215.練習(1)
今日は海の子供たちから泳ぎを教わる日。午後になると、砂浜にお手伝いを終えた子供たちが集まってきた。途端に砂浜は賑やかになり、みんな思い思いに喋っている。
「今日はどこまで泳ぐ?」
「いつものところまで競争するか!」
「今日はお手伝い疲れたから、そんなに泳がないかもー」
みんなでワイワイと喋っていると、クレハのところにトールがやってきた。
「よぉ、クレハ。今日はみっちり泳ぎ方教えてやるからな。できれば、潜り方も教えてやる」
「任せたトール! 運動は得意だから、すぐにできるようになってみせるぞ!」
「へー、そうなのか。なら、海に入ろう。すぐにできるようにしてやるからな」
「へへっ、任せろ!」
トールに連れられてクレハが海の中へと入る。すると、早速泳ぎ方を教え始めた。あっちは順調にいっているみたいだ。じゃあ、イリスの方はどうかな?
「あの……泳ぎ方を教えてくれるんですよね?」
「あ、あぁっ……」
「じゃあ、その……今日はよろしくお願いします」
「お、おぉっ……」
こっちはまだぎこちないようだ。ケイオスの態度が良くないから、その気配をイリスが察知して上手く踏み込めない感じだろう。うーん、二人のままにしていいものか悩む。
「じゃ、じゃあ……海に入るぞ」
「はい」
「その……海には入れるか?」
「入れますよ。それくらいならできます」
「そ、そうか……そうだよな」
「もしかして、私って海に入れなさそうに見えますか?」
「い、いやっ……これはちょっと」
あらら、イリスがしょんぼりとしちゃった。一見、気弱そうに見えるからそう感じちゃうのも分かる。でもイリスはこう見ても勇敢だから、お姫様扱いは合っていないと思う。
二人を見ているとハラハラするな。手を出したほうがいいのか、それとも見守るべきが悩む。ここに来たからには楽しい思いをして欲しいから、そういう風になるように誘導するのも手かな?
一人でうーん、と考えていると私のところにも子供たちが集まってきた。
「ノアは泳がないの?」
「さっきから、難しい顔ばかりしている。さては、怖いんだな?」
「いやいや、別のことを考えていただけだよ。それに、私は泳げるんだよね」
「えっ、そうなの?」
「じゃあ、泳いで見せろよ」
「ふっふっふっ、良く見てなさい」
子供たちは信じられないと言った顔で私を見つめてきた。私は自信満々に胸を張ると、海の中に入っていく。そして、泳ぎを見せつける。
はじめはクロールでスイスイと泳ぎ、次に背泳ぎをした後は平泳ぎもして泳ぎ方のバリエーションを見せつける。それを見ていた、子供たちから歓声が上がった。
「本当に泳げるんだ!」
「だったら、ノアには泳ぎ方を教えなくても大丈夫そうだな」
「練習無しで一緒に遊べるわね」
「いやいや、潜りのほうがまだだ」
海から上がってみると、そんな会話をしていた。
「泳げるのは分かった。でも、潜るほうはどうだ? 俺たちは泳ぐよりも潜って遊ぶ方が多いんだ」
「潜る方か……それはあんまりやったことないなー」
「そうなんだ。じゃあ、潜り方を教えましょう」
「今日一日で潜り方を完璧にさせてやる!」
なるほど、潜る方か。それなら、現役の海っ子に教わったほうがいいかも。海の中で泳げたら気持ちがいいだろうしね。
子供たちに連れられて海に入り、深いところまで泳いだ。ある程度、砂浜から離れると子供たちが教えてくれる。
「じゃあ、ここから潜ってみましょう」
「ここは勢いが大事だ。そうじゃないと、深くは潜れないぞ」
「えー、勢いはそんなに必要ないよ。体の体勢が大事だよ」
「いや、勢いだ」
「ううん、体勢だよ」
あらら、やり方のコツが違うのか喧嘩になりそうだ。
「どっちかが合うか分からないから両方教えてよ」
「そう? なら、やり方を教えるわね」
「俺のやり方は頭をグッと水中に入れて、腕で水中をかいてすすむんだ。で、足が水中に入ったらバタ足だ。グッといって、バタバタだ!」
「私は腰を曲げて頭を水中の中に沈めるでしょ。そしたら、逆さになるの。それで足を動かして水中の中に戻っていくの」
「へー、やり方は似ているね」
「いや、全然違う! 良く見てろよ!」
男の子が声を上げると、大きく息を吸い込んで頭を水中に深く入れた。それから手でかき分けて、下へと潜っていく。
「もう、強引なんだから。私のやり方も見せるね」
すると、女の子も負けん気を見せる。水面に体を浮かせると、腰を曲げて頭を水中の中に入れる。前に言った通りに逆さになると、水中の中に戻っていった。
二人の子供があっという間に水中の中に消えた。もしかして、潜るのって簡単? だったら、すぐできそう。私もやってみることにした。
まず、体を浮かせる。次に大きく息を吸い込んで、腰を曲げて頭を水中の中に入れた。そして、逆さになって足で水を蹴ろうとするが……足が水中の外に出て上手く水を蹴れない。
逆さのままもがいていると、口から大量の空気が外に出た。堪らずに私は水面に顔を上げた。
「ぷはっ! えっ、全然水中にいけない!」
子供たちはあんなに簡単に潜ったのに、どうして上手くいかなんだ? もう一度、息を吸い込んで頭を水中に入れて潜ってみる。やっぱり、頭だけ水中に入るだけで潜れない。
耐え切れずにまた顔を水面に出して呼吸をする。潜るのって難しい……一体何が違うっていうんだ? 水面に浮かびながら考えていると、子供たちが水面に上がってきた。
「潜り方がなってないぞ! もっと、頭を下に入れるんだ」
「私は頭を真っすぐ下にするのがいいと思う」
「頭を?」
「まだ、足りない。それに手で水中をかかないと」
「頭をちゃんと下にすると沈むからやってみて」
どうやら、私の姿勢がダメだったらしい。子供たちは見本を見せるように水中にもぐっていった。なるほど、そうやればいいのか。私は気合を入れ直して、大きく息を吸い込んだ。
腰を曲げて水中に頭を突っ込む、体が真っすぐ垂直になるように、頭がちゃんと下になるように姿勢を正す。その状態で手で水をかき分けると、体が沈んだ。その時に足をバタつかせると、体がスッと水中の中に入った。
手で水をかき分け、足で水中を蹴る。それだけで私は水中の中に潜ることができた。やった、嬉しい! 心の中で喜んでいると、先に戻っていた子供たちと目が合う。そして、親指を立てた。
良かった、このやり方で大丈夫だったみたいだ。すると、子供たちは指を差した。その方向を見ると、綺麗な海の中が見える。
水面から差し込む日の光を浴びて、水中が輝いているように見えた。大小さまざまな魚、色んな形をした海藻、奥を見ればサンゴも見えてくる。地上とは違う綺麗な景色が広がっていた。
その水中を進むと心がウキウキとする。目の前に広がる光景はそれだけ私に海の中の楽しさを教えてくれた。
しばらく海の中の散歩を楽しんでいると、息が苦しくなってきた。すると、前を進んでいた子供たちは泳ぐのを止め、上を指さす。私はそれに頷きで返し、三人で水面へと上がった。
水面に出て、息を吐き出す。
「はぁ……海の中、すっごく綺麗だったね!」
「でしょ? でも、ここよりももっとすごいところがあるんだよ」
「今度はそっちに行ってみようぜ! ついて来いよ!」
しばらく呼吸を整えると、二人はとある方向に泳いでいく。その後を私も追い、水面を泳いでいく。




