235.秋の変化
夏が終わり秋が来た。まだ、葉っぱは落ちていないけれど、ほんの少し葉っぱの色が変わり始める。この村に来て、二度目の秋だ。
「モモ、元気にしてるかなー?」
「しばらく会えてないと、やっぱり寂しいですね」
「だな! でも、今日は迎えに行くんだから、もう寂しくないな」
私たち三人揃って村の外れにある酪農家のお家を目指していた。今、そこにモモを預かってもらっていて、今日迎いに行く約束をしている。
なぜ、そんなことになっているのかというと……モモから牛乳が取れなくなってしまったからだ。それは決して体調が悪かったっていう理由ではない。モモに牛乳を作る期間が終わってしまったからだ。
どうやら、私たちが夏にリムート漁村に行っている間にモモから牛乳が取れなくなってしまったらしい。それを聞いた私たちはとても驚いた。そっか、そういうことがあるのかと納得しなくちゃいけなかった。
だけど、私たちは困ったことになった。牛乳が取れなくなってしまったのだ。今まで作っていた料理で牛乳を使うメニューも多く存在しているから、牛乳がなくなるのは死活問題だった。
しばらく、牛乳がない問題を考えた。そこで、一つの解決策を思いついた。牛乳を出す牛を買おう、と。そうしたら、また牛乳が飲めるようになるし、モモの友達ができるし、いいこと尽くめだ。
幸い、マジックバッグと砂糖を売ったお金は沢山残っているから、牛を買うお金は用意できる。そう決まると、私たちはすぐに酪農家の所へ行って牛を売ってくれるようにお願いした。
その酪農家の人は快く牛を売ってくれた。なんなら、数頭まとめて売ってくれるような話をしていた。だけど、沢山いても牛乳はそんなにいらないし、世話をするのも大変なので一頭だけ買うことになった。
そう、今ウチには二頭の牛を飼っていることになっている。新しい子の名前はメメ、元気一杯の子が新しくウチにきたのだ。
新しく来たメメがモモの変わりに牛乳を出してくれることになり、モモの搾乳はしばらくお休みとなった。
だけど、話はここで終わりではない。このままだと、メメもいずれ搾乳期間が終わりいずれ牛乳が出なくなってしまう。そこで考えたのが、モモにもう一度搾乳させることだった。
そのためにはモモをもう一度妊娠させなくてはいけない。酪農家の所で預かってもらい種付けをしてもらう事になった。これが上手くいけば、メメの搾乳期間が終わる頃に、モモの搾乳期間が始まることになる。
はじめはこのやり方を取るか迷った。牛の妊娠、出産の経験などないから自分たちで本当に成し遂げることができるのか不安だ。子供の私たちには無理かもしれない、そう思った時もある。
その不安を酪農家の人に聞いてもらったら、できるだけ協力をしてあげるよ、と言われた。必要な知識があれば教えられるし、自分の手に余りそうだったら出産を手伝ってもいい、と言ってくれたのだ。
酪農家の心強い言葉に私の不安は消えた。全てが消えたわけじゃないけれど、前に進む力を手に入れたくらいにはなっている。しっかりと勉強すれば、きっと大丈夫だよね。
そういう経緯があり、モモを酪農家に預けていた。
「いずれ、ウチに子牛が生まれるのかー。楽しみだな」
「まだ、その話は早いですよ。今のところは分かりませんから」
「でも、生まれたら可愛いんだろうなぁ」
「子牛のお世話、ウチがやりたい!」
「あ、ずるい! 私もやりたいです!」
「ははっ、みんなでお世話しようよ」
まだモモが妊娠しているか分からないのに、みんなその気になっている。生まれたら、すっごく可愛いんだろうなぁ。その時を想像すると、とっても嬉しくなる。
想像上の子牛の事で好き勝手に話していると、目的地に辿り着いた。その目的地には広い放牧スペースに、沢山の牛が放し飼いされている。
その光景を見ながら牛舎に近づいていくと、丁度酪農家の人たちが牛の乳しぼりをしているところだった。
「「「おはようございます!」」」
元気よく挨拶をすると、みんながこちらを振り向いて挨拶を返してくれる。その中でおじさんが立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「モモの迎えだな」
「うん。モモは元気にしている?」
「あぁ、全く問題ない。そうそう、無事に妊娠させることができたよ」
「本当!?」
私たちは顔を見合わせて喜んだ。そっか、ちゃんと妊娠できたんだ……良かった。
「しっかりと餌を食わせて、適度に運動させてくれ」
「うん、分かった」
「じゃあ、モモを連れてくるな」
そう言っておじさんは放牧スペースに向かって歩き始めた。その場に残された私たちは生まれてくる子牛のことで盛り上がる。
「モモが妊娠したから、子牛が生まれるんだよな!」
「順調にいければ、いつ頃生まれるんでしょうか?」
「えーっと、夏の始まりには生まれることになるね」
「夏の始まりかー、先は長いな」
「来年の夏は楽しみなことでいっぱいですね。子牛が生まれるし、また海にもいかないといけませんし」
「先の楽しみがあるのっていいね」
子牛かー、絶対に可愛いんだろうなぁ。どんな子が生まれるか、今からすっごく楽しみだよ。
三人で盛り上がっていると、おじさんがモモを連れて戻ってきた。そのモモの姿を見ると、私たちはモモに集まる。
「モモ! お前、よくやったな! 偉いぞ!」
「モモ、おめでとうございます!」
「ありがとう、モモ。元気な子牛を生もうね」
「モー」
私たちが声をかけると、声を上げて返事をしてくれた。それが嬉しくて、私たちはモモを撫でてあげる。
「じゃあ、何かあったら気にせず頼ってくれ」
「うん、ありがとう!」
「時々、様子を見に行ってやるからな」
「そこまでしてくれるの? 本当にありがとう!」
酪農家の人に見て貰えるなら、安心できる。普段は私が気を配ってあげないとね。うん、やる気が出てきた。来年、絶対に元気な子牛を生ませるぞ。
◇
「へー、良かったわね。モモが妊娠できて」
翌朝、私たちはミレお姉さんに昨日あったことを話した。
「でも、大変じゃない? 牛の出産は大変だと聞いたし、子供たちだけで対応するのは……」
「その辺りは大丈夫。酪農家の人に色々と教えてもらうつもりだし、出産には一緒に立ち会ってくれるって言ってくれたんだ」
「まぁ、そうなの。それだと心強いわね」
私たちだけで出産に立ち会うには不安が残る。それは酪農家の人も思っていたみたいで、特別に出産に立ち会ってくれることになった。
これで、心置きなくモモの世話ができる。不安なことがあれば酪農家に相談すればいいし、頼れる人が近くにいて本当に良かった。
「どんな子が生まれるか、本当に楽しみですよね。そういえば、名前どうします?」
「もう名前を考えるの?」
「ウチはカッコいい名前にしたいぞ!」
「私だって譲りませんよ。綺麗な名前にしてあげたいです」
「ふふっ、どんな名前になるか楽しみね」
みんな気が早くない? でも、それだけ楽しみにしているってことだよね。私も同じくらい楽しみにしている。はー、早く来年の夏にならないかなー。
「あ、そうそう。男爵様がね、みんなにお話があるみたいなの」
「話? 私たちに?」
「ううん、村のみんなになんだって。どうやら、この村に関わる話みたいなの」
「ふーん。どんな話だろうな?」
「何かあったんでしょうか?」
「でも、村は平和だし……そんなことはないと思うんだけど」
男爵様の話か。一体、どんな話だろう? みんなに話すんだから、村に関わることだと思うんだけど……何も思いつかない。
「そんな深刻な話じゃないみたいよ。ただ、話が長引くかもしれないから、そのつもりで来て欲しいってことだったわ」
「だったら、私たちも行きましょう。魔物討伐をしている場合じゃないですよね」
「そうだな! 村に関わることなんだから、ウチらも話を聞かないとな」
「この村に関わることかー……」
「男爵様の邸宅の前で集まるみたいよ。この後、行ってみたらどうかしら? 私たちも片づけが終わったらいくつもりよ」
「うん、そうするね。じゃあ、早く食べていこうか」
私たちは残った朝食を綺麗に食べると、宿屋を出て男爵様の邸宅へと向かった。どんな話になるのか、少しだけ楽しみだ。




