246.仕掛けられた罠
植物魔法を使っている人が白い砂糖を作っている本人だ。そんな情報が派遣された人に流されると、その人たちは農家の人たちを重点的に調べ始めた。
直接聞きに行ったり、作業中の様子を窺ったり……手当たり次第に農家に探りを入れ始めた。小麦の収穫を控えていた農家の人はそんな人たちに迷惑していたが、派遣の人はそんなことはお構いなしに探りを入れ続ける。
それでも、私がその人だとバレなかった。とにかく、みんな固く口を閉ざして私がその人だということを絶対に喋らなかった。子供たちにもその意識は徹底していて、物で釣られて喋る人は誰一人いなかった。
その事がとても嬉しかった。みんなに迷惑かけて申し訳ない気持ちはあるけれど、それよりも私を守ってくれる気持ちの方がとても嬉しく感じる。声を大きくして感謝を言いたいけれど、それをしたら私がその人だってバレてしまうからやらない。
それに派遣された人に男爵様が直接苦言を言ってくれていた。絶対にその人の事をいう人はこの村にはいない事。住民に迷惑をかけたら、この村を出禁にすること。厳しい口調で派遣された人たちに言ってくれた。
男爵様は貴族だ。他領の貴族よりは位が低いかもしれないが、立派な貴族だ。その貴族の言う事に派遣された人は萎縮した様子だった。大人しくなる派遣の人も少なからずいた。
それでも、諦めない人たちは多くいた。依頼された貴族には逆らえないのか、それとも目の前の利益に目がくらんでいるのか、躍起になってその人の事を探し続けた。
この状況が続くと思っていた時、状況が変わった。それを知ったのは、家の中で三人で楽器の練習をしている時。順調に楽器の練習をしていると、扉を慌ただしく叩く音が響いた。
出てみると、そこには男爵様とコルクが困り顔で立っていた。
「二人ともどうしたんですか?」
「ちょっと話したいことがあってな、いいか?」
「もちろんです。こちらにどうぞ」
二人を家の中に通すと、家の隅に置いておいた来客用のイスをダイニングテーブルの傍に置いて、そこに座らせた。イリスとクレハは不思議そうな顔をして二人を見ていた。
「二人が来るなんて珍しいぞ。何かあったのか?」
「作物の件でしょうか?」
「あぁ、作物の件なんだが。状況が複雑でな」
「ちょっと困ったことになったんだ」
どうやら、今回は作物の件で二人はやってきたらしい。最近、作物を作っていないから困っている人がいる可能性が高い。
「それで、今回はどうしたの?」
「ノアの作物の件なんだ。ノアの作物はこの村で消化したり、他の町で売りさばいているだろう? いつも売りさばいている町から催促が来たんだ。この季節にはない野菜を卸して欲しいって」
「それって、植物魔法を使えってこと?」
コルクさんの話を聞いてピンと来た。しばらく、作物は卸していなかった。売る物が無くなれば、小売りの人たちは困ってしまう。だから、催促をしてきたのだろう。
「いつも取引をしている所から催促が来たんだ。早く野菜を作って売って欲しいって。でも、今こんな状況だろう? だから、しばらくは野菜を作れないって言ったんだ。そしたら、野菜を卸さないと今後の取引を見直すって言われたんだ」
「えっ……そんな事を言ってきたの? でも、それで困るのは相手なんじゃ……」
「どうやら、向こうも追い詰められているような感じだったんだ。今までそんなことはなかったのに、今頃になってそう言ってきたんだ」
「そんなに切迫するほどのものじゃないと思うんだけど……どうしてかな?」
野菜を卸さないのは、今後の取引を見直すほどのことなんだろうか? 安定して野菜を卸していたのに、急に卸さなくなったのは申し訳なく思っている。それがそんなに甚大な損失を生んでいるとは思えない。
「それでな、どうしてそんなに切迫しているのか聞いてみたんだ。初めは言葉を濁すだけで話してくれなかった。でも、根気よく説得したら話してくれたんだよ。どうやら、自領と他領の貴族から季節外の野菜を強く求められたらしいんだ」
「えっ……貴族から?」
「貴族から強く命令されたらしい。命令に背くと、報いを受ける事になると脅されてな」
貴族から命令されれば、従うしかない。だから、コルクさんに強気の態度を見せてきたんだ。だって、そうじゃないと酷い目に合うのは自分たちだから。
そこでようやく男爵様が口を開いた。
「俺の予想だが、今回の貴族の件と村で起こっている騒動は関連づいているように思うんだ」
「どういうことですか?」
「白い砂糖を作っている人は植物魔法を作っている人だという情報が流れたよな? しかも、その情報は外から持ち込まれたものだった。今回の件、気づいたのは貴族だと思う」
「貴族が……」
「元々この村には植物魔法を使える存在がいることは、周りに知られていた。だから、冬の間に植物魔法で素材となる作物を作って砂糖に加工できたことも想像がついたのだろう。砂糖を作っている人が植物魔法を使っている人と同一人物なら、植物魔法を使える人を探せばいいと考えた。それを派遣した人に伝えて、それで探し始めた」
「でも、見つからなかった……」
村のみんなのお陰で私の存在は隠されていた。でも、そのせいで次なる行動に出させてしまったみたいだ。
「だったら、見つかるようにすればいいと考えたのだろう。植物魔法を使わせて、その人物を探るつもりだ」
「今回の件、貴族の仕業だったんですね」
「相手も本気だということだ。どうにかして見つけて連れ出したいみたいだな」
コルクさんを脅迫するような真似をさせて、植物魔法を使わせるだなんて……。なんて、卑怯なことをするんだ。
そう思っていたら、話を聞いていたイリスとクレハが口を開いた。
「分かっているのなら、植物魔法を使わないようにしたらどうですか?」
「でも、使わないとコルクさんの取引先がなくなってしまうんだよ。そうなると、コルクさんが困ったことになるの」
「コルクは何も悪いことしてないのに、どうしてそんな酷いことになるんだ?」
「貴族の命令だからね……」
植物魔法を使わないとコルクさんの取引先がなくなってしまう。取引相手も貴族の命令で切羽詰まっているみたいだから、どうにかしてあげたい。だけど、それには植物魔法を使わないといけないわけで……。
「私が植物魔法を使えば、コルクさんの取引相手は無くならないんですよね」
「そういうことだ。だが、ノアには植物魔法を使わせるわけにはいかない。使ったとたんにノアが白い砂糖を作れる人だとバレてしまう」
「でも、植物魔法を使って作れるのは砂糖の原料だけです。それがバレたところで、白い砂糖まで作れるとはバレません。欲しいのは砂糖の原料ではなくて、白い砂糖なんですよね」
「確かにその通りだ。だが、向こうがそう思っていなかったらどうする? バレたら酷い追及を受けるだろう。そんな目に合わせたくはない」
植物魔法は作物を育てる魔法だ、植物魔法だけでは白い砂糖は作れない。だから、私が植物魔法を作れるとバレても、イコール白い砂糖を作れるとはならないはずだ。
だから、大丈夫。そう思っているのだが、男爵様は違うみたいだ。相手はそこまで考えておらず、植物魔法を作れる人が白い砂糖を作れる人物だと勘違いをしていることを危惧していた。
「誰にも見られずに植物魔法が使えれば……」
「派遣された人が村を行き来している中で使ったらバレるぞ」
「何か良い手はないか……」
三人で考えるが何もいい案が思い浮かばない。すると、イリスが声を上げた。
「あの……植物魔法を使っている場面を見せなくすればいいんですよね。それだったら、いい場所があります」
植物魔法を使っても大丈夫な場所? そんな場所がこの村にある?




