちは笑い合うと、宿屋に向かって走り出した。
「あ、こら! 逃げるなー! ウチで遊んだこと、後悔させてやるー!」
「後悔なんてしないからー」
「そう簡単には捕まりませんよ」
「待てー!」
気持ちのいい秋晴れの下で、私たちのじゃれ合う声が響き渡った。
◇
「あら、おはよう。どうしたの? みんな、髪の毛がぐちゃぐちゃよ」
慌ただしく宿屋に入ると、ミレお姉さんは私たちを見て笑った。
「ウチの頭を撫でた仕返しをしたんだぞ。これでもぬるいほうなんだぞ」
「あらあら、そうなの? じゃれ合っている光景を見たかったわ」
「これはじゃれ合っているんじゃなくて、仕返しなんだぞ!」
「ふふっ、そうね。ほら、席に座りなさい。今、朝食を持ってきてあげるから」
クレハはまたプリプリと怒っている。そんな可愛い光景を見ていたミレお姉さんは笑って厨房の奥へと引っ込んでいった。
私たちが席に着くと、近くにいた冒険者たちが話しかけてくる。
「かなり手ひどくやられたな! 髪の毛が爆発しているぞ!」
「ウチの怒りは本当はこんなものじゃないんだぞ」
「そうか、そうか。クレハでも許せないものがあるんだな。何があったんだ?」
「早く外に出たウチをほったらかしにして、二人はゆっくりと着替えたしゆっくりと家を出てたんだぞ!」
「それはあれか……収穫祭が楽しみでクレハが先に出たってことか?」
「そうだぞ!」
クレハの肯定を聞いた冒険者たちは一斉に笑い出した。
「あはは! なんだ、クレハが先走ったせいか!」
「いつもと変りねぇーじゃねぇか!」
「はいはい、いつもの。ご馳走様」
「な、なんで笑うんだよー!」
「いや、クレハらしいなって思っただけだよ」
「そうそう。そっか、クレハは先に行きたかっただけなんだよな」
「いやー、光景が目に浮かぶわー」
一人で慌てるクレハだけど、他の冒険者は何もかも分かったような口ぶりで頷いていた。そうだよね、見てなくてもなんとなく分かるよね。すると、周りの反応を見たクレハが頬を膨らます。
「なんでウチが笑われなくちゃいけないんだ」
「クレハが寒くなったのは、先走ったせいですからね」
「見てなくてもその光景が分かるなんてプロだね」
「ちぇっ。なんだか、面白くないぞ」
一人で不貞腐れるクレハ。それを見て私たちは笑い合った。
「はい、三人ともお待たせー」
丁度いいタイミングでミレお姉さんが食事を持ってやってきた。パンに温かい野菜スープに卵と燻製肉だ。
「「「いただきまーす」」」
私たちは声を合わせて食べ始めた。いつも食べている朝食は変わらず美味しくて、最初は夢中で食べてしまう。半分を食べ終わると、近くにいた冒険者たちがまた話しかけてきた。
「三人娘は収穫祭までの間は何をするんだ?」
「まず、家畜の世話をするでしょ。その後に収穫祭に出す料理の下ごしらえをするの」
「じゃあ、忙しいんだな。ちなみにどんな料理を出すんだ?」
「それは秘密だぞ! 収穫祭までの楽しみに取っておいてくれ!」
「なんだよ、教えてくれないのかー?」
「ダメですよ。これはみんなを驚かせる作戦なんですからね。そういう冒険者さんたちは収穫祭までどうするんですか?」
「俺たちは会場の設営を手伝うことになっているんだ。ただ、参加するだけも申し訳ないだろう? だから、力仕事は請け負おうと思ってたんだ」
そっか、会場の設営は冒険者たちがやってくれるんだ。そしたら、他の人たちは収穫祭に出すものの準備に取り掛かれるね。
「お酒を飲みながら作業したらダメだからね」
「くっ、ノアちゃんに釘を刺されてしまった。折角、酒を飲んでダラダラしようと思っていたのに」
「先に設営を終わらせてから、お酒を飲めばいいのではないでしょうか?」
「作業中にちびちびやるのが楽しいのよ!」
「うーん、ちびちびやるのが楽しいのか? ガツガツしたほうが断然いいのにな」
「クレハも大きくなったらちびちびやる楽しさも分かるってもんよ!」
なんだか、ダメな大人の見本を見ているようだ。まぁ、楽しみ方は人それぞれだよね。冒険者たちにも楽しんで欲しいから、色々と言うのは違うよね。
冒険者たちと楽しくお喋りをしながら朝食を食べ終わった。
「よし、食べ終わったぞ! 家に帰って、収穫祭の準備だ!」
「もう、クレハはもうちょっと落ち着いてよー」
「また頭ナデナデしますよ」
「それはダメだっ!」
イリスの言葉に過剰に反応したクレハは頭を両手で隠した。
「はっはっはっ、落ち着きがねぇな!」
「これは収穫祭が楽しくなるな!」
「無理しない程度に楽しめよ!」
「うん! 十分に楽しむよ」
「じゃあ、家に戻りましょうか」
「早く行くんだぞー!」
朝食のお金を置くと、私たちは急いで食堂を出て行った。これから収穫祭の準備だ。ワクワクしてとても楽しい気分。




