216.練習(2)
子供たちに連れられて泳いでいくと、ある地点で止まった。砂浜からまた離れてしまったけれど、ここには何があるんだろう?
「この下に大きな岩があって、その中が空洞になっているんだよね」
「その中を泳ぐととっても綺麗なんだぜ」
「へー、そうなんだ。どんな風に綺麗なのか気になるね」
「じゃあ、行こう!」
「しっかりついて来いよ!」
子供たちは息を大きく吸い込むと、水中に潜っていった。私も大きく息を吸い込み、水中へと潜っていく。潜ると水中に大きな岩が見えてきた。その岩には無数の穴が空いていて歪な形をしている。
子供たちは深く潜る。岩の一番下の部分までやってくると、岩の中に子供たちが消えた。きっと、あそこに空洞があるのだろう。私は全身に力を入れて、そこまで潜る。
近くまで行くと、入口と見られる穴が見えてきた。地面に足を付けてその空洞を覗き込む、すると飛び込んできた光景に目を奪われた。
一直線に伸びる空洞に天井に空いた無数の穴から差し込む日の光。その岩肌には何かがキラキラと輝いていて、とても幻想的な光景だった。
先へいく子供たちは私を見て得意げな顔をした。この場所は自慢するだけのことはあるね。ニッと笑って見せると、子供たちは嬉しそうな顔をしてその空洞を泳いでいった。
私もその空洞の中へと入る。でこぼこした岩肌には光に反射して何かがキラキラと輝いている。その部分を見てみると、透明な石が無数に散りばめられていた。これは一体なんだろう? 考えるだけでワクワクする。
空洞の上を見上げれば無数の穴が空いていて、そこから漏れ出す日の光がとても綺麗だ。まるで祝福でもされているかのように、錯覚してしまう。
この空洞は夢のような場所だ。いや、まるで絵本の中に紛れ込んでしまったようにも思える。そんな綺麗な空洞の中を泳ぐのは飛び切り気持ちよかった。
長い穴を抜けると、私たちは水面へと上がる。
「ね、綺麗だったでしょ?」
「うん、とっても綺麗だった! 日の光も、反射する石も、どれも見たことがないほど綺麗だったよ」
「ここは凄いだろう? 海に潜ると必ず来る場所なんだぜ」
「その日によって、光も輝きも変わってくるから飽きないんだよね」
「そんなに凄いところなんだ。教えてくれてありがとう!」
子供たちに感謝をすると、とても嬉しそうに笑った。
「今度は反対側の穴から入ろうぜ!」
「そうだね。反対側も見方が変わって面白いよ」
「そうなんだ。今度はどんな光景が見れるんだろう?」
「あとは空洞からじゃなくて、天井に空いている穴からも入れるところがあるんだぜ」
「そこからも入れるの? この岩って凄いんだね」
「そ、この岩は凄いの」
この岩一つで色んな楽しみ方があるなんて……それを見つける子供たちも凄いよね。一回だけじゃ物足りなかったから、また潜れるのが楽しみだ。
「夕方も綺麗だよ。青かった空洞が赤くなってね」
「今日は夕方まで入れるから、その時また潜ればいいぜ」
「へー、夕方か……それはそれで楽しみ」
「じゃあ、行こうか」
「次は反対側な!」
夕方、この岩がどんな光景を見せてくれるのかとても楽しみだ。子供たちが先に潜ると私のその後を追っていった。
◇
子供たちと思う存分、岩からの光景を楽しんだ。入る穴によって本当に見方が変わって、とても面白かった。毎日見える光景が違うっていうのが興味をそそられる。夕方、また見に来ようと約束して私たちは砂浜に戻ってきた。
砂浜と海では子供たちが思い思いの遊びをしていた。砂で山のように盛り上げたり、逆に深い穴を掘ったり。海で追いかけっこをしたり、泳ぎの競争をしたりと様々だ。
私が戻ってくると、数人の子供たちが寄ってきた。
「ねぇねぇ、ボールってある?」
「もちろんあるよ。遊ぶ?」
「うん、遊ぶ!」
「おーい、みんなー! 新しい遊びをするぞー! こっちにこーい!」
前に遊んだボールが楽しかったのか、それを求めてきた。リュックの中から膨らんだボールを取り出すと、子供たちの歓声が上がる。
「えっ、そのリュックどうなっているんだ?」
「そんなものが入っていたなんて、全然見えないよ!」
「これは魔法のリュックなんだ。だから、リュックよりも大きなものも入っちゃうの」
「すげー! 村の外にはそんなものがあるのか!」
「そのボールも見たことがないよね。どうなっているんだろう?」
リュックからボールに興味が移ると、私はボールを子供たちに渡した。子供たちはそのボールを触って、新しい感触を楽しんでいる。
「すっごーい! つるつるしてる!」
「こうやってやると……ほら! めちゃくちゃ、跳ねるんだ!」
「どうやって遊ぶの? 早く遊ぼう!」
「ノアも一緒においでよ!」
「私はちょっと休んでからにするよ。結構遠くまで泳いで潜ってきたから、疲れちゃった」
「そっか! なら、元気になったら入ってきてね!」
子供たちはワーッとなって輪になった。そして、ボールを使って遊び始める。すぐに子供たちの楽しそうな歓声が上がった。
子供たちのことも気になるけれど、クレハとイリスはどこまで泳げるようになったかな? そっちの方が気になったので、見に行くことにした。
子供たちから少し離れたところで、クレハとトールは泳ぎの練習をしていた。すでに結構深いところまでいて、水面には水しぶきが上がっている。
「どうだった?」
「泳ぎはバッチリだ。クレハは呑み込みが早いな」
「へへっ、ウチは運動は得意だからな!」
「じゃあ、次は潜ってみるか?」
「おう!」
それに二人はすでに仲良しなので、交流に垣根がない。そのお陰か、教える方も学ぶ方もスムーズにいっている。
「潜る時はちゃんと息を止めるんだぞ。こんな風に」
「おー。こんな風か?」
「そうそう、そんな感じ。そのまま、とりあえず頭を水中の中に入れてみよう」
クレハが頭を水中の中に入れた。すると、クレハの周りに息の泡がブクブクと湧く。その泡が大きくなると、勢いよく頭を水面から出した。
「ぷはぁっ! めちゃくちゃ苦しいぞ!」
「あははっ! 息をしようとしたらダメだ。息を止めてやらないと、潜れないぞ」
「息を止めるのか……ずっとか?」
「そう、ずっとだ。水中にいる時は絶対に息を止めないとダメだ」
「分かった、やってみる」
そういうと、クレハは息を大きく吸い込み頭を水中の中に入れた。今度は息の泡が立っていないから、上手く息を止められたと思う。
こっちは順調でなんの不安もない。でも、もう一方には不安がある。ギクシャクしていたから、今仲良くやれているか不安だ。どうか、上手くいってますように……そう思いながらイリスの方を見た。
ケイオスがイリスの手を引き、イリスは水面に顔をつけながらバタ足で泳いでいた。スーッと海を移動していき、ある程度まで来た時にイリスが顔を上げる。
「どうですか? ちゃんと泳げてますか?」
「おう、ちゃんとできてる」
「……本当ですか? ちゃんと見てくれてました?」
「み、見てた見てた」
はじめは優しく言っていたけれど、すぐにムッとしてちょっと不機嫌になるイリス。ケイオスは慌てて言っているけれど、目が泳いでいるように見える。
「さっきから、同じようなことばかり言っているような気がします」
「いや、本当だって……ちゃんと泳いでいた」
「だったら、今度は手を離しても大丈夫ですか?」
「そ、それは……」
「もう、さっきから全然進んでないです。本当に私は上手くなってますか?」
あらら、イリスの気の強いところが出ちゃってる。そこまで言われるとは思ってなかったケイオスもタジタジだ。気の強くなったイリスをどう宥めるか……。
「どうして、手を離してくれないんですか?」
「……いからだよ」
「なんですか?」
「……楽しいからだよ。手を引くのが」
なるほどー、そうですかー。素直に自分の気持ちを伝えるのはいいことだよね、それがとんでもなく恥ずかしくても。そっぽを向くケイオスに、目をパチクリしてちょっと驚いているイリス。
これは、なんて答えるのかな? 私はイリスの返答を待った。すると、怒ったような顔をして腰に手を当てる。
「ほら、全然教える気ないじゃないですか!」
「そ、そういう訳じゃっ」
「クレハはあんなに進んでいるのに、私は全然進んでません。このままだと置いてかれます。どうにかしてください!」
「わ、分かった……分かったからっ」
あー、クレハに怒るようにケイオスにも怒っちゃった。まぁ、でもイリスの素の部分が出てきているから、仲良くなってはいるのかな?
それにしても、全然進展しないな。まぁ、見る分には楽しいからこのままでいいか!




