233.お別れの時(3)
「忘れ物はない?」
「はい、全部入れたと思います」
「ベッドの下も見たから完璧だぞ!」
一か月もお世話になった部屋を見渡して、忘れ物がないかチェックする。長い間、この部屋で寝泊りしていたから、部屋は私物で溢れかえってしまっていた。それを綺麗に整頓してリュックの中に入れるのは大変だった。
「じゃあ、行こうか」
そういうと二人は頷いた。お世話になった部屋を後にして、宿屋の外に出る。すると照り付ける日差しの暑さはここにきた時よりも弱まっていて、秋の訪れを感じさせる風が吹き付けた。
丁度いい風が吹き抜けると、声が聞こえる。
「お、きたな」
「あれ? エリックお兄ちゃんどうしたの?」
「見送りに行こうと思ってな。村の入口までだけど、一緒に行ってもいいか?」
「もちろんです」
「一緒に行こうぜ!」
エリックお兄ちゃんが村の入口まで見送りに来てくれるみたいだ。私たちは喜ぶと、村の入口に向かって歩き始めた。
「魔法を使って帰るみたいだけど、本当に大丈夫か?」
「来た時もなんともなかったし、問題ないよ」
「すっごく、速い乗り物なんだぞ。魔物だって追って来れないぞ」
「それに空高く浮かぶこともできるんです。いざとなれば、空の散歩をすればいいですしね」
「そ、空の散歩はもういいんだぞ……」
笑顔で話すイリスだったが、空の散歩と聞いてクレハの表情が曇る。それを見ていた、エリックお兄ちゃんも笑う。
「はは、それは凄いな。そんなに凄い乗り物なら、安全に帰っていけるな」
「はい、だから心配しなくても大丈夫ですよ」
「もし、魔物が立ちふさがってもウチらが討伐してやるからな」
「そうか、そうか。お、村の入り口が見えてきたぞ。どうやら、見送りは俺だけじゃないみたいだな」
話しながら進んでいくと、村の入口が見えてきた。その入口には色んな村人が待ち構えていた。こんなに見送りに来てくれるなんて、信じられない。私たちは顔を見合わせて驚いた。
みんなに近寄っていくと、私たちはあっという間に囲まれる。
「待ってたよ!」
「帰るなんて寂しい。ずっと、この村にいてもいいのにね」
「今からでも、村に住んでみないか?」
みんなに囲まれて、そんな言葉を投げかけられた。
「私も寂しいけれど、向こうの村に家があるんだよね。それに戻らないと、村のみんなに心配されちゃうし」
「そっか……残念だけど仕方ないよね」
「ノアたちがいなくなるのは寂しいぜ。色んな遊びができて楽しかったのにな」
「そうだ、ノア!」
寂しい顔をしていると、一人の子供が前に出てきた。その子は手に持った何かを差し出してきた。それは色鮮やかな貝殻だ。
「ノアにお別れのプレゼント持ってきたの! だから、これ……受け取って!」
「私に? ありがとう!」
「俺からもあるぜ!」
「私もあるよ!」
すると、他の子もプレゼントを差し出してきた。それは海で拾った綺麗なものだったり、木彫りのものだったり、様々だ。そんなプレゼントと一度に渡されてとても驚いた。
「こんなに……本当にいいの?」
「もちろん! ノアには沢山遊んでもらったし、そのお礼だよ!」
「ノアがいてくれて、本当に楽しかった」
「今年の夏はいつもの夏よりもうんと楽しかったぞ!」
「そっか、みんなありがとう。私も楽しい夏を過ごせたよ!」
みんなからプレゼントや言葉を貰うと、胸の奥が温かくなる。ふと、顔を上げるとクレハとイリスも村の子供たちに囲まれていた。そんな中、クレハと一番仲が良かったトールがクレハに何かを差し出している。
「クレハ、受け取ってくれ」
「これは……すっごく綺麗な石だぞ!」
「これは私のとっておきの石だ。光にかざすと、すっごく綺麗に見えるんだ」
「どれどれ……わぁ! 本当に綺麗だな!」
クレハは貰った石を光りに当てて、とても嬉しそうにしている。それを見ているトールの眼差しがとても優しかったのが印象的だ。
「クレハが来てから、あっという間に時間が過ぎた感じがした。そんだけ、楽しかったっていう証拠だと思う」
「ウチも楽しかったぞ! こんなに仲良くなれる子は他にいなかったから、夢中になった」
「私もこんなに気が合う奴がいるなんてって驚いた。だから……いなくなるのが凄く寂しい」
「……うん」
別れを感じて二人は寂しそうに俯いた。それもそうだ、二人は出会った瞬間から気の合う仲だ。この夏の間、ずっと一緒にいて遊んできたから、いざ別れを前にすると寂しい気持ちでいっぱいになるんだろう。
お互いに俯いて寂しそうにしていたが、クレハが表情を凛々しくするとトールの肩を軽く押した。
「そんな顔するなよ。絶対にまた来るから。来た時はまた遊んでくれよな」
「クレハ……約束だ。またこの村に遊びに来てくれよな!」
「もちろんだぞ! トールとは大の仲良しだから、約束は守るんだぞ! だから、寂しくない! トールもそんな顔をしないでくれ!」
「別にそこまで寂しい顔をしていないだろ。いいか、絶対にまたくるんだぞ」
「もちろんだ!」
二人は肩を組みあって、最後には笑っていた。泣くようなことにならなくて良かった。やっぱり、別れは笑っていないとね。
クレハの方は大丈夫だったけど、イリスの方はどうかな? 視線をイリスに向けてみると、イリスも他の子供たちからプレゼントを貰っていた。周りの子どもたちがプレゼントを渡し終える頃、ケイオスがイリスの前に出てきた。
恥ずかしそうにそっぽを向き、イリスを前にして戸惑っているみたいだ。いつもと様子が違うケイオスを見て、イリスも戸惑っている。
二人が黙って向き合ってしばらく経つと、ケイオスは手を差し出す。差し出してきた物は、紐で繋がれた貝殻だった。
「これは?」
「貝殻のネックレス……作ってきた」
「こんなに綺麗な貝殻がいっぱい。大変だったんじゃないですか?」
「全然、大変じゃなかった! ……作るの楽しかった。だから、これ……やるよ」
「ふふっ。こんなに素敵なものをありがとうございます」
ケイオスは恥ずかしそうにしていたが、イリスはいつもの調子を取り戻して笑っていた。
「ケイオスもこの夏は楽しかったですか?」
「あぁ」
「私も楽しかったです。みんなと一緒に遊べて、特別な夏になりました」
「その……」
「はい?」
とても恥ずかしそうに俯くケイオス。そのケイオスにイリスが優しく問いかける。しばらく無言だったけど、ケイオスが意を決して顔を上げた。
「俺と……一緒に遊んで楽しかったか?」
「はい。ケイオスとも一緒に遊んで楽しかったですよ」
「そ、その……一番とか?」
「えっと、一番ではないですが……」
「そ、そうか……」
ケイオスの気持ちを振った? イリスも言う時ははっきりいうしな……ここは思い切って欲しかったけどね。
「でもこの夏はケイオスがいて、とても思い出深い夏になりました。ありがとうございます」
「俺も! ……俺も同じだ。だから、その……また会えるか?」
「はい。またこの村にきたいです。ケイオスとまた一緒に遊びたいですしね」
「約束……約束だぞ!」
「はい!」
ちょっとハラハラしたけど、いい別れ方ができたみたい。二人とも笑顔だし、これでいいよね。さて、別れの挨拶も済んだし、帰り支度を――
「ノア、これをやるよ」
その時、エリックお兄ちゃんが何かを差し出してきた。それは紙の束で、受け取って中を見てみると料理のレシピが書いてあった。
「これ、大事なものじゃない?」
「ノアには料理のことで色々と世話になったしな、そのお返しだよ。俺がいつも作っている料理のレシピをまとめたやつだから、向こうに戻っても活用して欲しい」
「エリックお兄ちゃん……ありがとう! 寂しくなったら、このレシピで料理を作るね!」
「おう! 俺も寂しくなったら、ノアに教えて貰ったらレシピで料理を作る。だから、次会う時は楽しみだな。どれだけ料理が上達しているか楽しみにしているからな」
「次はエリックお兄ちゃんを凄く驚かせる料理を作ってみせるよ。だから、楽しみに待っててね」
このレシピがあれば、宿屋で食べていた料理を家でも食べることができる。きっと、この夏を思い出して寂しくなるだろうし、いいものを貰ったな。
約束をしたし、また次の夏にここに来なくちゃならなくなったね。ふふ、次来る時が本当に楽しみだ。
みんなと別れを告げて、私はリュックの中から車を取り出した。その中に乗り込むと、窓から顔を出して手を振る。
「みんなー! 元気でねー!」
「また、来ますから!」
「約束だぞー!」
すると、離れていくみんなから色んな声が上がった。その声を聞きながら、私は車を発進させる。開けた窓からはみんなの声が届いて、その声が段々と小さくなるのを感じた。
ひと夏の思い出を胸に私たちは帰路につく。




