223.料理のひととき
「ほい、おまちどう! ココナッツと香辛料の煮込み料理だ!」
大皿に大きな魚が一匹、その周りに煮込まれた野菜がトッピングしてある。匂いを嗅ぐと、ココナッツ特有のクリーミーな甘い匂いに香辛料のスパイシーな匂いが混じる。
「今日も見たことがない料理が出たぞ!」
「この匂いは独特ですね。でも、好きです」
「この料理もこの地域特有?」
「そうだな。自生しているココナッツを使った料理だ。ココナッツだけじゃ甘いから、香辛料を使うのがコツなんだ。後で作り方を教えてやるよ」
ココナッツを使った料理か……作ったことがないな。これはエリックお兄ちゃんから教えてもらって、レパートリーを増やそう。それにしても美味しそうだ。どれ、一口……。
「んっ、美味しい! 今まで食べてきた煮込み料理とはまた違った味わい!」
「初めて食べる味だけど、美味いんだぞ!」
「思った以上にクリーミーですね。色んな風味が混じっていて面白いです」
「色んな風味がするのは、色んな種類の香辛料を使っているからだな。組み合わせ次第で色んな味に変わるんだから、香辛料っていうのは面白いぜ」
淡泊な白身にクリーミーでいてスパイシーの味が合わさって美味しい。前世でいうところの東南アジア系のエスニック料理に似ているかも。この地域は面白いな。醤油があって和食系だと思ったら、東南アジア系の料理もある。色んな味が楽しめるのはいいね。
「エリックお兄ちゃんは本当に料理が上手だよね。こんなに幅広い料理を作れるなんてすごい」
「そうだよな。いっつも、違う味の料理が出てくるから、エリック兄ちゃんの料理が楽しみなんだぞ」
「どうして、そんなに色々な料理を思いつくのか不思議でたまりません」
「素材を知って、それからどんな味付けにして、調理法をしてって考えるのが好きなんだよ」
私も二人もエリックお兄ちゃんの料理を褒めている。二人は私の料理を食べて色々なものを知っているのに、それ以上に美味しい物を食べているような様子だった。
なんだか、負けたような気になって悔しい。私ももっとみんなを喜ばせる料理を作りたい。
「そうだ! 明日は貝を取りに行くんだよ。だから、明日は私が貝料理を作ってあげる」
「おー! ノアの貝料理か、楽しみだ!」
「貝って何気に初めて食べますよね。どんな料理になるか気になります」
「貝か、いいな! 沢山採ってきてくれよ! 余ったら、こっちでも買い取るからさ!」
だったら、明日は貝を沢山採ってきてみんなにごちそうしよう。私の料理の腕ももっと知ってもらいたいし、堪能してもらいたい。
◇
「さぁ、できたよ! ボンゴレビアンコ!」
翌日の夜は私が料理を披露した。貝を使ったパスタ料理、ボンゴレビアンコだ。みんなの目の前に出すと、目を輝かせて料理を見た。
「おお! これが貝料理! しかも、麺もあるな!」
「海のいい匂いがします。どんな味なんでしょう」
「へー、貝を麺に合わせるのか」
「さぁ、食べてみて」
三人に食べるように勧めると、フォークを手に取って食べ始める。
「これが貝の味か! プニプニしているぞ!」
「こんな味になるんですねー。味わい深くて美味しいです!」
「うん、美味しい。なるほど、こんな合わせ方もあるんだな」
美味しそうに食べる三人を見て、私はニコニコ。ふふふ、どうだ私の料理も美味しいだろう? 自尊心が満たされる感じがして、気持ちよかった。
その後もワイワイ四人で食べて、ボンゴレビアンコを堪能した。
「ふー、くったくった! でも、貝の身が小さいのが残念だったぞ」
「クレハは食べ応えのある方がいいですものね」
「貝がこんなに大きかったらいいのにな!」
「そんなに大きな貝ってあるんでしょうか?」
食後の談笑を楽しんでいると、エリックお兄ちゃんが真剣な眼差しで皿を見つめていた。一体、何を考えているんだろう?
「エリックお兄ちゃん、どうしたの?」
「んー、ちょっとな。よし、今から同じものを作るから、味見してくれ!」
「えっ、同じものって?」
エリックお兄ちゃんは立ち上がると厨房に入っていった。残された私たちは状況が呑み込めずにぼんやりとしている。
「エリックお兄ちゃんはどうしたんでしょう?」
「また同じものを作るって言ってたよな。食べたりなかったのか?」
「どういうことだろうね。料理の練習かな?」
不思議に思いながら、席に座って待っていた。すると、厨房からいい匂いが漂ってくる。本当に同じ料理を作っているみたいだ。
「さっきと同じ匂いですね」
「うーん、ちょっと違うかな」
「クレハには匂いの違いって分かるんだね」
「本当にちょっと違う感じだぞ」
さっき食べた料理を改造しているってこと? じゃあ、エリックお兄ちゃんは初めて食べた料理をもっと美味しい料理に昇華しようとしているってことかな?
私が作った料理がどんな風に変わって出てくるのか楽しみだ。ワクワクしながら待っていると、エリックお兄ちゃんが料理を持って戻ってきた。
「おまたせ。さっきの料理を俺なりに作り直したものだ。味の感想を聞かせて欲しい」
そういって、エリックお兄ちゃんは私たちの前に小皿を置いた。そこにはさっきと全く同じような見た目のボンゴレビアンコがあった。
「さっきと同じですね」
「うん、そう見える」
「でも、匂いは少し違うぞ」
「ちょっと加えて、俺が思う美味しいボンゴレビアンコを作ったつもりだ」
エリックお兄ちゃん流ってことだね。なるほど、その挑戦……受けて立つ!
匂いを嗅ぐと、ニンニクと貝のいい匂いが混じっている。私が作ったものよりも香ばしい匂いが強いような気がする。それに貝の匂いも嫌な感じがしない……私の時よりもしっかりと調理をした感がした。
フォークでパスタを巻き取って口の中に入れる。すると、ニンニクの風味が広がったと思ったら、貝のうま味が凝縮した味がした。こ、これは……。
「ノアが作ったやつよりも美味いぞ!」
「ノアのも美味しかったですが、それ以上の味になってます」
一口食べただけで私が作ったものよりも美味しい仕上がりになっていることが分かる。びっくりしてもう一口食べると……うん、やっぱりさっきよりも美味しい。
「ノアが作ったのも美味しかったが、ちょっと調理が雑なところがあったんだ。それを見直して、しっかり調理したものがこれだ」
「ノアの調理が雑? そんな感じじゃなかったぞ」
「私にはそれが分かりませんでした。でも、エリックお兄ちゃんが作ったほうが美味しかったのは、そういうことだったんでしょうか?」
エリックお兄ちゃんが言っていることは当たっていると思う。手癖で作ってしまうところもあって、そのせいでひと手間雑になってきていると思う。まさか、それを指摘されるなんて思わなかった。
「一工程、しっかりと作ることができればノアの料理はもっと美味しくなると思うぞ。まぁ、子供にしては上出来の部類に入るから、実はいうことはないんだけどな」
「ううん、エリックお兄ちゃんのいう通りだよ。今にして思えば、ちょっとした手抜きをしていた部分もあると思う。これくらいの料理が作れればいいだろうって思ってたよ」
料理の高みを目指している訳じゃないから、そこまで気にする必要はない。だけど、作るからには美味しい物を食べて欲しいっていう気持ちはある。
テーブルの上に腕と頭をのせて、グリグリと頭を左右に振る。
「あー、悔しい! 美味しいものを作れなかったって思うと、本当に悔しい!」
食べてもらうからには、やっぱりとびっきり美味しい物を食べてもらいたい。今、出せる私の全力を食べてもらいたいって思う。それができなかったことが本当に悔しい。
すると、私の頭をエリックお兄ちゃんがポンポンと優しく叩く。
「料理っていうものは毎日することだ。だから、毎回そこまで気張らなくてもいいぞ。作るだけでも大変な作業なんだから、心にゆとりを持った方がいい」
「そうだぞ! ノアの作る料理はいっつも美味しいし、ウチは満足しているぞ!」
「作るのが大変だっていうことは分かってます。だから、無理をしないでくださいね」
三人が私を慰めてくれる。それだけで、救われる部分もある。
「ありがとう。でも、やっぱり作るからには美味しい物を食べて欲しい。だから、まだまだ料理を頑張るよ! だから、エリックお兄ちゃん。料理の事、色々教えてね!」
「おう、任せろ!」
自分一人で料理していただけじゃ分からなかったことが分かった。エリックお兄ちゃんに色んなことを学んで、今より料理をうんと上手くなろう。そしたら、今よりももっと幸せになれる気がした。




