243.白い砂糖の影響
その朝もいつも通り、朝食を食べに宿屋にやってきた。入った瞬間から分かったが、いつもの和気あいあいとした空気が静かになっているように感じる。
その空気を敏感に感じ取ったクレハが顔を少し顰める。
「ん? なんかあったのか?」
「なんだろうね」
「昨日、何かあったんでしょうか?」
不思議に思いながらも、空いている席についた。いつもはすぐにミレお姉さんが来て、冒険者たちが話しかけてくれるのに今日は違う。みんな、こちらを意識しないようにしていた。
なんだか居心地が悪い。一体、何があったというんだろうか? 不思議そうに思っていると、ようやくミレお姉さんがやってきた。何も言っていないのに、その手には料理が用意されている。
「お待たせ」
ミレお姉さんは私たちの前に食事を用意すると、ある方向を見た後、こっそりと私に耳打ちをした。
「ノアちゃん、聞いて。今、宿屋に外から来た商人の関係者が泊まっているの」
「えっ……いつもと同じじゃ」
「それがね、いつもとは違う商人なの。どうやら、この村で作られている白い砂糖を作っている人を探しているみたい」
その話を聞いて、私はドキッとした。いつもとは違う商人が白い砂糖を作った人を探している? あんまり良い予感がしない。
「ただ、探しているっていうだけじゃないよね?」
「探して見つけたら、この村から連れ出すって言っているの」
この村から連れ出す。その言葉を聞いた時、ゾクリとした悪寒が体に走った。じゃあ、見つかったら私はこの村から連れ出されてしまうの?
「みんな、ノアちゃんにはこの村にいてもらいたいから口を噤んでいるの。もし、その商人が話しかけて来ても、白い砂糖を作っていることを話しちゃダメよ」
「うん、分かった」
「あんまり長話していると怪しまれるから、私は離れるね。ノアちゃんたちも、早く宿屋から出たほうがいいわ」
ミレお姉さんはそれだけを言うと、私たちから離れていってしまった。それを見送った、クレハとイリスが心配そうな顔をして話しかけてくる。
「あの、どんな話だったんですか?」
「どうやらいつもと違う商人がやってきていて、白い砂糖を作った人を探しているんだって」
「白い砂糖? それってノアのことじゃ……」
私たちは体を寄せ合って、小さな声で話し合った。
「あの……ノアだって分かったらどうなるんですか?」
「……この村から連れ出されるらしい」
「なっ!」
「ちょっ、クレハ。声が大きい」
「わ、悪い」
村から連れ出されることを言うと、イリスは口元に手を当てて驚き、クレハは声を上げて驚いた。それもそうだ、この村から連れ出されると困るからだ。
「私はこの村から連れ出されるのは嫌だ。だから、私が白い砂糖を作れることは秘密にしようと思う」
「それがいいですね。ノアが村から連れ出されるのは嫌ですから」
「離れ離れになるなんて、ウチ……嫌なんだぞっ」
「私だって嫌だよ。だから二人とも、商人が話しかけて来ても何も喋らないでね」
「分かりました。ノアを守るためにも話しません」
「ウチもだぞ」
この村から出るなんて考えられない。だから、私が白い砂糖を作れることは言わないでおこうと思った。二人もそれに賛同してくれて、このことは話さないことに決まる。
それが決まれば、話しかけられる前に宿屋を出なくては。私たちは朝食をいつもより早く食べ進めた。このまま何事もなく終わって欲しい、そう思っていた。だけど、そう簡単にはいかなかった。
「ちょっといいかな?」
突然、後ろから声をかけられて驚いた。食事の手を止めて振り返ってみると、そこにはにこやかな表情をした知らないおじさんが立っている。
「な、何?」
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
「……うん」
この人がさっきミレお姉さんが言っていた商人の関係者かな? 何を聞かれるかドキドキしながら待っていると、その人は話始めた。
「この村から白い砂糖が作られているって聞いきたんだ。おじさんたちは、その人に会いたくて探しているんだけど……どこにいるか知っているかな?」
やっぱり、その話か。とうとうやってきた話に私はドキドキしながら答える。
「知らないよ」
「でも、この村で白い砂糖を作られていることは知っているよね? 知らないっていうのは嘘じゃないかな?」
「ううん、知らないよ」
「そんなはずはないよ。だって、この村が白い砂糖で景気が良くなっていることが他領まで知れ渡っているんだから。だから、知らないっていう話は嘘だよね」
何度もごまかそうとするのだが、そのおじさんはニコニコと笑いながら言葉で詰め寄ってくる。すると、食堂の空気が重くなった。他の冒険者がそのおじさんを睨みつけているからだ。
「おい。子供に詰め寄るなんて、大人として恥ずかしくないのか?」
「子供だから知らなくてもおかしくないだろう?」
「だったら、貴方たちが教えてくださいよ。白い砂糖を作っている人の居場所を」
「だから、それは話せねぇ」
「そうだ。連れ出すと言われたからには、話す訳にはいかねぇぞ」
冒険者たちはおじさんに厳しい態度を取っていた。でも、おじさんは全く通じていないのか、ニコニコとした表情を崩さない。
「こんな寂れた村にいるより、もっと大きな町にいたほうがいいでしょう? 住むなら安全な壁に囲まれた町の方が良いに決まってます。その人だって、この村より町に暮したいって思っているかもしれませんよ」
「それは、お前が勝手に思っていることだろう? その人がそう思っているとは思えねぇ」
「貴方はそんなに詳しくその人の事を知っているのですか? なら、その人はここの近くにいる可能性がありますね」
「てめぇっ」
「怒るっていうのは、認めているんじゃないんですか?」
おじさんが余裕そうな表情で話すと、冒険者たちはいきり立った。このままじゃダメだ、おじさんの良いようにされちゃう。でも、何を話したらいいのか分からない。
すると、そのおじさんはまた私に話しかけてきた。
「君もこんな寂れた村になんていたくないよね? 大きな町に住みたいって思っているはずだよ」
「……ううん、私はこの村が好き。だから、おじさんの探している人も同じように思っているはずだよ」
「いやいや、本心は分からないよ。それとも君はその人の本心が分かるっていうの? おかしいな、さっきは知らないって言っていたのに、急に知っているような口ぶりになったね」
「……」
「今度は黙った。君は嘘をついていたね。本当はその人の事を知っているんでしょ? その人がどこにいるか教えてくれないかな?」
喋っても黙ってもおじさんの思う通りになってしまう。今までこんな人周りにいなかったから、どんな風に言えばいいのか分からない。だけど、どうにかしないと。気持ちだけが焦ってしまう。
すると、クレハとイリスが怒った様子で声を上げた。
「ノアばかり責めるのはやめろ!」
「そうです! これ以上、何を聞かれても答えませんから!」
二人が私を助けるために間に入ろうとしてくれた。嬉しいけれど、二人に矛先が向くのは避けたい。それは他の冒険者たちも思っているのか、席を立ち上がっておじさんを取り囲んだ。
「おい、子供になんてことを言いやがる。何度聞かれても答えは変わらねぇ」
「それ以上聞くと、ここにいられなくしてやる」
「ここで問題を起こしたくなかったら、それ以上聞くのを止めるんだな」
「おやおや、物騒ですね。言いたくないのは分かりましたが、私は諦めませんからね。この村に白い砂糖を作れる人物がいる限り、私はその人を探し出します。そして、こんな村から連れ出しますから」
冒険者たちが取り囲んでも、おじさんは冷静に話していた。こんなに脅されても諦めない……その執念深さに背筋が凍る思いだ。
それだけ白い砂糖というのは、人を執念深くするほどの力があったらしい。このままじゃ、どこから情報が漏れるか分からない。そしたら、私はこの村から連れ出されちゃうの?
それだけは嫌だ。どうにかして、この状況を乗り越えないと。
その時は前向きに考えられたけれど、状況が日増しに悪くなっていくことをこの時は知らなかった。




