234.思い出の夏の終わり
真っすぐ続く道を車が飛んでいく。開けた窓からは秋を感じさせる、涼しい風が入り込んでくる。もう夏が終わる。それを感じながら、私たちはリムート漁村の思い出を語っていく。
「一か月、長かったようで短かったね」
「はい。そんなに長くいると知った時は驚きましたが、なんだかあっという間に時間が過ぎちゃいましたね」
「だな! 毎日遊び足りなくて、次の日が待ち遠しかったぞ」
「そういえば、こんなに遊んだのは初めてになるね」
「魔物討伐の合間に遊んでいた時とは違う楽しさでした。こんなに楽しい日が続くと飽きてしまいそうでしたが、全然飽きませんでしたね」
「遊ぶともっと遊びたくなるよな! 飽きるどころか、毎日が新しいことの発見でずーっと楽しかったぞ!」
一か月の間、リムート漁村で遊んだ日々。はじめはこんなに長い期間遊んでいて飽きないか心配だったが、それは杞憂に終わった。だって、毎日が楽しかったし、一日の終わりが寂しいくらいだったのだから。
「初めて海を見たあの感動は今も覚えています。青くて、広くて、キラキラ輝いていて。本当に感動しました」
「海があんなにしょっぱかったなんて知らなかったぞ。同じ水なのにどうしてそんなに違ったんだろうな」
「二人に海を見せてあげられて本当に良かったよ。海での遊びは満喫できた?」
「はい、それはもちろん!」
「毎日、すっごく楽しかったぞ!」
海の話をすると二人の笑顔が輝いていた。
「海は冷たくて、でも気持ち良かったです。水着はちょっと恥ずかしかったですけれど、海で遊ぶのがあんなに楽しいなんて知りませんでした」
「耳としっぽが濡れちゃうのが嫌だったけど、遊びに夢中になるとそれも気にならなくなったな」
「二人ともすぐに泳げるようになって驚いたよ。もう少し時間がかかると思ったからさ」
「そりゃあ、ウチらはいっつも魔物討伐をしていたからな! 体を動かすことは得意なんだぞ!」
「クレハはそうかもしれませんが、私は大変でしたよ。遅れないように精一杯練習して、きつかったです」
そう言いながらも、イリスはすぐに泳ぎをマスターしてみせた。やっぱり、称号のお陰でこういうことは早く習得できるようになっているのかな? まぁ、お陰で早く海に潜れたのは良かったよね。
「それにしても、海の中はすっごく綺麗だったね。まるで夢の中にでもいるみたいだったよ」
「本当に綺麗でしたね。地上では見れない景色が見れて、本当にわくわくしました」
「悔しいのは魚よりもウチらのほうが泳ぐのが遅かったことだな。折角、手で魚を捕まえようと思ったのになー」
「海で生きている魚を手で捕まえようとするなんて、クレハは大胆だね。あの子たちは銛を使って捕まえていたのに」
「銛を使うのも大変でしたね。狙っても魚が簡単に逃げちゃいましたもの」
「銛では獲れたな! その時はすっごく嬉しかったな!」
海の中を泳げるようになると、村の子供たちには銛を使っての魚の獲り方を教えられた。これが中々難しくて、私とイリスは全然獲れなかったけど、クレハは持ち前の身体能力で魚を獲っていた。
私たちも数えるほどだけど銛で魚を獲り、その後みんなで魚を焼いて食べた。
「あの時、食べた魚は美味しかったなー」
「ですね。なんで、自分の獲ったものだとあんなに美味しいんでしょうね」
「さぁ、なんでだろうな。ウチはお腹いっぱいになるまで魚を獲って焼いて食べたぞ!」
「で、その後の夕食は少ししか食べられなかったんだよね」
「ふふっ。あの時の残念そうなクレハの顔を今でも思い出せます」
「あれはー……あんなに悔しい思いをしたのはあれっきりだぞ」
二人であの時の事を笑うと、クレハが悔しそうに顔を歪めた。
「料理も色んなものが出て楽しかったね。食べたことのない料理が沢山出て、毎日何が出てくるか楽しかったよ」
「ノアったら、すっごい笑顔で食事をしてましたものね。あれは、可愛かったです」
「いつもとは違ったよな!」
「えっ、私そんな顔してた!? は、恥ずかしいなぁ……」
「エリックお兄さんと料理の話をする時もとっても嬉しそうでしたよ。ね、クレハ」
「あぁ、そうだな! 凄く楽しそうだったから、入れない時がいっぱいあったぞ」
「そ、そういう二人だってー!」
料理の話をしていた時は確かに楽しかったけど、そんな風に見られていたなんて恥ずかしい。だけど、それは私だけじゃなくて二人もそうだった。
お互いに思い出をワイワイ語っていく。楽しかったことばかりで、話は全然尽きない。そんな風にずっと喋っていると、ふと寂しい気持ちに襲われた。それは二人も同じだったみたい。
「もう……帰るんですよね」
「……そうだね」
「みんな、今頃何しているんだろうな」
楽しい時間を思い出して、寂しくなる。グスッとクレハが鼻をすする音が聞こえた。もしかして、寂しくて泣いているのかな? そう感じると、ますます寂しい気持ちが大きくなる。
こんなんじゃダメだ。楽しい思い出を持ち帰るのに、寂しい気持ちになっていたんじゃつまらない。楽しいことは、最後まで楽しくないと!
「海での一か月間、楽しかったー!」
そう言って、車の速度を上げて車体を上向きに傾ける。車はぐんぐん空へと登っていき、解放感に包まれる。突然の変化に後ろにいた二人は驚いた顔をしたが、すぐに状況が飲み込めたみたいだ。
イリスとクレハは開け放った窓に顔を少しだけだして、叫ぶ。
「楽しい思い出をありがとうございます!」
「めちゃくちゃ楽しかったんだぞー!」
寂しい気持ちを振り払うように、明るく大きな声を出す。それだけで、寂しい気持ちがどこかへ行ってしまった。
「よし! 帰りも楽しくなくっちゃ! このまま空に行くよ!」
「いいですね! 空の散歩を楽しみましょう!」
「えっ!? い、いや……空はちょっと」
「いっけー!」
「ま、待ってくれ! それだけは!」
「大丈夫ですよ。怖かったら私が手を握ってあげますからね」
「そんなんじゃ、怖くなくならないぞ!」
車内は一気に騒がしくなり、楽しい声が響き渡る。真っ青な大きな空に向かって、車はぐんぐん登っていく。開放的な空に登ると、寂しい気持ちがだんだんと薄れていったのが分かった。
空は私たちを優しく迎い入れて、青色は楽しかった日々を思い出させてくれる。その青色に惹かれるように、車内は色んな声が混じり合って楽しい気持ちを思い出させてくれた。
◇
「「「ただいまー!」」」
扉を開けて、一か月ぶりの家の中へと入る。クレハは家の中を一目散に進むと、ベッドを倒れ込んだ。すると、ベッドから埃が沢山舞った。
「うわっ! ゲホッ、ゲホッ! ほ、埃が凄いんだぞ」
「凄い埃ですね。大丈夫ですか?」
「しばらく、家にいなかったからね。ちょっと待ってて、家中に洗浄魔法をかけるね」
まずは掃除が必要だろう。帰ってきて早々に家中に洗浄魔法をかけまくる。ものの数分で家中に洗浄魔法をかけ終わり、家の中はいつもと変わりのない様子に変わった。
そこで、ようやく私たちはベッドの上にダイブした。
「ふふっ、久しぶりのベッドがこんなにも気持ちがいいなんてビックリです」
「だな! やっぱり、自分のベッドが一番だぞ!」
「帰ってきたーって感じがするね」
ベッドの上でゴロゴロして、久しぶりの自分のベッドを堪能した。ようやく、家に帰って来れたんだ。なんだか、ホッとしたような気持ちだ。やっぱり、自分の家が一番だね。
「でも、ゆっくりはしていられないね。モモたちを迎えに行って、必要なものを買ってきて、みんなに帰ってきたことを伝えないと」
「なんだか忙しいんだぞ。もっとゆっくりしたいのにー」
「今、動かないと後で大変になりますよ。頑張って動きましょう」
イリスの言葉に私たちは体を起こしてベッドから出た。まずは、村のみんなに戻ってきたことを伝えないと。長い間、留守にしていたから心配しているかもしれないしね。
「じゃあ、行こうか」
「はい。久しぶりに村のみんなの顔が見れるのは嬉しいですね」
「海であったことを話すのがすっごく楽しみなんだぞ」
荷物が入ったリュックを背負って、私たちは家を出ていった。外は暑かった夏が終わり、涼しい風が吹き付ける季節に変わろうとしていた。
久しぶりに会える村の人たちのことを思うと、自然と心が弾んだ。海での一か月間はとても楽しかったけど、やっぱり自分たちがいるべき場所はここなんだと強く感じる。
私たちは並んで村に向かって歩き出した。




