262.秋の嵐(1)
玄関を開けて外に出ると、朝の冷え込みを感じるようになった。それに、空が厚い雲に覆われていて日が出ていないせいか、余計に寒く感じる。
「冬が近いねー」
「寒いのは嫌だぞ」
「でも、雪は楽しみです」
「今年は農家の子たちと知り合ったから、そっちで沢山遊べるね」
「雪が降る前の寒さはキツイけどな」
「あの寒さは堪えますね」
三人でお喋りしながら宿屋に向かう。秋が深まって、冬が訪れようとしている。近づく寒さの気配を感じて憂鬱になるが、楽しみなこともあるのは間違いない。
「冬に備えてやること、やっておかなくっちゃ。今年は家を断熱しようと思うの」
「断熱ってなんだ?」
「家の中の温かい空気を外に逃がさないことかな」
「それはいいですね。夜とか冷え込んで、大変なんですよね」
なんてったって、今年は創造魔法がある。その創造魔法を使って家の隙間に断熱材を入れることが可能になる。そうしたら、今年の冬は昨年よりも温かく過ごせるはずだ。
「寒くなる前にやりたいけど、野菜の注文は沢山入ってくるし、収穫祭の準備で忙しいし。今やっておきたいのに、できないのが辛いね」
「野菜の収穫は全部分身でやればいいんじゃないか?」
「そうですよ。そうしたら時間が作れるんじゃないんですか?」
「そうしたいんだけど、そうすると使う魔力量が高くなるんだよね。エルモさんから魔力回復ポーションの一日の使用を決められているから、魔法を使って無理ができないというか……」
「あー、魔力問題があるのか。それじゃあ、時間を作っても魔力がないんじゃできないよな」
「ノアの体の事を思えば、無理はさせられませんからね」
何度も魔力を枯渇させて、その度に魔力回復ポーションで魔力を回復させるには相当な体力が必要だった。まだ子供の体の私にはその疲労に打ち勝つ体力がない。だから、エルモさんのいう通りにしている。
「それにしても、天気が悪いなー。天気が良くないと、やる気が起こらないぞ」
「日がないと元気出ませんもんね。気分も落ち込みがちになります」
「ノアの魔法でパーッ! と、雲をどかせられないか?」
「そんなことできるわけないじゃない。そこまで万能じゃないよ」
雲を晴らす魔法なんてあるわけない。……でも、もしかして作れるか? もし、作ったら必要な時に雲を晴らして、ここに住む農家の作物の生育を手助けできるかも。一年中天気の良い地域になって、作物取り放題……なんてことになったら村が発展しないかな?
「ノアが真剣に考え込んでます」
「魔法でできるのか!?」
「……できたらいいなーっていうところまでは考えた。でも、そんな大きなことできるわけないよねー」
「ノアは賢者ですから、もしかしたらできるかもしれませんよ」
「賢者の力は凄いからなー」
「そういう二人だって勇者と聖女なんだから、凄いパワーで雲を晴らせるんじゃない?」
忘れがちだったけど、私たちには称号があるんだった。二人は魔物討伐で称号らしいことをしているけれど、私は賢者らしいことしてないな。生活にばかりに活用しまくっているからかな? 称号が生活賢者に変わってもおかしくない。
お喋りをしながら歩いていると、宿屋に辿り着いた。いつものように食堂に行って、空いている席に座る。すると、ミレお姉さんが食事を持って現れた。
「三人とも、おはよう。はい、食事ね」
「ありがとう、ミレお姉さん。今日は天気が悪いね」
「そうなのよ。これからの天気が心配だわ。これ以上悪くならなきゃいいんだけど」
「悪くなったら魔物討伐どころじゃないですよね」
「途中で雨でも降ってきたら嫌だな」
ミレお姉さんも天気の事を心配しているみたいだ。周りを見て見ると、冒険者たちの表情が優れない。聞こえてくる話し声は魔物討伐を休むか休まないか、という話題ばかりだ。
この時は呑気に天気の事を考えていたが、すぐに呑気じゃいられなくなった。
突然、乱暴に食堂のドアが開いたのだ。みんなビックリして振り向いてみると、そこには作物所のコルクさんが息を切らせて立っていた。ビックリしたミレお姉さんがコルクさんに近寄る。
「良かった。まだみんないるようだな」
「そんなに慌ててどうしたの?」
「天気が悪いことは知っているだろう。どうやら、嵐が来るみたいなんだ」
「そんなっ……嵐!?」
コルクさんの言葉に食堂にいるみんながざわついた。
「明日の朝方には嵐がここに来るらしい。先ほど、隣町からの早馬で知らされた。他の村や町でも被害が出ている大きな嵐のようだ」
「他の村や町でも被害が? そんなに強い嵐なのね……」
「だから、今日は明日の嵐に備えてくれ。それで、手が空いた人には手伝ってもらいたいことがあるんだ」
コルクさんは食堂にいるみんなに向けて話し出した。
「収穫された小麦の脱穀はまだ終わっていないんだ。このままだと、嵐で全部ダメになってしまう。だから、今日中に脱穀を終わらせて袋詰めする作業を終わらせないといけない」
嵐が来ることによって、小麦に被害が出てしまう。その事実を知った私たちは戦々恐々とした。このままだと、小麦が嵐でダメになってまた小麦不足に陥ってしまう。
「だから、手の空いた人は脱穀と袋詰めを手伝って欲しい。昨年のような小麦不足にならないために、人手が欲しいんだ。頼む、俺らに力を分けてくれ」
そう言ったコルクさんはみんなに向かって頭を下げた。しばらく、しんと静かになった食堂内だが、すぐに威勢のいい声が上がる。
「あのひもじい思いをするのはごめんだ。喜んで協力させてもらう」
「今度の問題は俺たちの力が試されるってことだな。いいじゃねぇか、全力を尽くさせてもらうぜ」
「よし、やってやろうぜ! できるだけ多くの小麦を救うんだ!」
冒険者たちが声を上げると、食堂内から様々な声が上がった。どれもみんなコルクさんに協力するような言葉ばかりで、誰も協力しない人はいなかった。もちろん、それは私たちもだ。
「コルクさん、私たちも協力させて。一緒に小麦を救いたい」
「ウチも協力するぞ! 脱穀ならウチに任せろ!」
「私もです! みんなで力を合わせましょう」
「お前たち……本当にありがとう。じゃあ、準備ができたら作物所に集まってくれ。頼んだぞ」
そう言うと、コルクさんは足早に食堂を出て行った。すると、話を聞いていたミレお姉さんがみんなに向かって声をかける。
「この嵐、みんなの力で乗り越えましょう」
その声に誰もが反応した。昨年のように小麦が無くてひもじい思いをするのは嫌だ。ちゃんとパンが食べられるように、小麦を嵐から守るんだ。その思いでみんなが一つになったような気がした。
◇
その後、朝食を急いで食べた私たちは一度家に戻ることにした。家には脱穀に必要な物があるし、便利なマジックバッグを持っていった方が役に立つと思ったからだ。
脱穀に必要な物をマジックバッグの中にしまうと、私たちは急いで作物所に向かった。作物所には冒険者たちが集まっていて騒がしい。というか、冒険者以外の人たちも集まっているようだ。
どうやら、農家じゃない村人も集まっていて、この危機に力を貸してくれるみたいだ。村が一丸となっているようで、なんだか嬉しくなってしまった。
しばらく待っていると、こちらに近づく馬の気配がした。そちらの方を向くと、男爵様が馬に乗ってこっちに来ているみたいだ。男爵様はみんなの前で下馬すると、すぐに声をかける。
「みんな、集まってくれて感謝する。今、この村に嵐が近づいてきている話はもう聞いたな。嵐を受けると、脱穀前の小麦が全部ダメになってしまう。そうなったら、昨年の二の舞になってしまうだろう。それは絶対に阻止したい」
真剣な顔つきで語る男爵様の言葉に誰もが耳を傾ける。それだけ、昨年の小麦不足は大変だった。
「みんなでこの危機を乗り越えるぞ!」
男爵様が大声を張り上げて、手を上に突き上げた。それにみんなで呼応した。この危機を乗り越えて、収穫祭を迎えるんだ。




