230.宴
大人たちは急いで宴の準備をする。砂浜に木を組み立てて、大きな焚火台をいくつか作った。それが作り終える頃には夕日が落ちる時間になり、焚火台に火が灯される。
低いテーブルがいくつか運び込まれると、その上には各家庭で作ったと思われる沢山の料理が並んでいった。その料理以外にも大人たち用に酒の入った壺も沢山置かれていく。子供たちには果実のジュースが入った壺が置かれた。
物が揃っていくと、今度は人が集まってきた。村中の人が集まる砂浜は一気に賑やかになり、宴が近いことを教えてくれる。それに大人たちは手に様々な楽器を持ち、軽く音を鳴らしている。
そうして、物や人が集まると宴が始まった。お立ち台に村長らしき人が登り、軽い挨拶から始まる。
「えー、時折現れるマーマンに我々は悩まされていた。討伐したくても、相手は海の中に潜っていて討伐しづらい。一回の戦闘で倒せる数も多くなく……」
「村長! そんなのいいから、今回の立役者を紹介してくれ!」
「なんじゃ、せっかちじゃの。今回の討伐で活躍した者を紹介する。ノア、クレハ、イリスじゃ。前へ来なさい」
名前を呼ばれて前に移動すると、周りから拍手が沸き起こった。
「話によると、三人が協力してマーマンたちを討伐したそうだ。その数は百近いと聞く。未だかつて、一度にそんなに討伐した前例がない。きっと、マーマンたちは恐れおののきしばらくこちらには顔を出さないだろう」
「嬢ちゃんたち、ありがとよ!」
「百体近いだなんて、凄いわ!」
「よくやったな!」
「改めて、この村を救った者たちに感謝の意を示そう。ノア、クレハ、イリス……本当にありがとう。お陰で村人は怪我もなく無事に帰還することができたし、この海を荒らしていたマーマンを沢山討伐できた」
村長の言葉の後、周りから割れんばかりの拍手が沸き起こった。口笛を吹く人、大声で感謝をする人、飛び跳ねる人、様々いる。
「この勇者たちに最大の感謝を! その感謝を示すため、宴を開催する!」
村長の言葉に村人たちはワッとなって沸いた。すると、村人の中から女性たちがこちらに近づいてくる。
「はい、主役はこれをかけてね」
そう言って首にかけられたのは花輪。色とりどりの花を繋ぎ合わしたものだ。
「これもね」
次に頭に乗せられたのは、これも花輪だった。
「なんだか、恥ずかしいね」
「花が近くにあって、鼻がムズムズするんだぞ」
「そうですか? とってもいい匂いです」
「さぁ、席を用意したらこっちに来て」
女性たちに連れられて行くと、砂浜の上にゴザが敷かれたところに案内された。そこに座ると、私たちの目の前に沢山の料理が並べられる。
「この村自慢の料理の数々だよ。好きなだけ食べておくれ!」
「もし、食べたいものがあるんだったら、新しく作るからなんでもいうんだよ」
「さぁさぁ、盛り付けようか!」
女性たちは皿に料理を盛ると私たちに手渡してきた。それを受け取ると、皿に盛りつけられた料理を見る。白色のマントウみたいな生地に中には醬油ダレがかかった肉と野菜が挟まれている。
それを一噛みすると、ほのかに甘い生地としょっぱいタレの味がした。肉は噛むだけでホロホロと崩れて、シャキシャキとした野菜の食感が堪らない。
「これ、美味しいな!」
「パンじゃないけどパンみたいなコレ、とってもいいですね!」
「まだ知らない料理があるなんて」
この料理はエリックお兄ちゃんは作ってなかった。結構村に滞在していたつもりだったけど、まだまだ知らないことがあるんだなぁ。
次々と盛られる料理を食べていると、私たちの前に楽器を持った大人たちが集まってきた。どうやら、演奏をするみたいだ。だけど、クレハとイリスは不思議な顔をしている。
「あの、手に持っているものはなんですか?」
「楽器だよ。あれに触ると色んな音が出るんだ」
「へー、どんな音がするんだろうな」
楽器に触れ合う機会がなかった二人は物珍しそうに楽器を見つめた。
「では、これより村を救った勇者たちに演奏をプレゼントしたいと思います」
「心行くまで音楽を楽しんでください」
すると太鼓を叩く音が響いた。しばらく太鼓の音が響くと、次に弦楽器が音をかき鳴らす。それに続くように笛の音色が混ざりあった。最後に小粋な音を出すマラカスやギロの音が入る。
賑やかな音楽が流れ出した。久しぶりに聞く音楽はとても良い音色を奏でていて、心が躍っていくのが分かる。宴にピッタリな曲調に自然と体が揺れてしまう。
「いい感じの曲だね」
そう言って二人を見ると、二人は目を丸くして楽団を見つめていた。しばらく呆けるように見つめていた二人。そっか、二人は初めて音楽に触れたんだ。だから、衝撃を受けているのかもしれない。
音楽は曲を変えながらずっと続いていく。すると、宴を楽しんでいた人たちが立ち上がる。空いたスペースに移動すると、今度は音楽に合わせて踊り始めた。
「あれは何をしているんだ?」
その時、クレハが質問してきた。そっか、踊りを見る機会も触れる機会もなかったんだっけ。
「あれは踊りって言ってね、音に合わせて体を動かしているんだよ」
「あれが踊り……なんかそういうの聞いたことがあります」
「音楽に踊り……」
クレハとイリスが音楽を聴き、踊りを食い入るように見ている。初めて体験する音楽に初めて見る踊り、二人には刺激が強かったかな? どう反応していいか分からないのかな?
「音楽を聴いてみてどうだった? 踊りはどう?」
二人がどんな感想を抱くか気になった。二人に質問をすると、二人はパァッと表情を明るくした。
「こんなものがあるなんて知らなかったぞ! なんていうか、体がウズウズする!」
「素晴らしいですね! 音楽も踊りも、とっても楽しいものです」
「そっか、気に入ったんだね」
「あの線がいっぱいある楽器が好きなんだぞ! ウチもやってみたい!」
「私はあの口を付けて鳴らす楽器がいいです。あの音色……とっても素敵」
二人とも気に入った楽器があるみたいだ。楽しそうに話す二人を見てみると、今度創造魔法で楽器を出すのもいいかもしれないと思った。
楽しく音楽と踊りを楽しんでいると、楽団は横にずれた。その代わりに二本の長い棒を持った大人たちが私たちの前に出てくる。
「今度は子供たちによる、コッカです」
初めて聞く名だ。それがどんなものか説明がないまま、演目が始まった。長い棒の両端を大人が砂浜すれすれに持つ。その長い棒の先には突起みたいな物がついていて、その突起の下に空洞の木の置物を置いた。
長い棒同士を同時に叩き合わせると音が鳴り、長い棒を下に叩きつけると突起が空洞の木の置物を叩くと音が響いた。小粋なリズムを刻んで棒同士を叩いたり、置物を叩き合わせる。
その音に合わせて、横にずれた楽団も音楽を奏でる。すると、その棒の前に数人の子供が立った。その中にトールとケイオスが入っている。
長い棒がリズムを刻んで動いている、その中に子供たちが飛び込んでいった。リズムよく動く長い棒、その棒に当たらないように素早く足を入れ替える。止まることのないゴム跳びを見ているみたいだ。
足を素早く入れ替えているだけなのに、子供たちは音楽に合わせて踊っているように見える。足元はいつ棒に挟まれるか分からないくらいに見ていてハラハラした。
「いいぞー!」
「上手よ!」
「音楽の速度を上げてやれ!」
周りの大人たちから声が上がると、音楽は少し早くなった。すると、棒を跳ぶ子供たちの足の速度は上がる。だけど、棒に挟まることなく、それどころか隣の子と手遊びをしながら余裕で棒を跳ぶ。
楽しそうに棒を跳び続ける子供たち。しかも、跳んでいる最中に次々と違う子と交代していく。誰一人、棒に引っかかることなく綺麗に棒を跳んでいった。
「わー、すごいね!」
「はい! 棒に当たりそうなのに、当たらなくて凄いです!」
「みんな凄いんだぞ!」
村の子供たちにこんな特技があったなんて知らなかった。こんな楽しいことを知っていたなんて知らなかった。楽しいひと時を過ごしていると、先ほどまでコッカをやっていたトールとケイオスが近づいてきた。
「なぁ! 一緒にやらないか?」
「やり方は分かっただろう?」
二人に誘われて、腕を引っ張られる。
「それはいいな!」
「勇者たちの踊りだ! もっと盛り上げろ!」
「頑張れー!」
すると、周りの大人たちはその気だ。誘われた私たちはその空気に押されて、動き続ける棒の前に立った。すでに子供たちは棒から外れて、コッカをしている子供はもういない。
「よし、行くぞ!」
動き続ける棒にクレハが飛び出していった。リズムよく動き続ける棒を、なんとか避けて跳んでいく。
「わ、私も!」
次にイリスが棒に飛び込んでいった。リズムを感じながら、一定の動きをする棒を跳んでいく。先に入っていった二人が踊っているように見える。
「行くよ!」
私もリズムに合わせて、その中に飛び込んでいった。リズムに合わせて動く棒を見ながら、足を引っかけないように跳んでいく。
「いいぞー!」
「上手だ!」
「良くできてる!」
周りから歓声が沸いた。見ていた時は難しそうに思ったが、やってみると意外と簡単だ。とにかくリズムが一定だから、リズムに乗れば簡単に跳ぶことができる。
「すごい、ウチらできてるぞ!」
「できてます、できてますね!」
「やったね!」
もう下を見なくても、私たちは棒を跳べる。余裕の表情で跳んでいると、余ったスペースに子供たちが入ってきた。
「誰が足を引っかけるか勝負だ!」
「勝負か!? 負けないぞ!」
「手遊びしながら跳ぼう?」
「やってみたいです!」
「入れ替わりもやってみる?」
「うん、やってみよう!」
コッカを中心に宴はもっと賑やかになった。楽しそうな笑い声が響き、場を彩る音楽が流れる。リズムよく聞こえる木の音はいつまでも響き、楽しい夜のひと時が過ぎていった。




