263.秋の嵐(2)
みんながやる気を漲らせている。私も最大限の協力がしたい。何か私にできる特別なことはないだろうか……。今は人手が少しでも多い方がいいから……そうだ、分身魔法だ!
「男爵様! 私も協力します!」
「おお、ノアが手伝ってくれるなら百人力だ」
「私、分身魔法が使えます。その分身魔法で、人手を増やしましょう」
「そういえば、ノアの魔法があったか。よし、そうと決まったら声をかけよう」
私が分身魔法の事を話すと、男爵様はそうだ! と言わんばかりに手を叩いた。
「この中に魔力がある人はいるか!?」
男爵様が声を上げると、その中から人が近寄ってくる。殆どが冒険者だった。
「俺らに魔力はあるが、どうしたんですか?」
「その魔力を今回の手伝いに生かしても大丈夫か?」
「もちろんです。いくらでも使ってください」
十人近くの冒険者が名乗り出てくれた。これだけの人数がいれば、人手が増える!
「じゃあ、ノア。よろしく頼む」
「任せてください。これから、みなさんの魔力を使って分身を作るよ。力を抜いてそのまま立っていて」
「分身、だと?」
「本当にそんなことが?」
「や、やってくれ」
その冒険者たちが並ぶと、手をかざした。そして、分身魔法を発動させると、冒険者たちの分身が現れた。
「お、おー! こ、これが分身!」
「そんな魔法があったとは!」
「これは凄い魔法だ!」
冒険者たちは自分たちの分身が数体できて驚いて声を上げていた。
「その分身は動くことで魔力を消費して、魔力がゼロになると自然と消滅するようになってるよ」
「ほう、そんな仕組みなのか……」
「本当にそっくりだ。信じられない……」
「でも、これで人手を確保できたな!」
冒険者の数が増えて、頼りになる人手も増えた。これで、小麦の脱穀が増えればいいけれど……。そこに、クレハとイリスが近寄ってきた。
「なぁ、ノア。ウチらも分身作ろうぜ!」
「そうですよ。私たちの分身だって役に立ちます。だって、今回の作業は沢山やってきたんですから」
「そうだね。私たちの分身でも役に立つはずだよ。じゃあ、分身魔法かけるよ」
私たちの分身も役に立つはずだ。なんてったって、私たちは小麦の作業をしていたから。
早速、私たちに分身魔法をかけた。すると、私たちの分身が現われる。うん、こうみると凄い人数になった。これで作業が進むはずだ。
「おぉ、分身魔法凄いな。人手がこんなにも増えるなんて」
「これで、十分な人手が確保できたと思います。この人数で大丈夫ですか? まだ、増やすこともできますが」
「いや、これで行こう。もし、足りなかったらその時はまた分身魔法を使おう」
「次は何をすればいいですか?」
「次は集めておいた脱穀機を農家に届ける作業だ。人手が増えても脱穀する機械がなければ話にならない。だから、余分に保管しておいた脱穀機を農家に届けて、一気に脱穀を進めるんだ」
なるほど、次やることは脱穀機の運搬だね。それだったら、いい案がある。
「なら、私のマジックバッグに脱穀機を入れて運搬しませんか? それだったら、早く農家の人たちに脱穀機を届ける事ができます」
「その手があったな! よし、ならノアはコルクと一緒に行って脱穀機をマジックバッグに入れてくれ。終わったら、俺のところまで来て欲しい」
「分かりました」
男爵様との会話が終わると、私はコルクさんの所に行った。コルクさんは忙しそうに来た人たちに何かを話しているところだ。そんな所に割り込んで、話しかけた。
「コルクさん、脱穀機を私のマジックバッグに入れて運搬することになったよ」
「なるほど! なら、話は早い。こっちだ、来てくれ」
すると、すぐにコルクさんは対応してくれた。作物所の裏に連れていかれると、倉庫に連れていかれた。倉庫の扉を開けると、そこには余分においておいた脱穀機が十台以上置いてあるのが見える。
「これを全部使ってくれ」
「うん、分かった」
「マジックバッグに入れるのを手伝うか?」
「ううん、魔法を使うから大丈夫だよ」
私は魔動力を発動させて、脱穀機を持ち上げる。重たい脱穀機は軽々しく浮かび、地面に置いたマジックバッグに吸い込まれていく。次々と脱穀機を入れると、あっという間に仕事が終わった。
「これでいいよ」
「いつ見ても、ノアの魔法は凄いな。脱穀機の運搬、よろしく頼んだぞ」
「任せておいて」
コルクさんに頼まれて、責任感が芽生える。しっかりと脱穀機を農家の人たちに届けなくっちゃ。その思いを胸に倉庫を飛び出して、急いで男爵様の所に戻った。
「お待たせしました。準備完了です」
「よし。なら、ノアは俺と一緒に馬に乗ってくれ。馬で駆けて、先に農家に脱穀機を届けるぞ」
男爵様は私を持ち上げて馬に乗せると、その後に乗馬した。
「みんな、聞いてくれ。俺たちは先に行って脱穀機を農家に届けてくる。残りの者は指示に従って、農家の所まで行ってほしい」
みんなに向けて話しかけると、威勢のいい返事が返ってくる。すると、イリスとクレハが近づいてきた。
「じゃあ、二人とも。私は先に行っているね。後で合流するから」
「分かりました。頑張ってくださいね」
「ノア、待ってるぞ!」
二人と言葉をかわすと、男爵様は馬を走らせた。向かうは散らばった農家、早く脱穀機を届けて作業の準備をしておかないと。
◇
村の中を馬で駆け、農家を目指す。天気はとても悪くてどんよりとしている。嵐が近づいている証拠だ。早く小麦を脱穀して袋詰めしないと、昨年の二の舞になってしまう。
気持ちは焦るが落ち着こう。そう考えている内に初めの農家に辿り着いた。そこでは、すでに脱穀機をおいて忙しなく小麦の脱穀が始められている。その場所まで馬で移動した。
「捗っているか?」
「まだ、やり始めたばかりですが、なんとか。でも、とても間に合いそうにありません」
「脱穀機を持ってきた。それに人手も手配した。もう少ししたら、手伝いの人たちが来るだろう」
「それは助かります。それで、脱穀機はどこに?」
「ノア、頼めるか?」
「はい」
男爵様が農家の人たちと話し終えると、私は下馬をした。マジックバッグから敷物を取り出して、それを地面の上に敷く。それから、マジックバッグの中から脱穀機を魔動力で浮かせて出した。
「こんな小さなリュックの中から、脱穀機が! 凄い、魔法のようだ」
それを見ていた農家の人は驚いた声を上げた。
「これで、追加の脱穀機は設置し終わりました。後から来るお手伝いの人と一緒になって、脱穀してください」
「あぁ、ありがとう。みんなで協力して、なんとか間に合わせてみるよ」
「よし。次に行くぞ」
男爵様に抱えられて乗馬をすると、すぐに馬を走らせた。まだ、脱穀機を届ける農家は沢山ある。早くしないと、お手伝いの人が来てしまう。その前に、なんとか届け終わらせないと。
その後、男爵様と一緒に馬で走り回り、脱穀機を農家の所に届け続けた。どこの農家の人も人手が足りなくて困っている様子だった。だけど、男爵様の話を聞くとみんな安心した表情を見せてくれた。
それでも、不安の農家の人がいる。そんな農家には男爵様が自ら声をかけて励ました。前向きな言葉をかけて、みんなのやる気を引き出していたのだ。その声かけのお陰で、諦めていた農家の人は自分たちにできる最大限のことをしよう、とそんな考え方に変わった。
男爵様の声かけのお陰で、みんな前向きになってくれた。あとは、実行あるのみ。全ての農家に追加の脱穀機を届け終わると、私たちは作物所へと戻っていった。




