225.度胸試し(2)
私たちのグループは最後に出発することになった。最初のグループが元気一杯に森の中に消えていく。その時までは私たちは楽しそうに談笑していたんだけど、すぐに最初のグループの悲鳴が聞こえだした。
突然の悲鳴に驚く私たちだったけど、きっと大人たちが驚かしたんだろうと思った。だから、すぐにまた談笑を始める。だけど、その悲鳴が連続して起こると、私たちは話を止めて森の方をじっと見た。
「なんであんなに悲鳴を上げているんだ?」
「もしかして、本当に幽霊が出てきたとか?」
「お化けに追いかけられているんじゃないか?」
何度も聞こえた悲鳴を聞き、みんなが疑心暗鬼になっている。黙って森の中を見ていると……また悲鳴が上がった。
「おいおい、大丈夫なのか?」
「やだー、怖くなってきちゃった」
「何があるんだろう……」
さっきまで和やかムードだったのに、連続して聞こえる悲鳴を聞いて子供たちが怖がり始めた。余裕そうにしていたクレハやトールからは、余裕の笑みが消えている。
ふと、近くにいた大人たちの顔を見ると、こちらはニコニコと笑っている。どうやら、思った以上に子供たちの反応がいいので楽しんでいるように見える。ということは、あの悲鳴の原因は大人たちにあると……。
「ほら、次のグループの番だ」
「えー! あの後に行くのー!?」
「だ、大丈夫だ! きっと前のグループに怖がりがいっぱいいたせいだ!」
「よ、よーし……行くぞ!」
子供たちは怯えながらも手を繋いで森の中へと入っていった。最後のグループの私たちが固唾を呑んで見守っていると、すぐに悲鳴が上がる。その悲鳴を聞き、イリスは体を震わせた。
「ほ、本当に大丈夫でしょうか?」
「お、俺がついているから大丈夫だ!」
怖がっているイリスをケイオスが元気づけようとしているけど、声が震えている。
「な、なー……怖くないならクレハが先頭をやれよ」
「べ、別にいいぞ。そ、そういうトールも先頭どうだ?」
「そ、そうだな。全然怖くないから平気だ」
クレハとトールはお互いに小突いているけれど、声が震えていた。いやー、みんな怖がって可愛いなー。私もみんなと一緒に怖がりたいけど、大人の仕業って分かっているから全然怖くないんだよね。
怖がっているみんなを微笑ましく見ていると、とうとう私たちにも声がかかった。
「最後のグループ、もう行ってもいいぞ」
その言葉にみんなは顔を見合った。
「じゃ、じゃあ……先頭はクレハとトールで」
「お、おう……任せておけ」
「私がいれば、全然怖くないからな」
おっかなびっくりに二人は先頭を進む。その後を他の子供たちがついていき、私たちは暗がりの森を灯りを持って進み始めた。
◇
夜の森は暗くて周りが見えづらい。どこに何が潜んでいるかが分からなくて、それが余計に怖さを助長させる。時折聞こえる、前を進むグループの悲鳴が聞こえる度に体がビクリと跳ねあがる。
何も起こりませんように、誰もがそう思いながら進んでいる。だけど、現実はそう簡単ではない。突如、草むらがガサガサと動き出した。
「ひぃ、なんだ!?」
「だ、誰だ!?」
灯りを照らしてみてみると、草むらがガサガサ揺れているだけで何も見えない。すると、草むらの中から何かが飛んできた。
「ぎゃぁぁっ!」
「冷たい!」
「ネチョッてした!」
わたしの腕にもそれが飛んできた。みんなが慌てている間に私はそれを拾い上げると、それはびしょ濡れになった布の塊だった。こんなので驚かせようとしていたんだ……それが何であるか分かると恐怖は消えた。
でも、子供たちは怖がっているみたい。まぁ、ここは何も言わないでおくのがいいのかな?
そのまま進んでいくと、今度は木の上がガサガサしだした。みんな、驚いて木の上を見上げると……突然大きなものが落ちてきた。それは人の形をしていて、歪んだ顔が照らされた灯りで露になる。
「ぎゃーっ!」
「い、いやぁっ!」
「うおぉぉっ!」
子供たちは怖くなって逃げ出した。残された私は木の上からぶら下がったそれを見た。手作りのお面に、人の形になるように布で覆い隠されているだけのものだ。まぁ、突然こんなものが降ってくると驚くよね。
私は置いて行かれないように、みんなの後を追っていった。すると、先を行っていた子供の一人が転んだ。その途端、また木の上から何かが一斉に降ってきた。
「うわぁぁっ!」
「に、逃げろ!」
「やだぁぁっ!」
みんなは降ってきたものを叩き落として、すぐにその場を離れた。私は倒れていた子を起こす手伝いをした。すると、その子はすぐに逃げ出していく。
またもや、取り残された私。ふと、周りを見てみると、そこにはヘビや蜘蛛を模した道具が散乱していたのが見えた。なるほど、こういうので驚かせようとしていたんだ。
それがどんなものか分かってしまうと怖くなくなっちゃうよね。みんなが怖がってくれていて良かったよ。十分に楽しんでいて羨ましい。
みんなが逃げていった方に駆け出していくと、みんなが一か所に固まっていた。無事に追いついてみんなの表情を見た。誰もが怖がっているような表情になっていて、初めの頃の余裕はなくなっているみたい。
「ど、どうしたんだよクレハ……さっきから怖がってないか?」
「そ、そういうトールだって……驚いて声上げてたぞ」
「いや、あれは違くて……クレハは顔色が悪いぞ」
「これは、その……暗いからだよ」
あんなに元気だったクレハとトールがトーンダウンしている。ここまで変わっちゃうなんて、度胸試しって凄いな。
「イリス、大丈夫か?」
「け、結構怖いですね……ケイオスは平気なんですか?」
「お、おう! だから、安心して俺についてこい」
「は、はい……」
こちらはケイオスが強がっているけれど、足が震えている。あんまり頼りになるように見えないからイリスも頼っていいか迷っている感じだった。少年、もっと頑張れ。
少し休んだ後、私たちはまた前に進み始めた。その歩みはだんだん遅くなっているように思える。早くゴールに行きたい気持ちと怖い目に合うかもしれない恐怖がせめぎ合っていて、思うように進めていないみたいだ。
その時、誰かが躓いた。すると、木の上が急に騒めき立つ。みんなが上を見上げた瞬間、また木の上から色んな物が降ってきた。
「うわぁぁっ!」
「逃げろー!」
「いやぁぁっ!」
みんなが一斉に駆け出して逃げてしまった。私はその場に立ち止まって、ぶら下がったものを見てみる。それは顔が歪な人形ばかり。地面を見てみると一本の紐が張っていて、そこに足を引っかけるとそれらが落ちてくる仕組みになっていたみたいだ。
あ、見ている暇はなかったんだ。みんなを追いかけなくっちゃ。そう思って、みんなが逃げ出したほうに駆け出そうとすると、後ろから声が聞こえた。
「怖いよぉ」
そこには一人の男の子がいた。さっきので逃げそびれてしまったのだろう。
「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に行こうか」
「うん……手、繋いで」
「いいよ」
その男の子が手を伸ばすと、私はその手を掴む。思ったより手が冷たい……怖かったせいかな?
「行こうか」
「うん」
私はその男の子の手を引いて、暗がりの森を進んだ。
◇
「あれー、おかしいな。みんなの姿が全然見えない」
森をずんずん進んでいっても、先に逃げていったみんなの姿が見えなかった。これは怖すぎて、ずっと走って行ったに違いない。もう、私たちを置いていくなんて薄情な……。
「お姉ちゃん……」
「みんな、先に行っちゃったんだね。だけど、お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ」
男の子も口数が減ってきている。これは早くみんなと合流しないと。私は早歩きで進んでいくと、突然手を引っ張られた。振り向いてみると、男の子が横を向いて私の手を引っ張っていた。
「お姉ちゃん、あっち……」
「あっち? あっちに誰かいるの? でも、こっちがゴールだよ」
「……あっち」
その男の子は執拗に私の手を引っ張る。根負けした私は男の子が引っ張っていく方向に歩き出した。その方向へ進んでも、誰かがいる気配はしない。一体、この先に何があるというの?
黙ってついていくと、妙な静けさに背筋がゾクッとした。そういえば、遠くで聞こえていた悲鳴も聞こえなくなっている。なんか、変だ……。
「ねぇ、こっちには何もないから、元に戻ろう?」
「……」
「こっちはダメだって」
手を引っ張ると、男の子は立ち止まった。元に戻ろうとさらに手を引っ張るが、握られた手はびくともしなかった。おかしい、私の方が力が強いはずなのに、掴まれた手がびくともしないなんて。
おかしなことが続き不安が膨らんできた。手を何度も引っ張ると、段々と焦ってきた。すると、男の子はある方向を指さした。その方向を見て、私は体が固まった。
血だらけの大人の人が何人も立っていて、こちらを手招きをしている。それはまるでこの世の元とは思えない風貌をしていて、背筋が凍った。
体は金縛りにあったように動かない。どうして、何があったの!? 必死に動かそうとするのだが、微動だにしない。動悸が激しくなって息が上がる。
私の視線は不可解な男の子に向かった。その男の子がゆっくりとこちらを向く。
「お姉ちゃんも……おいでよ」
その顔は獣に八つ裂きにされたような風貌に変わっていた。




