244.自分の立場
「じゃあ、ウチらは行くけど……大丈夫か? 傍にいたほうがいいか?」
「ううん、大丈夫だよ。心配させちゃったね」
「心配しますよ! だって、ノアを連れ出そうとする人がいるんですから」
「もし、何かあった時は魔法で撃退する。絶対に連れ出されないようにするから」
宿屋を出ると、クレハとイリスがとても心配そうな顔をして聞いてきた。私を連れ出そうとしている人がいることで、私を一人にするのが心配になったみたいだ。
私もそんな中で一人になるのは不安だけど、私には魔法の力がある。もし、連れ出そうとしてきたら魔法で撃退する方法もあるんだ。そう伝えるが、二人の心配は消えない。
「ノアが魔法を使えても、心配なんだぞ。帰ってきてノアがいなくなってたら……」
「ノアがいなくなるなんて嫌です。絶対にいなくならないって約束してください」
「うん、約束する。私は家にいるし、いなくならないから」
二人の手をギュッと握ると、表情が少し和らいだ。
「ずっと一緒だからな!」
「これからも一緒ですからね!」
「うん!」
この絆は壊れない。だから、離れ離れになることなんてない。気持ちを一緒にすると、不安が少し消えた。
◇
その後、二人はいつも通りに魔物討伐に出かけ、私はモモたちの世話を始めた。家畜小屋を掃除して、餌を与えて、外に出す。いつも通りの日常だけど、心には朝あった出来事の不安が確かに残っていた。
その気持ちを振り払い、今度は野菜の生産を始めようとした時だった。こちらに近づいてくる馬が見える。何かと思って待っていると、それは馬に乗った男爵様だった。
「男爵様!」
「ノア、元気でやってるか?」
「はい、元気です。今日は何か用があるんですか?」
突然現れた男爵に驚いていると、馬から下りた男爵様は私の肩に手を置いた。
「さっき、宿屋のミレから話を聞いた。白い砂糖を作っている人を探して、商人がやってきたことだ」
「あっ……はい」
「そのことで話をしたい。家の中に入らせてくれるか?」
「もちろんです。こちらにどうぞ」
朝のことがもう男爵様に伝わっているなんて驚いた。ミレお姉さんが気にして男爵様に教えたのかな? そうだとしたら、とても嬉しい。
私たちは家の中に入ると、ダイニングテーブルに着いた。
「どうやら、昨日遅くにその商人が宿屋に来たみたいだな。その時はなんでもなかったらしいんだが、今朝になって白い砂糖を作っている人を探し出したらしい」
「じゃあ、本当に今朝からその話が出てきたんですね」
「らしいな。もし、昨日その話をしていたら、昨日の内に俺に話がいっていただろうな。だから、対応が遅れてしまった」
あの商人は昨日から来ていたけれど、昨日は何も聞かなかったみたいだ。今日、その話題が出たからみんな寝耳に水だったんだろう。
「だが、みんなには助かったな。誰一人として、ノアが白い砂糖を作っているとは伝えなかったらしい」
「ですね。私が話しかけられた時はみんなが守ってくれました。本当に心強かったです」
「普段から交流をしているお陰もあるだろうな。みんな、ノアを我が子のように思っている証拠だ」
「……そうだったらいいですね」
我が子のようにか……本当にそう思ってくれているんだったら嬉しい。宿屋にずっと通っていて良かったな。やっぱり、交流を深めると味方を増やすことになるんだね。
「今回の件は完全に俺の落ち度だな。白い砂糖が売れると踏んで、あちこちに売ってしまったんだ。そのせいで、沢山の他領にここで白い砂糖を作っていることがばれてしまった」
「そんな、男爵様の落ち度じゃありません。売り先までに気を配って商品を売れませんよ。そうでもしなきゃ、白い砂糖は売れなかったし、お金が私に入ることもなかったんですから」
「そう言ってくれるとありがたい。だが、どうにかできたんじゃないかって今にして思うんだ。白い砂糖を侯爵様の派閥の中で売ることだってできた。そうしたら、侯爵様の庇護下で安全に白い砂糖が売れたかもしれない」
マジックバッグの時のように侯爵様の目があるところで売れば、もしかしたら強引な手段に来る人が出なかったかもしれない。でも、それだと侯爵様に頼りすぎて、何か見返りを求められることにもなりかねない。
それこそ、男爵様の手に余る存在なら侯爵様のところで私を引き取る、そんな話にもなりかねないからだ。そうなったら、私はここを離れなければいけない。それは、嫌だ。
「砂糖で実績を積もうとした結果がこれだ。ノア、嫌な思いをさせてしまってすまない」
「そんな、謝らないでください。今はそんなことよりも、今後の対応をどうにかするほうが重要です」
「……ありがとう。今後の対応だが……俺の予想だと難しいことになってくると思う」
えっ? これ以上に難しい対応を迫られるってこと?
「白い砂糖は貴族向けに販売したものだ。だから、白い砂糖の情報を漏らしたのは貴族だ」
「ということは、あの商人の後ろには貴族がいるってことですか?」
「貴族がどこまで手を出してきているかは分からない。ここで白い砂糖が作っていることだけの情報を漏らしたのか、それとも貴族主導で商人が動いているのか……。どちらにしても、貴族が関わってくる問題になっている」
そんな、貴族が関わっているなんて……。他領の貴族から守ってくれる人は男爵様しかいない。もし、階級が上の貴族に何か言われたら男爵様は逆らえないんじゃないの? そうなったら、私は……。
「だが、他領の貴族はその地の住民に直接手を出すことは禁じられている」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ、直接貴族がどうこうしてくるはずはない。だから、貴族は間接的な手段を取ってくる」
「それが、商人を派遣するってことなんですね」
「その通りだ」
上位貴族から無理やり命令されるようなことはなさそうだ。だけど、それができないからこそ、違う手段を取ってくるんだ。
「商人や他の人を使って、ノアに接触しようとするだろう。接触すれば、美味い話をしてこの村から連れ出す気なんだと思う。そこに貴族の意思はあるだろうな」
「貴族がそんな手段に出るほど、白い砂糖は高く売れたんですね」
「あぁ、そうだな。それに品質が良かったせいもある。品質が良い砂糖を使えば、良いお菓子や料理が作れるだろう。それを領内の目玉商品にもすることができる」
「白い砂糖は色んな利益を生むんですね」
そうだ、白い砂糖があれば美味しい菓子や料理を作ることができる。それだけで、領内の目玉商品が生まれて、それは利益に繋がっていく。白い砂糖が生む利益は予想以上に大きそうだ。
「かなり品質のいい砂糖だったからな、王室御用達になる可能性も秘めている。王室御用達になると、貴族としての名誉も手に入れることができる。そういう名誉が欲しい貴族は、自分の領内で白い砂糖を作りたいと願うだろうな」
「あの白い砂糖はそこまで凄いものだったんですね」
王室御用達……そんなことになったら一大事だ。こんな田舎の村から王室御用達の素材が出るなんて……。だったら、そんな凄い物をわざわざ田舎の村に置いておくのは勿体ないって思うかも。
「とにかく、そんな理由からノアを狙う人が出てくるだろう。どれくらいの貴族が狙っているかは分からないが、今日みたいにノア目当てでこの村を訪れる人は増えるだろうな」
「……そうですか。一人じゃないんですね」
「ノアはどう思っている? もし、他の町に行きたいのなら……俺は止めはしない。ノアの意思を聞きたい」
私が他の町に? そんなの……決まっている。
「私は他の町には行きません。どうか、この村に置いてください。お願いします」
ここには、見捨てられた私たちを温かく迎えてくれた人たちがいる。そんな人たちがいるこの村を離れたいとは思わない。
強い眼差しをしていうと、男爵様は笑った。
「……そうか。よし、ノアの気持ちは分かった。だったら俺は、全力でノアを守ってやるぞ!」
その言葉がとても嬉しかった。私はここにいてもいいんだ、そう思えるから。
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