253.公表
男爵様はその日の内に派遣された人たちに白い砂糖の作り方を翌日に公表する、という話を流した。その話を聞いた人たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
誰もが、白い砂糖の作り方を公表するとは思わなかったからだ。それだけ白い砂糖は希少価値があり、高価でやり取りできる物。簡単に利益を生み出す商品の秘密を教えるとは思わなかったみたいだ。
一通り騒いでから、その人たちは冷静になった。もしかして、教える代わりに何かを要求されるかもしれない。誰もが何かと交換しなければならないと思ったみたいだ。
その日の派遣された人たちは村の中に散らばらず、宿屋で男爵の思惑をひたすら考えていた。
そして、約束の翌日が来た。宿屋に行ってみると、派遣された人たちはそわそわして落ち着かない様子だ。いつもとは違う様子に冒険者やミレお姉さんが興味深々だ。
落ち着かない空間で食事を取り終えると、私たちは男爵邸へと急ぐ。白い砂糖の作り方の公表は男爵邸の前でやるみたいだからだ。派遣された人たちも男爵邸へと足を向けた。
男爵邸の前には派遣された人たちの他にも村人がちらほらといた。白い砂糖の作り方が公表されると聞き、気になって来たみたいだ。
その場は賑やかになり、みんなその時を待つ。すると、男爵邸の扉が開き、男爵様が現れた。みんなの前に出た男爵様は威厳を示すために胸を張って歩いてきた。
「集まってくれて感謝をする。今日は昨日言った通りにみんなに白い砂糖の作り方を伝えるためにやってきた」
男爵様が話し始めると、その場は静かになった。
「まず経緯を話そう。白い砂糖の作り方は元々その人の機転で発見されたようなものだ。使ってみたら白い砂糖ができた、という軽い感じで話していたのが印象的だ」
その話を聞いた村人は笑いだした。きっと私を想像して、可笑しかったのだろう。
「白い砂糖を貴族向けに売ったところ、大反響だった。でも、そこで白い砂糖がこの村で作られていることが同時に知られてしまった。そこで、白い砂糖に目を付けた人たちがこの村に大挙して押し寄せたのが現状だ」
その話に村人は厳しい目を派遣された人たちに向けた。だけど、派遣された人は気にしない。男爵様が白い砂糖の作り方を話す時を今か今かと待っている。
「俺は白い砂糖の作り方を公表しないつもりでいた。その人の利益を守るのが俺の役目だと思っていたからだ。そちら側が諦めるまで極秘にしようと考えていた中、痛ましい事件が起きた。勘違いした奴が村人の子を攫ったんだ。その子は無事に取り返したのだが、今の状況を続けるのはとても危険だと思った」
厳しい顔つきで話す男爵様に場の空気がピリついた。きっとけん制の意味を籠めて、そんな風に話したのだろう。
「もし、このまま何も言わなければ同じ勘違いを生み、村人が危険にさらされる可能性がある。本当は危険にさらさないためにもお前らをこの村から追い出すことだってできるが、それだと角が立つだろう。これ以上、この村のみんなに迷惑をかけられない。それに、その人も村のみんなが傷つくような事になって欲しくないと願った。だから俺はここに白い砂糖の作り方を公表することにする」
強引な手段を取りたかったみたいだが、それだとこの村に悪い噂が立ってしまうことになる。これからもっと村人を増やさなきゃいけないのに、悪い噂を立つのは避けたいだろう。
男爵様の言葉に派遣の人たちは集中して耳を傾けた。一語一句聞き逃さないような態度で誰もがその時を待つ。
「白い砂糖の作り方は……錬金術だ」
その話に派遣された人はざわついた。
「ビートを砂糖に変える段階で錬金術の精製という魔法を使う。そうすると、砂糖の不純物が取り除かれて白い砂糖になる。これが嘘偽りのない白い砂糖の作り方だ」
派遣された人はその言葉を紙に書き記した。そして、ふと思う。これが本当のやりかたなんだろうか? と。派遣された人たちはそれが真実であるか確かめるために村人に視線を向けた。すると、村人は嫌そうな顔をしながらも口を開く。
「これは本当だよ。私は直接本人から聞いたんだ、嘘じゃない」
「ここで嘘を言う訳ないじゃないか。このやり方は本当だ」
「そんなことを確認している暇があったら、早く依頼主に伝えに行ったらいいんじゃない?」
村人の当然だという態度を見て、派遣された人は大慌てでその場からいなくなった。どうやら、誰よりも早く依頼主に伝えに行くために慌てたみたいだ。一目散に宿屋へと向かっていった。
だけど、まだ残っている派遣された人たちがいる。その人たちは男爵に話しかけた。
「ここまで話したんだから、例の人のことも教えてくれませんかねぇ。一度、その人と話してみたいんですが」
「その人もこんな村よりも大きな町で暮したほうが幸せだと思うんですよね。だから、紹介してもらえませんか?」
「きっと話を聞いてもらえれば、ここよりもいい場所があるって知ってもらえると思うんですよ」
どうやら、まだ諦めていないみたいだ。白い砂糖を作る手段よりも、確実に白い砂糖を作れる人を連れて行った方が利益になるとでも思ったのだろう。だけど、そんな態度に村人の人も男爵様も怒りの形相をした。
「ここまで話して、まだ求めるのか! いい加減にしないと村の追放だけでなく、罰を与える事になるぞ!」
「いい加減にしろ! 早く村からいなくなれ!」
「その人のことは絶対に渡さないぞ!」
「今度そんなことを言ったら、ぶん殴ってやる!」
一気に場が盛り上がってしまった。その怒りように派遣された人もまずいことを言ってしまったと顔を歪ませる。そして、逃げるようにその場を立ち去って行った。
この場にもう派遣された人たちはいない。みんな、公表された情報を持って、依頼主の下に急いで向かったのだろう。これから村はいつも通りに戻る、元の長閑な村に。
「よし、これで村も平和になるだろう。みんな、来てくれてありがとう」
「あいつらがいなくなって清々したな! ノアのこともちゃんと守れたし、良かった良かった!」
「ノアちゃんもこれで安心して暮せるようになるね。本当に良かったわ」
「みんなでノアを守れてよかった! これからも、よろしくな!」
みんなの温かい言葉が胸に沁みる。私はみんなの前に行くと改めて感謝をした。
「みんなの協力があってこの村にいれます。本当にありがとうございました」
「ウチからもありがとうなんだぞ! みんなでノアを守ってくれて嬉しかった!」
「本当にありがとうございます。これで、また三人で穏やかに仲良く暮らすことができます」
私だけじゃなくて、クレハとイリスも感謝を示した。そんな私たちの姿を見て、みんなから囲まれて拍手が起こる。すると、男爵様が近寄ってきて私たちの頭を順番に撫でた。
「お前たちは大切なこの村の住人だ。当然のことをしたまでだ」
「でも、これで白い砂糖の作り方が広まって、ここから出す白い砂糖の価値は下がってしまいます」
「なんだ、まだ村の収入のことを気にしていたのか」
やっぱり気になるのは、この村の収入。白い砂糖は高く売れたって聞いたから、その収入が減ってしまうのが男爵様としても痛いと思う。だけど、男爵様は余裕そうだ。なんでだろう?
「これから白い砂糖を作るのは大変だ。そう簡単に白い砂糖を増産できる態勢はすぐに整わないさ。人も金もかかるだろうしな。だから、しばらくは他の所から白い砂糖が出てくることはない」
「あ、そうですね」
「ビートの生育にも時間がかかるし、その間の世話もしなくちゃいけない。ウチと比べれば果てしなく手間がかかるんだ。だから、すぐには動き出せないさ。だから、しばらくはウチの独擅場だ。その間に稼いでみせるさ」
そうか、男爵様には白い砂糖がそう簡単にすぐ出てくるとは思っていなかったんだ。ウチと比べれば人も金も手間も時間もかかる。じゃあ、すぐには影響がないんだ。
「その内、白い砂糖が他からも出回るが……ウチみたいに安定した量を作れるとは思えない。その分、他のところで作った白い砂糖は割高になる。他よりも圧倒的に手間もなく作れるウチの白い砂糖は安く提供できるのさ。そうすると、どうなると思う? 他の割高の白い砂糖より安いウチの白い砂糖を買うだろう」
「そっか、気候の変動にも強くて、育てる手間もないウチの砂糖はその分コストが安くなるんだ」
「そうだ。だから、心配するな。ウチで作った白い砂糖はこの先ずっと完売御礼だ。誰もウチには敵わないさ」
元から高値の白い砂糖。みんなそんなに高い白い砂糖を買うより、安い白い砂糖を買うはずだ。なんだ、そうか……初めから悩む必要はなかったんだ。男爵様はこれを見越して白い砂糖の作り方を公表したんだ。
その話を聞いた私たちも村人も笑顔になった。こうして、白い砂糖の騒動は終結した。




