259.衝突
「お姉ちゃん、私の動きはいい?」
「うん、いいよ。もう自由に動かせるようになったね。その調子で続けて」
「ねぇ、ノア。魔力を出すときのコツって何かないかしら?」
「うーん、そうだなぁ……。力を抜くことかな。魔力を押し出すんじゃなくて、外に引っ張っていくようなイメージ」
「操作はどうやったら上達する? 人形を思い通りに動かすのが難しくて」
「どう動かしたいか、しっかりと頭の中で想像することかな。そうしたら、スムーズにいくと思うよ」
みんなの魔動力の練習を見て、それぞれにアドバイスをする。ティアナは合格を上げてもいいくらいに上手になったし、後もう少しのタリアとルイには思ったことを伝えた。
それらを伝えると、三人は集中して練習を続けた。少しずつ動きが良くなっているのを見ていると、教えている方は嬉しくなってくるものだ。あとは、沢山練習するのみ。頑張れ、三人とも。
ふと、集中力が切れて周囲の様子を眺めてしまう。遊具で遊ぶ子、収穫祭に向けて練習をする子、子供たちは思い思いの行動を取っている。その中に当然イリスとクレハもいる。
二人は収穫祭に向けてダンスをみんなに教えていた。とても楽しそうな様子を見ると、安心して任せられる。だけど、他のことも考えてしまう。
最近、二人が内緒で何かをしていること。エルモさんも一緒になっているから、余計に気になってしまう。一体二人は何をしようとしているのか?
考えても答えは出てこない。聞いてもはぐらかされるから、教えてくれない。いつも三人で何かをしていたから、急に除け者にされたみたいで寂しい。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
その時、ティアナの声が聞こえてハッとなった。
「困った顔してた。もしかして、魔動力が上手くなかった?」
「う、ううん! そんなことないよ! ちょっと、別のことを考えていただけ」
「別のことで困っていた?」
「どうしたの?」
「お姉ちゃんが困っているみたいなの」
「ノアが困っている? どんなこと? 話してみてよ」
三人は手を止めて私の周りに集まってきた。こうなったら、話すしかないか。
「最近、二人が内緒で何かをしているみたいなの」
「二人ってイリスとクレハ?」
「いっつも三人で何かするのに二人だけって珍しいね」
「うん、そうなの。何を言っても教えてくれないから、余計に気になって。あんまり聞かない方がいいのかな? って思うんだけど、一人で除け者になった感じがして寂しくて」
「あー、それは寂しいかもね。仲のいい子にそんなことされたら、私だって寂しいもの」
「ノアに隠し事かー。一体、何を考えているんだろうね」
「お姉ちゃん……仲間外れになっちゃったの?」
「うーん……そうなのかな?」
不安に思っていることを話してしまった。いけない、子供にこんなことを相談するなんて。って、私も今は子供か。別にそこまで傷ついている訳じゃないし、平気だから黙っておいた方が良かったかも。
でも、誰かに聞いてもらえて少しは心が軽くなった気がした。私はそれだけで良かったんだけど、話を聞いた三人はそうじゃないみたいで……。
「仲間外れは良くないことだわ。だって、嫌な思いをしちゃうじゃない。ここは二人に仲間外れは止めてって言わなきゃダメよ」
「何か理由がありそうだけど、そのせいでノアが寂しい思いをしているのは心配だよ。二人に言ってみようよ」
「いや、そこまでしなくてもいいよ。私は話を聞いてもらえただけで十分だから」
「ダメ! ……お姉ちゃんが寂しいのは悲しい」
「そうよ。今の話を聞いて、私も悲しくなったわ」
「僕もだよ」
「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくよ」
三人はヒートアップしてしまったみたいだ。なんとか宥めようとするが、三人の気持ちは止まらない。
「ここは私が言うわ!」
「僕も行くよ!」
「わ、私も……お姉ちゃんたちを仲直りさせたい」
「えっ、ちょっと!」
あー、三人が行ってしまった。なんとか止めないと。三人を追って止まるようにいうが、止まらない。そのままイリスとクレハのところへ辿り着いてしまった。
「ちょっと、イリスにクレハ。最近、ノアを仲間外れにしてるっていう話じゃない。どうして、そんなことをするの?」
「へっ? 仲間外れ? そんなこと、してないぞ?」
「ノアから聞いたよ。二人だけで内緒話をしているって。聞いても答えてくれないって言ってる」
「そ、そうですね……。そのノアには話せないことがあってですね……」
「お姉ちゃん、一人で寂しいって言ってた。お願い、仲直りして」
イリスとクレハに良い寄った三人。突然のことで周りにいた子供たちが興味を引かれて集まってきた。
「仲直りっていっても、ウチら喧嘩はしてないぞ? 今日もいつも通りだし」
「でも、いつも通りじゃないんでしょ? ノアに秘密ごとをして仲間外れにしてるって聞いたわ。それは酷いんじゃない?」
「仲間外れにはしてません。ただ、一緒に話せないことがあるだけです」
「それを仲間外れだっていうと思うな。正直にノアに言って欲しい」
「お姉ちゃん、寂しそうなの。可哀そうだから、そんなことしないで」
三人が強気で二人にいうが、二人は困った顔をして顔を見合わせた。二人を困らせる気はなくて、どうしようかと悩む。すると、タリアとルイに腕を引かれて、二人の前に出された。
「ほら、もう一度正直に言うのよ」
「自分の気持ちを伝えなきゃ」
二人に背中を叩かれて励まされたようだ。顔を向けると、二人はやっぱり困った顔をしている。この話題に触れない方がいいと分かっていても、心の中では気になってしまう。
「あのね……どうして私に秘密にするのかな? それが知りたくて」
「それは……」
「仲間外れにしているつもりは……」
困らせないように言ったつもりだけど、二人はさらに困った顔をした。その後、無言が続いていると二人の周りに他の子供が寄ってくる。
「秘密にしたいことがあってもいいじゃない。気にしすぎよ」
「そうだ、そうだ! 言えないことがあってもいいじゃないか」
「嫌がることをしないほうがいいぞ」
二人と一緒に遊んでいた子たちが二人の擁護を始めた。二人を守るようにしていると、今度はこちらのタリアとルイが応戦する。
「そういうのは良くないと思うわ! じゃないと、ノアはいつまで経っても寂しいままじゃない」
「そうだよ、そのままで良い訳なんてない。ここは正直に言うべきだよ」
「言えないことがあってもいいじゃない! 誰だって隠したいことの一つや二つはあるものだわ」
「こんなに困っているのに聞き出すのか? それの方が酷いことだと思うぜ」
「言わないといけないことなら言うと思うし、言わないだったらそれなりに理由がある」
子供たちの言い争いに発展してしまった。あーでもない、こーでもない。言葉は段々と鋭くなり、声は威圧するように大きくなっていく。
こんなはずじゃなかったのに。どうにかして、その場を宥めようとするが誰も話を聞いてはくれない。
「言わないイリスとクレハが悪いの!」
「いいや、無理に聞き出すノアが悪い!」
場の空気がどんどん悪くなり、いがみ合ってしまっている。自分を思ってくれるのはありがたいが、この状況は望んでいない。今にも喧嘩になりそうな雰囲気だ。
「待ってください!」
その時、イリスが声を上げてみんなの間に割って入った。
「みなさんが私たちの代わりに喧嘩をするのは間違っています」
「私はノアのことを思って言っているの!」
「私だってイリスとクレハのことを思って言ってる!」
「……私たちのことを思ってくださってありがとうございます。その気持ちは嬉しいです。でも、私たちのことでいがみ合うことになると悲しい気持ちになります。だから、ここは言い争うのは止めましょう」
イリスが穏やかな声で話しかけると、子供たちから怒りの感情が小さくなっていく。途端に気まずい雰囲気が流れて、みんな視線を逸らした。そんな中、勇気を出してティアナが前に出て口を開く。
「だったら、仲直りしてくれる?」
「はい、仲直りしましょう。ね、クレハ」
「仲直りって喧嘩してないぞ」
「いいから、仲直りです」
ティアナの言葉にイリスは笑顔で答えた。不思議そうなクレハの手を引っ張り、私の前にやってくる。クレハはまだ不思議そうな顔をしているが、イリスは穏やかな微笑みを称えている。
「ノア、寂しい思いをさせてごめんなさい。わざと仲間外れにしているんじゃないんです。ただ、私たち二人でやりたいことがあって、それでノアを一人にしてしまいました」
「ううん、私の方こそ無理に聞き出そうとしてごめんね。そっか……二人だけでやりたいことがあったんだね」
「はい、今回はどうしても二人でやりたいんです。だから、見守ってくれると嬉しいです」
「だな! ノアが寂しいって思わないくらいに構うつもりだ! それだったら、ノアも気にならないだろう?」
「そうだね。気にならないくらいに構ってもらえると嬉しいな」
「というわけで、ちゃんと仲直りしました。みなさんも仲直りできますね?」
イリスがその場を仕切ると、他の子たちはちょっと言いづらそうに謝り始めた。険悪だった雰囲気が柔らかくなり、いつもの無邪気で楽しい雰囲気が戻ってくる。
それにしても、二人でやりたいことか……どんなことだろう? ま、その内教えてくれるだろう。その時が来るまで、私は楽しみに待つことにしよう。
「じゃあ、早速三人で遊びますか?」
「そうだな! 練習ばかりもつまらないもんな!」
「うん、遊ぼう!」
私たちは手を取り合って、遊具の方に向かっていった。やっぱり、仲良しが一番!




