217.練習(3)
「はい、レモンスカッシュ。こっちはレモネードね」
暑い日差しが降り注ぐ中、沢山遊んだ子供たちは飲み物を求めた。私はまた作ってあったレモンシロップに水や炭酸、氷を混ぜて子供たちに渡した。
「甘酸っぱくて美味しい!」
「このシュワシュワがいいよな!」
「私はシュワシュワのないのがいい」
子供たちは自分好みの飲み物を受け取って、とても美味しそうに飲んでいる。炭酸のシュワシュワな感じが苦手な子もいたので、そういう子には水を混ぜてレモネードにしてあげた。
「くぅー、シュワシュワが効くー!」
「のど越し最高だな!」
クレハとトールはレモンスカッシュを受け取ると、コップを煽って一気に飲み干した。豪快に飲んだせいかゲップも出て、それが可笑しいのか二人で笑っている。
「このシュワシュワがないほうも美味しいですね。ケイオスはどっちが好みですか?」
「……どっちとも」
次にイリスとケイオスにレモネードを渡すと、とても美味しそうに飲んでくれた。イリスが仲良くなろうと話しかけるのだが、ケイオスの反応は薄い。だから、イリスの方が話しかけ辛くなってしまっている。
イリスもグイグイ行く時と行かない時があるからなぁー、見ていてハラハラする。自然に任せた方がいいのか、それとも外から口を出してもいいのか……ずっと悩んでいる。
そうやって、子供たちに飲み物を渡してみんなの喉を潤した。すると、みんなが集まったことでワイワイと楽しそうな会話が生まれる。その場に座って一休憩しつつ談笑していた。
私もレモンスカッシュを飲み干すと、その輪の中に入っていく。
「クレハ、泳ぎは上手くなった?」
「おう! もう、バッチリだぞ!」
「クレハは運動が得意みたいだから、コツを掴んでからが呑み込み早いよな。まぁ、コツを掴むまでが色々あるんだけどね」
「その話はいいんだぞ!」
「ふふっ、そうなんだ。クレハは魔物討伐をしているから、体の動きに関しては他の子たちよりも上手いかも」
「へっ、クレハって魔物討伐をしているのか?」
「そうだぞ!」
魔物討伐と聞いてトールは驚いた。それに気を良くしたのかクレハが胸を張って威張ってみせる。
「うーん、そんな風には見えない」
「そ、そんなっ! ウチ、結構強いんだぞ! こんな風に敵を倒して、倒して、倒しまくっているんだぞ!」
トールの言葉にショックを受けたクレハは立ち上がり、剣を振る真似をしてみた。その勢いはとても強いもので、本当に剣を振っているように見える。
「へー、凄いじゃん。ちゃんと、剣を振っているように見えた」
「だろ? だから、ここに魔物が来た時はウチに言ってくれ。ウチが倒してやるから!」
「そりゃあ、頼もしいな! でも、この村にも魔物を倒せる人はいるんだぞ」
「よし、じゃあその人と手合わせしてみようか!」
「あははっ、そこまでしなくてもいいよ!」
二人がとても仲良く話しているので、話の中に入っていけなかった。こんなに気が合う相手に出会えて良かったね、クレハ。じゃあ、問題のこちらはどんな感じでしょう。
「次、潜り方を教えてください。泳ぎは大丈夫なような気がします」
「えっ、でも……もうちょっとやったほうが」
「私ってそんなに泳げてませんでしたか?」
「いや、そういう訳じゃ……」
「それじゃあ、いいですよね?」
「う、うーん」
煮え切らないケイオスの態度にイリスの表情が固くなっていく。これは、間に入ったほうが良さそうだね。
「イリスは泳げるようになった?」
「泳げるようにはなったと思いますけど、見てくれたケイオスがはっきりしなくて」
「私も少し見てたけど、かなり泳げるようになってたと思うよ。ケイオスも分かっているんじゃない?」
「お、おう……」
ケイオスもイリスが泳げるようになっているのは分かっているみたいだ。だったら、渋る理由はなんだろう?
「じゃあ、イリスに潜り方を教えても大丈夫じゃない?」
「……」
「何か他に気になることがある?」
優しく訪ねてみると、おずおずといった様子で頷いた。そして、照れ臭そうにそっぽを向きながら口を開く。
「海の中じゃ何が起こるか分からないから……その、心配なんだよ」
「心配してくれてたんですか?」
「だって……海は初めてって言ってただろう? だから、その……心配で……」
ケイオスの本心を聞き、イリスは驚いているみたいだった。どうやら、そんな素振りは見せなかったみたいで、ケイオスの心配する気持ちは伝わらなかったみたいだ。
「そうだったんですね。てっきり、いやいややっているものだと思ってました」
「い、嫌じゃ……ない。むしろ……楽しい」
「だったら、楽しそうな顔をしてくれてもいいんじゃないですか? ほら、ニコッと」
ちょっと呆れたようにそういったイリスは手を伸ばして、ケイオスの頬を無理やり釣り上げた。
「なっ」
「笑う時ってこうやるんですよ」
「わ、分かったからっ……離せよ!」
「笑うまで離しません」
身を引くケイオスとズイズイと前に出るイリス。いやー、いい感じに温まってきたんじゃない? やっぱり、こういうのは楽しい雰囲気じゃないとね。見ているだけでニヤニヤできる。
二人の攻防を見ながらの楽しいひと時は過ぎていった。
◇
たっぷりと遊んだ後に訪れたのは海に浮かぶ綺麗な夕日。みんな、その夕日を見ると海に飛び込んでいく。
「いつものところに行こうぜ!」
空洞のある岩の場所まで行くことになった。今回はクレハとイリスも入れて、みんなで一緒にだ。二人とも素質があったからか、しっかりと泳げるようになっていた。
泳ぐこと十数分、目的の場所の上までやってきた。
「これから行くところって、そんなに凄いのか?」
「あぁ、もちろんだ。何度も行きたいって思うほどに凄くて面白いところだぞ」
「へー、そうなのか。楽しみだな」
「潜り方は大丈夫だな。もし、無理そうなら助けてやるから心配するな」
クレハとトールが海に浮かびながら話をした。クレハは何が見れるかとても楽しみにしているみたいだ。どうやら、もう潜り方もマスターしたみたいだし、トールに任せておけばいいかな?
「頭を下にして、いっきに潜る……大丈夫です、できます!」
「いや、無理をしないほうが……」
「さっきだって、ちゃんとできたから大丈夫です」
「できたばっかりじゃないか……やっぱり補助する」
潜る気満々のイリスにケイオスはタジタジだ。まぁ、ここまで来たんだから潜りたいよね。折角いい景色が見れる絶好の機会なんだから。
「じゃあ、行くぞー」
「順番に潜ってね」
すると、子供たちは海の中に潜り始めた。手慣れている様子で、順番に潜っていく。多分、空洞のところで渋滞しないように考えられているのだろう。
水面にいる子供たちがどんどん少なくなると、残りは私たちだけになった。
「じゃあ、先に行くね」
「おう、ノア行ってこい!」
「はい、お先にどうぞ」
大きく息を吸い込むと、頭を水中に入れて潜っていく。すると、すぐに目に飛び込んできたのは、昼間に見た青い海ではなく橙色の海だ。一面が綺麗に橙色に染まり、昼とは違う印象でとても綺麗だ。
子供たちが列になって岩の空洞に入っていく。私もそれを追うように深く潜る。子供たちが泳ぎなれているため、私との距離が離れていく。うーん、海っ子は流石だな。
そんなことを思いながら、私はようやく空洞の入口に着いた。そして、顔を上げて空洞を見ると、目に飛び込んできた景色に口を開きそうになる。
橙色の光りが降り注ぐ空洞。眩しい日の光を受けて、透明な石がキラキラと輝いている。天井に空いた穴からも降り注ぐ橙色の光り、空洞の中に無数のスポットライトが当てられているみたいだ。
これは凄い光景だ。そう思って見ていると、上からクレハとイリスが下りてきた。二人に向かって手招きをすると、二人は不思議そうな顔をして空洞の前にやってきた。
そして、空洞の中の景色を見て驚いていた。二人は目を輝かせながら空洞の中の景色に見入る。すると、クレハが体を動かしてはしゃいだ。それを見ていたイリスは分かったような感じで何度も頷く。
クレハは泳ぎ始めると、その後を私たちが追う。空洞の中に入ってみると、とてもワクワクした。あんな神秘的な場所に入っていると思うと、どうしても心が躍る。
ゆっくりと空洞の中を進み、天井から降り注ぐ日の光のスポットライトを浴びる。キラキラ輝いている透明な石に触れてみたり、眺めてみたり、楽しみ方は様々な。
とうとう、空洞の外に出てしまった。そこで息が苦しくなってきて、私は指を水面に向けた。二人は頷き、私たちは急いで水面へと上がる。
「「「ぷはぁっ!」」」
同時に水面に出ると、クレハが喋り出す。
「すんごかったな! あんな綺麗なもの初めて見たぞ!」
「凄かったですね! 光りが降り注いでいたり、輝いていたりしてとっても綺麗でした」
「うん、凄かった! 昼と夕方じゃ、全然違う綺麗な景色で驚いたよ」
「なんだとっ! ノアは昼も来ていたのか!」
「どんな景色だったんでしょう。とても気になります」
二人とも空洞の景色に感動したみたいで、昼の光景を見た私のことを羨ましがっている。そこに子供たちが集まってきた。
「どうだ、この場所は凄いだろう?」
「あぁ、凄いな! こんなところがあるなんて、ビックリしたぞ!」
「日の光とか綺麗だった?」
「はい、とても綺麗でした。普通では味わえない感動でした」
「昼も良かったけど、夕方も良かっただろう?」
「うん、とっても良かったよ。昼と夕方じゃ全然雰囲気が違うんだね」
子供たちは自慢の場所を褒められて、どこか誇らしげだった。
「よし、もう一回行くぞ!」
「行こう、行こう!」
「じゃあ、いちば~ん!」
すぐに子供たちは潜り始めて行ってしまった。確かに、あの光景はまだ見たい。私たちはワクワクとした顔で自分の順番を待った。
夕日に照らされる水面、海の中、岩の空洞の中はとても綺麗だ。その景色は私たちの胸にしっかりと刻まれて、夏の思い出になった。




