239.本
楽器を出した次の日。全ての仕事を終えて、夕食を作り終えた。ようやく、創造魔法の時間がやってきた。今日は問題の本を出す日だ、緊張してきた。
本の材料は紙なので、雑貨屋で紙を沢山買ってきた。材料がなくても作れるけれど、あったほうが安全に作れるので無理はしない。
そこは特に問題ないけれど、気になるのは本の中身がちゃんと創造してくれるかということだ。本に書かれている内容までしっかりと想像はできないと思う。
果たしてそこまで想像していなくても、ちゃんと中身が書いてあるものが出るのかどうか。もし、ここで出てこなかったら、楽器を手探りで習わないといけない。それはとてつもなく大変だ。
「どうか、中身までちゃんと出てきますように」
紙を前にして両手を合わせて祈ってみる。強く祈ると、紙に向けて手をかざす。心を落ち着かせて、頭の中で本をイメージする。楽器の使い方が書かれた内容で、文字はこの世界の文字にしてもらう。
そこまで頭の中で願うと、創造魔法を発動させた。すると、紙の束が光だす。強く光った後は段々と光が収束して、無くなった後には一冊の本がテーブルの上に置かれてあった。
「一応成功……かな? うん、魔力も楽器の時みたいにかなり消費されている」
本は紙でできているから、必要とする素材は限りなく少なかったはずだ。それなのに、楽器のように魔力が消費されたのは、きっと中身について魔力消費が多くなったからだろう。
本の内容に魔力消費したのかもしれない。魔力が知識の部分を補うのは不可思議ではあるけれど、創造魔法は元から不可思議な魔法だから理解できなくても納得しておかないときりがない。
「とにかく、本の中身がちゃんと書いてあるか確認しないと」
ドキドキしながら、私は本を手に取った。今回出したのはギターの教本。だから、書かれてある内容がギターのものだったら成功だ。
まずは表紙を見てみる。異世界の文字で「ギターの教科書」と書いてある。うん、文字は考えた通りに異世界の文字になっているし、題名も希望通りだ。問題は中身……。
恐る恐る本を開いてみる。まず目に飛び込んできたのは目次だ。何ページにどんなことが書かれてあるか、詳しく書いてある。専門用語が多くて完全には理解できないが、教科書らしいことが書かれてあった。
これはもしかして、いい感じじゃない? 期待に胸を膨らませ、ページを捲ってみる。すると写真付きでギターの構え方が書かれてあった。ちゃんと教科書になっている!
初めのページは初心者向けに初歩的なことが書かれていて、とても分かりやすい。ページを進めていくと、実践的なことが書かれている。
「……凄い。ちゃんと教科書になっている!」
この本の内容がどこから来たのかは分からない。でも、この知識はきっと前世にあった知識に違いない。どこからその知識を引っ張ってきたのかは分からないけれど、これで本を見て楽器を習うことができそうだ。
「でも、創造魔法……想像以上の力を持っているなぁ」
ふと、そんなことを思った。ちゃんとした知識がなくても、こんな風に希望通りの物が出現するのだから。今まで出してきたのは全て私の記憶にあるものだったから、私の記憶から作っていると思っていたけれど……これは認識を改めなければいけない。
思った通りの物を出せるのなら、どんな危ない物も出せるということだ。そんな物を出せると知られたら……そこまで考えて頭を横に振った。やっぱり、本当の力は隠していた方が良い。
幸い、周りには物を作る魔法ということにしている。物を作るだけの魔法だと思ってくれているから、大層なものを作れるとは思ってはいない。日常に役立つものくらいを作れるくらいの認識でいてくれるから助かる。
今はまだ、この魔法の可能性に気づく人がいないので助かっている。だけど、希望の物ならなんでもという可能性に気づいた人がいたら、要注意だね。それが上の立場の人なら猶更だ。
本当は使わない方がいいんだろうけど、欲に負けちゃうなー。人が見てないところで使いたいけれど、今回はみんなの前に出て演奏しないといけないから、自然と創造魔法で作った物がみんなの目に触れちゃう。
またノアが変なものを作った、って思ってくれればいいけれど。きっと、大丈夫だよね。
「よし。この調子で次の教科書を出すぞ」
考えるのは止めて、やることをやろう。教本が希望通りに出てきたんだから、他の物だって出せるに違いない。サクサクと教本を出して、早く練習を始めよう。
◇
そのまた翌日、曲が書かれてある本を創造魔法で出してみたら、本の中身がちゃんとした譜面になって現れた。どこからその情報を抽出しているのか分からないが、これで楽器を演奏する手立ては手に入った。
これで楽器、教本、曲の譜面が手に入った。欲しい物がようやく揃ったのだ。ここでようやく、二人に報告することができる。
いつものように魔物討伐をして帰ってきて食事を終えると、話し始める。
「二人ともお待たせ。演奏に必要なものが揃ったよ」
「本当か!?」
「わぁ、ありがとうございます! 今回、用意するものが多くて大変じゃありませんでした?」
「うん、結構大変だったんだよね。でも、二人に喜んで欲しくて頑張ったよ!」
「無理してたのか? 体、大丈夫か?」
「ちょっとダルいだけだから、大丈夫だよ」
「いけません! 早く休まないと!」
正直に言ったら、二人がとても心配してくれた。私の体を押して、ベッドに連れて行こうとする。
「だ、大丈夫だよ! ほら、まだこんなに元気だよ」
「本当かー? 無理してないか?」
「倒れたら大変ですよ」
「ほんと、大丈夫! ちょっと疲れただけだから、ね」
私が二人を説得すると、二人は顔を見合わせて難しい顔をした。だけど、すぐに呆れたように笑ってみせる。
「無理したらダメですからね」
「ノアの体が一番大事だからな!」
「ありがと、二人とも」
こんなに心配されて私は幸せ者だなー。二人の気持ちに温かい気持ちになりながらも、話を進める。
「じゃあ、できた楽器を出すよ。これがクレハのギター」
そういって、リュックの中に隠していたギターを取り出してクレハに渡した。すると、クレハは目を輝かせて嬉しそうな顔をする。
「うわー! すげー! カッコいい!」
「で、これがイリスのフルート」
リュックの中から銀色に光るフルートを取り出す。それをイリスに渡すととても嬉しそうに笑った。
「これが私の楽器ですか? 綺麗……」
「それで、これが私の楽器でバイオリンね」
ついでに自分の楽器も取り出して見せた。すると、クレハがハッとして声を上げる。
「ウチと形が似てるんだぞ!」
「でも、クレハよりも小さい楽器ですね。それに棒みたいなものがついてます」
「この弓で弦を弾くんだよ」
「ウチは! ウチはどうやって鳴らすんだ?」
「ギターはピックを使って線を弾くんだよ」
「私のは……ここから息を吹きかけるんですね」
「うん、そうだよ。吹きながら、沢山あるキーを抑えて音を鳴らすんだよ」
それぞれが手に持った楽器を興味津々に触る。クレハはギターの弦を恐る恐る弾いてみたり、イリスは吹き口から息を吹きかけてみた。
「おぉ、音がなるぞ! いい音だ!」
「私のは全然音が出ません」
「ギターは弦を弾けばすぐ音がなるけれど、フルートは最初はちょっと難しいらしいよ」
「あ、そうなんですね。だったら、沢山練習して演奏できるようになります」
「ウチも練習するぞ!」
「練習のために本も出したから、これを見て練習しようね」
昨日出した教本を二人の前に出すと、二人は楽器を置いて教本の中身を見た。
「おお、なんか人がいるぞ! どうなってるんだ!?」
「わっ、人の手がこんなに……」
「それは写真って言って、人の絵みたいなものだよ」
「そ、そうなのか? てっきり、人が本にいると思ったぞ」
「不思議な絵もあるんですね……本物みたいです」
そうだよね、写真なんてものを見るのは初めてだしビックリしちゃうよね。二人は恐る恐るといった感じで写真を撫でていた。
「その教本があれば、楽器の使い方が分かるの」
「そうなんだな! じゃあ、これを読んで勉強しよう!」
「クレハから勉強しようっていう言葉を聞く日が来るとは思いませんでした」
「何をー! ウチだって、それくらい!」
「そうだよねー」
「ノアまで!?」
クレハが勉強かー、なんだかおかしいな。そんなの似合わないと思ったのに。でも、本人がやる気なんだからやらせた方がいいよね。
「よし! 決めた! 明日はお仕事休んで、楽器の勉強をするぞ!」
「急ですね。でも、私も早く勉強したいのでそうしてくれたら嬉しいです」
「今日、野菜納品したから明日の仕事はほとんどないんだよね。丁度良かった」
「なら決まりだ! 明日一日で楽器を演奏できるようになってみせるぞ!」
明日一日で楽器を演奏できるようになるのは無理だよ。でも、二人とも演奏する光景を想像して嬉しそうだ。せめて、いい音が出るまで頑張りたいな。明日が楽しみだ。




