240.楽器の練習(1)
「あら? 今日はお仕事お休みするの? ふふっ、いいわねー」
宿屋で朝食を取っている時、ミレお姉さんに今日の予定を伝えたら羨ましそうにされた。
「それだけ、余裕があるってことよね。三人とも毎日頑張っているから、思う存分休みなさい」
「なんだ? 今日は二人は魔物討伐を休むのか」
「だったら、俺たちが二人の代わりに魔物討伐を頑張らないとな!」
「今日はいつもの倍の魔物を討伐してくるぜ!」
ミレお姉さんと話していると、周りにいた冒険者たちも話に入ってくる。二人が休むとなると、それだけ減る魔物が少なくなるという事だ。それを補おうと冒険者たちが張り切ってくれるようだ。
「今日、戦えなかった分は明日頑張る予定だったんだぞ! なんてったって、ウチらはとっても強くなったんだからな!」
「今日できなかった分、明日頑張りますね。」「強くなったからって、明日は無茶をしないでくださいね。」
二人は今日の分は明日頑張る予定だったらしい。その話を聞いていた冒険者たちは働き者だと二人を持て囃した。
「それで、休んで何をする気なの?」
「楽器の練習をするんだぞ!」
「あぁ、そういえば話し合いの時にそんな事を言ってたわね。あれ、本当だったんだ」
「はい。ノアに楽器を用意してもらったんです。収穫祭まではまだ時間はありますが、早く練習をしたくなったんです」
「なるほどねー。ノアちゃんの物作りの魔法で楽器を作ったのね。色んな事ができて便利よねー。ウチも何か欲しくなったらノアちゃんにお願いしようかしら?」
「簡単なものだったら作れるよ。でも、本職の人には負けちゃうから、立派な物が欲しかったら本職の人にお願いしてね」
「ふふっ、そうなのね。ノアちゃんの仕事になれればっと思ったけど、お節介だったかしら?」
私の仕事のことを心配してくれるなんて、ミレお姉さんは優しいな。マジックバッグを売ったお金があるから大丈夫だよって言いたいけれど、このことはあんまり言わない方が良いって言われている。だから、お金がいっぱいあるから心配しないでねって言えないのが辛いなぁ。
「冒険者の俺たちも収穫祭に参加できるのか?」
「えぇ、もちろん大丈夫よ。だって、村を守ってくれる頼もしい人たちだもの、不参加になんてできないわ」
「それは良かった! じゃあ、俺たちもノアたちの演奏が聞けるんだな!」
「それに、ノアが作った料理もな! 何が出てくるのか楽しみだなー!」
冒険者たちも収穫祭に参加するみたい。いつも二人がお世話になっているし、この機会に少し恩返しできればいいな。
「ノアの料理はとっても美味しいんだぞ! みんな、期待してくれよな!」
「えっ、ちょっとクレハ! そんなにハードル上げないで!」
「いえ、ノアの料理は村一番に美味しいですから! 自信持ってください!」
「え、え~……」
二人の期待がめちゃくちゃ高い。これはヘタな物を作れなくなったな。
「二人が絶賛するくらいだから、相当美味しいのね。だけど、私たちも負けないわよ」
「お、ミレ姉ぇやるか? 言っとくけど、ノアは強いぞ!」
「ミレお姉さんには悪いですが、勝つのはノアです!」
もうすでに戦いが始まろうとしている!?
◇
今すぐにでも料理対決が始まりそうだったけど、なんとか抜けてきた。私たちは家に戻ると、モモたちのお世話をして家に戻ってくる。さて、今日のメイン……楽器の練習だ。
「二人とも、本はちゃんと読めている?」
「はい、大丈夫そうです。これを読みながら、楽器を扱えばいいんですよね」
「文字を読むのは苦手だけど、頑張るんだぞ!」
「なら、みんなで一緒に頑張ろう!」
おーっ! と声を合わせた。私たちはダイニングテーブルのイスに座り、テーブルの上に教本を広げて早速練習を始める。クレハもイリスも真剣な顔をして教本を眺めて、まずは楽器の持ち方から勉強している。
私も教本を読んで、バイオリンの持ち方を勉強する。えーっと、両足を肩幅に開く。右のつま先をちょっと外に向けて、左足にちょっと重心が行くように……こんな感じかな?
それで本体を左顎の間に挟んで、上がり過ぎず下がり過ぎずの角度をキープ。それでこの状態でネックの部分に手をやると……おぉ! バイオリンを弾く人みたいな恰好になってる!
「ねぇねぇ、見て見て! この恰好、かっこよくない!?」
「あ、様になっていますね。ビシッとしてカッコいいです!」
「ノアがかっこよく見えるぞ!」
「えへへ、そうかな?」
「私の構えはどうですか?」
「ウチの構えも見てくれ!」
「わー、二人ともカッコいいよ! 普段とは違う雰囲気で、凛々しい!」
三人で恰好を見せ合って、褒め合って、照れ合った。普段みない態度をした姿は目新しく映って、なんでもかっこよく見えてしまう。これで音をが出ればもっとカッコいいけれど、音はこれからだ。
かっこいいポーズを三人で見せ合った後は、ちゃんと目線を教本に移す。その教本に沿って、一つずつ学んでいった。バイオリンの構造から、部位の名前、持ち方や弓の構え方。細かく丁寧に書かれていて、それを忠実に守って自分の体に教えていく。
音を引く前の段階で覚えることが沢山あって大変だ。早く音を出したいのに出せなくて、ちょっともどかしい。そんな思いで一つずつ問題をクリアしていくと、ようやく音を出す所までやってきた。
私はドキドキしながら、弦を抑えて弓を弾く。すると、綺麗な音色が出てきた。
「わっ! ねぇ、聞いた? 今、すっごくいい音が出た!」
「おう、聞いたぞ! 綺麗な音だったな!」
「そんな音が出るんですね。聞いていると心地いいです。もう一度弾いてみてください」
「うん。こうやって……」
二人の嬉しそうな声に私はもう一度音を出してみた。すると、先ほどと同じように綺麗な音が出てきた。嬉しくてもう一度音を出すと、また綺麗な音色が出る。
「いい音なんだぞー! ウチ、気に入った!」
「私も気に入りました!」
「ありがとう。二人はもう音を出せる?」
「ウチの音を聞いてくれ!」
すると、クレハがギターを構えた。手元を何度も確認しながら、弦をピックで弾く。すると、低い弦の音が響いた。
「へへっ、どうだ? こっちもいい音だろ?」
「ギターの音、いいね! 響く感じがする!」
「同じ弦なのに、全然違う音が出ますね。びっくりしました」
「宴の時みたいにジャカジャカ弾いてみたいけれど、まだウチには無理そうだ。でも、こんなにいい音が出るんだから、そこまで弾けるようになるために頑張れそうだぞ!」
クレハは本を読むのも大変なのに、全然めげてない。それどころか、とても嬉しそうな顔をしてギターを抱きかかえている。音楽を知って、本当に音楽を好きになったんだな。好きなものが増えて良かったね。
「そうだ、イリスはどうだ?」
「私は……まだ難しいみたいです」
「本当? ちょっとやってみて」
「……はい」
イリスはちょっと落ち込んだ様子でフルートを口元に近づけた。そして、息を吹きかけると……音は出なかった。掠れた風の落としか出てない。
「何度やっても上手くいかないのです。才能……ないですよね」
「イリス、落ち込むな! ちゃんとやれば、ちゃんとできるようになるぞ!」
「そうだ、一緒に教本を読んでみようよ。もしかしたら、解決するかもよ」
イリスは遠慮がちに教本を手渡してくると、私たちは教本を覗き込む。そこには吹き口に唇を当てている写真が載っていた。
「この形をすれば、音が出るみたいなんですけど……」
「うーん、この形か?」
「いいや、こうかも?」
「むむむっ、こうだ!」
「ちょっ、クレハ! 何それ!」
二人で唇の真似をするけれど、クレハはオーバー気味に唇の形を変えたから笑ってしまった。
「見ろ、イリス! 唇の形はこうだ!」
「……ぷっ、ははっ。もう、クレハったら笑わせないでください!」
「いやいや、唇はこうだって!」
「もう、ノアまで!」
二人で唇の形を競っていると、イリスはお腹を抱えて笑ってしまった。
「もう、二人ともなってません。唇はこうで、これで息を吹くと……」
落ち着いたイリスが唇の形を整えると、吹き口に唇を寄せて息を吹いた。すると、綺麗な音色がフルートから聞こえた。
「あ! 音が鳴ったぞ!」
「うん! 綺麗な音だった!」
「音が……」
「やったな、イリス!」
「おめでとう、イリス!」
「……はい! 二人とも、ありがとうございます!」
私とクレハがイリスに抱き着くと、イリスは嬉しそうに抱きしめ返してくれた。これで三人とも音が出た! 演奏までの道のりは長いけど、ようやく初めの一歩を踏み出した感じで嬉しい!




