245.一丸となって
私はこの村に居たい。その気持ちが男爵様に伝わった。すると、男爵様は私を守ってくれると約束してくれた。その言葉だけでも救われるのに、男爵様はすぐに行動を移してくれる。
村人や冒険者を集めて、今回の件を話して協力を募ろうと考えてくれた。その日の内に男爵様自身が村を駆け回り、話し合いに参加するように話を持ちかける。そして、その翌日……男爵邸の前で話し合いの場が儲けられた。
朝の早い時間だというのに、男爵邸の前には沢山の村人も冒険者たちも集まってくれた。その集まりの中心に男爵様はいる。
「みんな、今日は集まってくれて感謝をする。今日はとある人のことについて話をしたい。その人の名を呼ばないように気を付けてくれ」
男爵様が感謝を示して前置きをすると、周りにいた人たちは口を噤んで深く頷いた。
「先日、この村に他領からの商人が現れた。この村の農産物を取引に来た訳ではない。白い砂糖を作っている人を連れ出すつもりでこの村にやってきたようだ」
連れ出す、その話を初めて聞いた村人たちはとても驚いた様子だった。すでに、その商人と接触した冒険者たちは分かっているように頷く。
「白い砂糖がとても価値があるもので、高く売れる。それに目を付けた貴族が、その人物を手中に収めようとこの村に人を派遣してくるようだ。今は一人だが、今後増える可能性がある」
貴族。その名を聞いて村人たちは震え上がった。他領の貴族がこの村に手を出してきたとしれば、良からぬことが起こると考えてしまうからだ。
「そんな、他の貴族がこの村に?」
「この村はどうなるんだ?」
「貴族に逆らえるなんて、とても……」
「落ち着いてくれ、大丈夫だ。他領の貴族は直接手を出すことはない。出すとすれば、自分の子飼いの一般人を派遣することしかできない。注目するべきは貴族ではなく、貴族から指示を受けた人だ」
貴族の名に怯え始めた村人だが、すぐに男爵様が訂正をした。貴族は直接他領に手を出すことはない。その話を聞いて村人たちは落ち着きを取り戻し、現状を把握し始めた。
「じゃあ、貴族の指示を受けた人がその人を連れ出しにやってくるってことか?」
「貴族の命令に従っているけれど、貴族の力はここまでは届かないってこと?」
「じゃあ、勝手に派遣してきて、勝手にその人を連れ出そうとしているのか。……人の意思を無視した酷い行いだ」
「分かってくれて良かった。その人はこの村に居たいと願ってくれた。だから、俺はその人のためにこの居場所を守ろうと思う。みんなにはその手助けをして欲しい」
一番大切なのは、その人の意思。そう言わんばかりの男爵様の言葉にみんなが耳を傾けて、一斉に声を上げた。
「その人がこの村に居たいって願っているなら、俺はその人に協力するぞ! 俺もその人にはこの村に居て欲しいって思ってる!」
「私も同じ気持ちよ! その人はこの村にいて欲しいって思うもの。だったら、全力でその人のことを守りたい!」
「そうだ、そうだ! その人の事を守ろう! この村に居たいって願ってくれるなら、守ってやらなくちゃダメだ!」
次々に上がる声はその人の事を守ろうという声だけだった。誰もがその人の事を考えていて、その人の意思を尊重してくれた。
「みんな、ありがとう。なら、協力をしてくれるな」
「もちろんですよ! 俺たちでできることがあれば、何でも言ってください!」
「絶対にこの村から連れ出されたりなんてさせないんだから!」
「男爵様、俺たちは何をしたらいい?」
「俺たちができること、それはその人の名を決して出さないことだ。何を聞かれても絶対に話さないこと。そうすれば、ここにやってきた人はその人の事が分からず、誰と接触していいか分からなくなるだろう」
できることと言えば、その人の名を言わないこと。それに尽きる。この村に派遣された人はあの手この手でその人の事を知りたがるだろう。その度に口を噤んでしまえば、派遣された人はお手上げ状態だ。
「みんなの協力が必要だ。よろしく頼むぞ!」
男爵様がより一層大きな声を出すと、それ以上にみんなが大声を上げた。この村が一丸となって、私を守ってくれる。それが凄く嬉しくて、泣いてしまいそうだ。
だけど、ここで感情を出したらダメだ。自分がその人だとバレてしまう。遠くからあの商人がこの話し合いの場を見ているから、態度を変える訳にはいかない。
グッと堪えていると、私の両手をイリスとクレハが握ってくれた。
「大丈夫だぞ、ノア。ウチらも付いている」
「守ります。だから、安心してください」
視線を男爵様に向けたまま、そう言ってくれた。二人が励ましてくれて、私の心は温かくなる。頼もしい二人の言葉に寄り添いたくなった。
みんなと協力すれば、この困難を乗り越えられる。ギュッと二人の手を握ると、私も心を強くして困難に立ち向かおうと思った。
◇
他所から来た商人はあの手この手で私の事を聞き出そうと躍起になった。お金をチラつかせたり、貴重な商品と代わりに……なんていう手段に出てきた。
だけど、そんな事で村人や冒険者が心を揺らさなかった。みんな頑なに私のことは隠して、商人を冷たくあしらっていた。結局その商人は有力な情報を手に入れられず、自分の領地に帰っていった。
それを知った時、私たちは大喜びした。これで平和になる、そう思っていた。だが、本当の戦いはこれからだった。
他領から続々と商人や冒険者がこの村にやってきたのだ。みんな他領の貴族から指示を受けた人たちで、村に着くなり白い砂糖を作っている人がどこにいるか聞きに回り始めた。
もちろん、私たちは誰一人として情報を洩らさなかった。頑なに口を噤み、必要なら怒って追い返したほどだ。それでも、諦める人はおらず派遣された人は村に居残って、その人を探し始めた。
村の中では派遣された人があちこち歩き回り、私を探し始めた。もちろん、私の畑までやってきて様子を窺ってきた人もいた。その時は丁度畑作業をしてなかったので、モモたちの世話をしているフリをしてごまかした。
植物魔法を使っているところを見せたり、この時期にない野菜を育てているところを見られると大変だ。不思議な力がある私が白い砂糖を作っていると思われてしまう。だから、私は相談して野菜作りを一旦中止させた。
これで安心だ、そう思っていた時――派遣された人たちにある情報が流れた。
それを知ったのは、私が家で楽器の練習をしている時だった。けたたましく扉を叩く音がして出てみると、焦った顔をした男爵様がそこにいた。
「ノア、大変だ。白い砂糖を作っている人は植物魔法を使っている人だという情報が流れた」
「えっ……」
「どこからも情報が漏れた形跡はなかった。調べてみたら、どうやらその情報は村の外からもたらされたみたいだ。その事実に気づかれたことが痛いな」
「村の外からの情報……誰かがその事実に辿り着いたってことですか」
この村には植物魔法を使う人がいる。その情報が外に漏れているのは知っている。だけど、その人物が誰であるか? の情報は漏れてない。
だけど、植物魔法を使う人が今回の白い砂糖の件の人だと知られてしまったのは痛い。その人物が農業をやっている人で、作物所に通っている人だということがばれてしまったのだから。
「で、でも大丈夫です。派遣された人たちが来てから、畑で野菜を作っていません。まだ、私が植物魔法を使える事実は知られていません」
「そ、そうか……それは良かった。野菜作りを止めたのは英断だったな。もし、派遣された人がいるところで植物魔法を作っているところを見られていたら、白い砂糖を作っているのがノアだとばれてしまうところだった」
危機一髪だった。もし、植物魔法を使っているところを見られていたら今頃……。
「派遣された人たちがいる時は植物魔法を使わないようにしよう。しばらくはそれでいいか?」
「はい、大丈夫です。貯えもあるし、二人が魔物討伐をしてくれてますから」
しばらくは植物魔法で野菜が作れない。仕方ないけど、今は我慢するしかない。でも……いつまで我慢すればいいのだろう? この先ずっと植物魔法を使えなくなるの? それだと、私の仕事がなくなっちゃうよ。
不安は膨らんでいくが、今はどうしようもない。このまま事実を隠し通して、派遣された人が諦めてくれれば……そう願わずにはいられなかった。
だけど、その願いは届かなかった。私の取り巻く環境は悪くなっていく。




