252.決断
翌朝、私たちはまず宿屋に向かった。宿屋に着くと、私たちの姿を見るなりみんなに囲まれた。そこで、昨夜あったことを話して無事にティアナを取り戻したことを伝えた。
すると、みんなホッとしたような表情になる。だけど、話を聞いていた派遣された人は黙ってそれを聞いていた。きっと、植物魔法を使った子が見つかったと思っているのだろう。
だから、勘違いしないように私は言ってやった。「植物魔法を使える人は違う人です。その内分かるので、今は何もしないでください」と。
いつもとは違う会話に派遣された人たちはみんな驚いた。それと同時に私の味方になってくれている人たちも驚いた。今は許しが貰えていないためはっきりとは言えないが、最大限に伝えられることは今伝えた。
ともかく、早く男爵様と話を付けないとダメだ。朝食を食べ終えた私たちは急いで男爵様の邸宅へと向かった。
◇
「三人とも、戻ってきたか!」
男爵様の邸宅に行くと、私たちはすぐに中を通された。執務室にいた男爵様は私たちを見て、声を上げて立ち上がって近寄ってくる。
「三人が攫われた子を取り戻しに行ったって聞いて驚いた。して、どうなった?」
「無事にティアナを救い出すことができました」
「そ、そうか……良かった。三人とも、怪我はないか?」
「全然平気だぞ!」
「怪我はありません」
「そうか、三人とも無事か。いや、本当に良かった」
男爵様はホッと胸を撫でおろした。
「それで、攫った人たちはどうした?」
「全然反省の色が見えなかったので、おじいさんにする罰を与えて放逐しました」
「お、おじいさんにする罰? そんな魔法あったか?」
「時間加速を目一杯に使ってやりました」
「時間加速って料理を作る時に便利だって言っていたあの魔法か? そんな魔法が恐ろしい結果を生むなんて、驚きだ」
「捕まえてきた方が良かったですか?」
「捕まえてきて欲しかったが、じいさんになったなら十分な罰になっただろう。そんな体になってできることも少ないだろうし、何よりどこへ行っても本人だと分からなくなるだろう。それは十分な罰だ」
そっか、捕まえてきたほうが良かったのか。一緒にいたくないから、罰を受けさせて野放しにしたけど……今度はちゃんと考えなくっちゃ。
でも、おじいさんにするのは十分な罰だったよね。だって、何もできなくなるもん。それってとても辛いことだって分かっているから、おじいさんになる罰にしたんだ。
「とにかく、攫った子を救ってくれてありがとう。お前たちのお陰でその子は救われた。礼を言おう」
「そんな……当然の事をしたまでです」
「そうだ、そうだ。ウチらの大切な友達だったしな」
「はい。大切な友達のために動くのは当然です」
「ははっ、頼もしい友達だな」
ティアナは私たちの大切な友達で、それでいてこの村で大切な子供。それはティアナだけじゃなくて、他の子も同じ。みんな同じくらいに大切な友達だ。
「さて、俺はもう二度とこんなことが起きないようにこの村に来た連中を締め上げなくちゃな。野放しにして、また勘違いをされたらかなわん」
「あの、その事で相談があるんですが……」
「ん? なんだ? なんでも言ってみろ」
「……私、自分が植物魔法が使えて白い砂糖が作れるって言おうと思うんです」
「な、何っ!?」
私の言葉に男爵様はとても驚いた。とても戸惑った様子で私を伺ってくる。
「な、なんでそんなことを考えたんだ?」
「今回の件で思い知りました。本当の事を言わないと、他の人に迷惑がかかるって。この村の人たちにはとても良くしてもらったから、私のせいで迷惑をかけたくない」
「迷惑だなんて誰も思ってないぞ。それどころか、この村を救ってくれた張本人じゃないか。感謝はするが、迷惑だなんて……」
「でも! 今回みたいに勘違いされて、誰かが攫われることになったら……それが嫌なんです。大切な人たちが傷つくのを見たくないんです」
自分を守るために、誰かが傷つくのをみたくない。その思いを伝えると、男爵様は腕組をして険しい顔をした。
「周りの人が傷つくのを見たくないから、自分が傷つけばいいと思っているなら、それは違うぞ。ノアが周りの人を大切に思っている分、周りもノアの事を大切に思っている。それは分かるな?」
「……はい」
「だから、自分が傷ついてもいいとは考えるな。そんな事を言うと俺は悲しくなる。村人一人も守れないダメな領主になり下がってしまう。そうなってしまうのは、俺も嫌だ」
優しく諭すように話しかけてくれて、胸に残っていた痛みが和らいだ気がした。傷つくのは怖い、だけど周りが傷つくのを見るのはもっと怖い。でも、それじゃあ何も解決しない事が分かった。
「どうすれば最善か考えよう。誰も傷つかない案だ。それなら、俺も納得がいく」
「……はい」
「一緒に考えよう、ノア! 誰も傷つかない方法を!」
「村の人たちもノアも傷ついて欲しくありません! 考えましょう!」
三人の優しさが心に沁みる。私も傷つかない、周りの人も傷つかない……そんな案があるんだろうか? 四人で難しい顔をして、何が最善かを考える。どんな判断が一番いいんだろう?
しばらく考えていると、男爵様が口を開く。
「奴らが欲しいのは白い砂糖の作り方だ。だから、白い砂糖の作り方を公表すれば、いいんじゃないか?」
「でも、それじゃあ白い砂糖が沢山溢れて、村のみんなが作った普通の砂糖が売れなくなるんじゃ……」
「そんなことはないさ。白い砂糖は高級品だから、上流階級にしか売れない。村のみんなが作った普通の砂糖は庶民向けに販売するから、白い砂糖が増えても困らないさ。ただ、白い砂糖が溢れたりしたらノアが作った白い砂糖の価値は低くなるだろう」
派遣された人が欲しいのは白い砂糖。その作り方を教えれば派遣された人も満足がいく結果を持ち帰る事ができるだろう。
折角、男爵様が考えた冬の手仕事。白い砂糖と普通の砂糖では客層が違うから、シェアの奪い合いにはならずに済むらしい。それを聞いて安心した。村のみんなにはしっかりと稼いで欲しかったから。
問題は白い砂糖が増えると、私の白い砂糖の価値が下がってしまうことだ。それは仕方がないと思った。大丈夫、私にはまだマジックバッグを作る仕事が残っている。
「もし、白い砂糖が市場に溢れたらノアの作る白い砂糖は前の様には売れないかもしれない」
「それでいいと思います。白い砂糖が以前のように売れなくなるのは残念ですけど、今回のように色んな人が集まって白い砂糖を求められるよりはいいです。でも、私よりもこの村の収入が安くなってしまうのが気がかりで……」
「俺の事を心配してくれるのか? ……ありがとな。収入は低くなってしまうが、それでノアの安全が買えるなら安いものさ。村に住んでいる人たちはみな、俺の財産だ。財産は守らないとな」
私のことはいい、心配なのはこの村の収入が減ってしまう事。ようやく、順調にお金が手に入る手段ができたのにそれがなくなってしまうことが気がかりだ。
だけど、男爵様はそれでいいと言った。その優しさに触れて、とても嬉しくなった。改めて、この村で暮していて良かったと思う。優しい人に見守られて暮せる今が幸せだ。
「なら、話は決まったな。白い砂糖の作り方を公表しよう。そしたら、派遣された人たちはそれを持って依頼主の下に戻るだろう」
「なんだか難しい話で良く分からないけど、話がまとまったんだな!」
「話がまとまって良かったです。これで、ノアが狙われる心配はないんですね」
「うん。あっ、私が植物魔法を使えて白い砂糖が使えるって言った方がいいかな?」
「それは言わなくてもいい。あいつらが欲しいのは白い砂糖を手に入れる手段だ。それを知れば、人物への興味も失せるだろう。それに、ノア一人をやり玉にはしたくない」
白い砂糖を作れる手段を言えば本当に私の事を諦めてくれるかな? ちょっと不安だけど、信じてみよう。もう、誰も傷つけたくないから。
コミカライズのカラーイラストが見れるリンクを活動報告に載せておきました。
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