254.歌と踊り(1)
白い砂糖の騒動が明け、村にはいつもと変わりない穏やかな日常が流れていた。農家の人たちは小麦の収穫に精を出し、畑のあちこちでは収穫した小麦を干す光景がずらっと並んでいる。
みんなが小麦の収穫に精を出していた頃、私は野菜作りに励んでいた。野菜の注文が他の村や町から沢山来たからだ。
今回の白い砂糖騒動で、この村に季節関係なく色んな野菜を作れる人がいることが知られ、かなり広い地域に情報が流れてしまった。広まったばかりなので、直接乗り込んでその人を出せっていう人はまだ現れないのが救いだ。
その代わりに、離れた村や町から今の季節にない野菜を作って欲しいという注文が殺到した。季節外の野菜が手に入ることを知った商人は売れると思ったのだろう。お陰で私は畑仕事に大忙しだ。
この村に商人が来る頻度が増えて、宿屋は大儲かり。ミレお姉さんたちは忙しそうにしつつも、とても嬉しそうにしていた。もしこのままお客さんが増える状況なら、宿屋の増築をしてもいいかも……とは言っていた。
それに他の町や村との交流が盛んになると、その土地にある特産物が入ってくる機会も多くなる。お陰で村には色んな品物が増えて、目新しさに村人は目を輝かせた。
砂糖で儲けたお金があるからか、懐の温かい村人は目新しい物を沢山買った。そのお陰でお店の売り上げが上がり、お店の人たちは好景気にとても嬉しそうにしている。
また、この状況に一番喜んでいたのは男爵様だった。野菜が大量に売れ、お店の商品も売れると、男爵様に入っていく税金が増えていく。村が豊かになっていっているのだ。
昨年まで資金不足でまともに食糧を買えなかった状況だったのに、今では色んな商品が溢れている。きっと昨年の男爵様が見ていたら、腰を抜かして驚いていただろう。
悪いことはあったけど、それを乗り越えたお陰で良いことが舞い込んできた。この幸せな日常がいつまでも続けばいいのに、そう思いながら野菜の収穫を頑張った。
◇
村が平和に戻ると、みんな収穫祭のことを話題に出し始めた。
「そうそう! ノアちゃんたちに伝えなきゃいけないことがあったんだったわ!」
朝の食事を終えると、ミレお姉さんがそう言いながら近づいてきた。
「収穫祭で音楽に合わせてダンスをするって話をしていたじゃない。その練習をしようっていう話が持ち上がったのよ」
「あっ、とうとう練習するんだね!」
話し合いの時に言っていたアレのことだね。とうとう、やることになったんだ。小麦の収穫で忙しいと思うけれど、みんなそれだけ収穫祭を楽しみにしているんだな。
「明日の午後に集まって練習をするそうよ。場所は村の広場でやるらしいわ」
「分かった。明日の午後に村の広場に行くね」
「とうとう、ダンスの練習をするんですね。楽しみです!」
「どんなダンスになるんだろうな!」
ミレお姉さんと明日の予定について話していると、隣で聞いていた冒険者たちが話に入ってくる。
「なぁ、それって俺たちも行ってもいいのか?」
「もちろん、大丈夫よ。冒険者も立派なこの村の住人だしね」
「よし! なら、明日は午前で魔物討伐を切り上げて村の広場だな!」
「ふっふっふっ、どうやら俺の華麗なる動きを見せる時が来たな!」
冒険者たちも広場に来るみたいだ。なんだか、収穫祭の前にちょっとした大きなイベントになってる。でも、楽しみだな。みんな一緒に楽しむ機会ってないから。
「なぁなぁ、ダンスをやるってことは音楽も必要なんじゃないか?」
「あっ、そうですね。でも、私たちはまだ人に聞かせるほどに上手くありません」
「それなら大丈夫よ。この村にも楽器を弾ける人たちはいるから、その人たちが弾くんじゃないかしら」
「そっか、それなら安心だね」
「三人も楽器の練習頑張っているのね。どれくらい弾けるようになったの?」
「音は綺麗に出るところまでは上手くいってるぞ!」
「曲、となるとテンポが上手く掴めなくて……」
「まだまだ練習が必要だって言う事だよ。でも、収穫祭には間に合わせるから楽しみに待ってて」
楽器の練習は順調だ。週に二回は仕事を休んで、一日中楽器の練習に当てている。それに、仕事をしている時でも、夜に寝るまでの時間を利用して練習をしている。練習三昧の日々だけど、これが意外と楽しくやれている。
「ノアたちの演奏、俺たちも楽しみにしているな!」
「その曲に合わせてダンスをしてやるからな!」
「上手に弾けたら、胴上げをしてやるか?」
「そこまでしなくてもいいよ。拍手をしてくれれば嬉しいな」
「それだったら、大きな拍手を送ってやるよ」
演奏が終わったら拍手、か。それを受けたいっていう気持ちだけでも、やる気が漲ってくる。
「絶対にみんなに上手だって言ってくれるくらいの演奏をするから、待っててくれよな!」
「感動はさせられないかもしれませんが、聞き入るくらいには上手になりたいです」
「今日の魔物討伐を早く終わらせて、早く家に帰って、早く楽器の練習をしような!」
「もう、クレハったら……」
「なんだか、今日は早く帰ってきそうだね。私も早く仕事を終わらせなくっちゃ」
クレハの気合は相当だ。それに引っ張られるように私やイリスは練習を頑張っている。早く上手くなって、演奏をもっと楽しめたらいいな。
◇
翌日、午前中の仕事を終わらせた私たちはエルモさんのお店までやってきた。
「エルモも村の広場まで行ったんじゃないか?」
「いや、絶対にいるよ。だって、人が集まるところが苦手だから」
「でも、誘ったら来てくれるでしょうか?」
折角村のイベントだから、この際にエルモさんも誘っていこうと思った。人の前に出るのが苦手なエルモさんが村のイベントに出るはずがないと思ったからだ。
みんなで楽しいことをやるんだから、エルモさんも来て楽しんで欲しい。その思いでエルモさんを誘いにきた。お店を開けると、カウンターにお茶を飲んでゆっくりとしているエルモさんの姿を見つけた。
「あっ、こんにちは。三人一緒だなんて、珍しいですね。何かあったんですか?」
やっぱり、お店にいた。エルモさんにも村の広場で集まることは伝わっているはずだけど、それを知りながらお店にいるということはそういうことだ。
私たちは顔を見合わせて、強く頷いた。エルモさんをお店から出そう、と。
「ねぇ、エルモさん。今日は村の広場で集まるって知っているよね?」
「えっ!? えーっと、さ……さぁ……知らないですねぇ」
「あー! その顔は嘘をついている顔だぞ!」
「目が泳いでました」
「うぅ……バレバレですぅ」
挙動不審にしていたから、仕掛けるまでもなく分かってしまった。
「やっぱり、人前に出るのは苦手?」
「人前は……まぁ、大丈夫です。でも、冒険者の方も来るので……絡まれたら嫌だなって思って、ですね」
「おっさんたちは別に悪い人じゃないぞ。だから、平気だ!」
「それは分かっているんですが……距離感ないのが、ちょっと……」
「それでは、私から距離感を保つようにいいましょうか?」
「いや、それを言ったら角が立つというか……」
説得しようとすると、エルモさんはごにょごにょと言い訳ばかりをして話が進まない。
「じゃあ、エルモさんは収穫祭には参加しないの?」
「それは……流石に参加しないとはみ出し者として見られるから、参加はしようかなっと……」
「なら、収穫祭の練習だと思えばいいよ。私たちが一緒にいてあげるから。一緒に行こうよ」
流石のエルモさんも収穫祭に参加しない選択肢はダメだと思っているみたいだ。それでも中々踏ん切りがつかないみたい。だから、エルモさんの背中を押すように強く誘ってみる。
難しい顔をしていたエルモさんだったけど、その顔が次第に柔らかくなっていく。
「……分かりました、行きます。根性……出しますっ」
「やったぜ!」
「やりましたね!」
「やったぁ!」
良かった、エルモさんが一緒に来てくれるって。これで、イベントがもっと楽しいものになったらいいな。
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活動報告にコミカライズ一話が読めるリンクを貼りました。
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