203.リムート漁村(3)
「じゃーなー! 会ったら一緒に遊んでくれよ!」
「またなー」
辺りが夕日に包まれる中、漁村の子供たちと別れた。あの後、暇を持て余した私たちは子供たちに村を案内してもらう。その道中、色んな話をしたりして交流を深めた。
私たちは手を振ってお別れすると、宿屋がある方向へと歩き出した。
「なんだか、いい奴らだったな! 明日から楽しみだ!」
「そうですね、いい子たちばっかりでまた会えるのが楽しみになってきました」
「うんうん。イリスにとってもいい人がいたしねー」
「それはどういうことですか?」
ケイオスという少年のことを思い出して、顔がにやける。いやー、イリスは可愛いからなー。そうなる子が出るとは思っていたけれど、まさか旅先でそういう子が出てくるとはなー。
「いやー、面白いことになってきたなー」
「ノアは何を言っているんでしょう?」
「さぁ? ノアは時々おかしくなるから分からないぞ」
私がおかしいって? 失礼な、普通にしているつもりなのに。
そんなことを話している間に宿屋に辿り着いた。扉を開けると、カウンターには誰もいない。その代わりに、少し開けられた扉の方からいい匂いが漂ってきた。
「あっちが食堂なんだな」
「もう夕食の時間でしょうか?」
「入ってみようか」
私たちは食堂の方へと進み、扉を開けて中に入った。すると、中はガランとした小さな食堂になっていて、対面キッチンにはエリックさんが立っている。
「おっ、おかえり。今、夕食作っているから好きな席に座ってくれ」
「ただいま。エリックさんが調理をしているの?」
「そうだぜ。調理は得意だからな、こうして宿屋の食事を作っているんだ」
へー、料理もできるんだ。エリックさんの両親は海に行っているって言ってたけど、宿屋の仕事はエリックさんが全般的に受け持っているのかな?
私たちは空いている席に座って、料理が出てくるのを待つ。
「くんくん、なんだか嗅いだことのない匂いだな」
「どんな料理が出てくるか楽しみですね」
「ねー、海だから魚料理とか出てくるのかな?」
「魚ってあれだろ? 水の中にいる生き物だよな」
「そういえば、魚って食べたことありませんね」
「ずっと、海や川から離れたところで生活していたからね。魚に馴染みがないよね」
私たちが食べる物と言ったら小麦粉で作った物、野菜を使った物、肉を焼いたり煮た物だ。今まで食卓に魚が出たことがない。それは近くに海や川がなかったせいだ。
だから、魚を食べられることを楽しみにしていた。どんな料理が来るんだろう?
「よし、できたぞ。今、そっちに持っていくな」
「やった!」
「どんな料理でしょう」
「楽しみだね」
とうとう、料理ができた! 私たちが喜んで待っていると、まずはパン、サラダ、ナイフとフォークが運ばれた。そして、最後に今日のメインディッシュが置かれる。
「今日はとれたて白身魚のムニエル、レモンバターソースがけだ」
三枚おろしになった白身魚の身が二つ、皮までこんがりと焼かれていて、その上から爽やかな香りのソースが掛かっている。
「わぁ、美味しそうです!」
「これが魚か!」
「いい匂い……、いただきます!」
「「いただきます!」」
「おう、召し上がれ!」
堪らずに挨拶をフライングする。両手でナイフとフォークを持って、白身魚を一口サイズに切る。ふんわりとした身で簡単にナイフで切ることができる、肉とは違ってこれはいい。
ソースをたっぷりかけて、その一口をパクリと食べる。柔らかい魚の身にパリパリに焼いた皮が香ばしい。そして、酸味とコクが効いたソースがアクセントになって、その一口は極上だった。
「「「美味しい!」」」
三人の声が重なった。
「魚の身ってこんなに柔らかくてふんわりして、とっても食べやすいです」
「ウチは焦げた皮のパリパリが好きだぞ! 肉とは違った香ばしさがあって、美味しい!」
「それにこのソース、ジューシーな白身魚に合っていて、病みつきになる味だよ」
「ですよね。ソースもまた美味しくて……魚の身に合わせて食べるとほっぺが落ちるみたいです」
「肉と比べたら食べ応えがないのがウチは残念だけど、これはこれで美味しいんだぞ」
「焼き加減の絶妙だよ。皮はパリパリ、中はふんわり!」
思わず饒舌になってしまうほどの美味しさの衝撃だった。淡泊な白身魚じゃなくて、ちょっとした油が滲み出るジューシーな魚の身。そのジューシーな味に酸味の効いたソースが絡めば、相乗効果で美味しいの上を行った。
「はははっ、そうか! 気に入ったか!」
「はい、気に入りました!」
「魚ってどんなものか分からなかったから不安だったけど、これはイケる!」
「エリックさんって料理が得意なんだね」
「そうさ、この村で一番の料理人って言われてるんだぜ」
へー、この村一番の料理人か。そんな料理人に作ってもらえてラッキーだったな。美味しくて魚を切る手が止まらないし、いつまでも嚙んでいたくなる。あ、サラダにかかっているドレッシングも美味しい。
「この量の魚はすぐに食べ終わりそうなんだぞー」
「クレハは私たちの二倍は食べますからね」
「そうなのか? だったら、次からクレハの量を増やしておくな」
「本当か!?」
「良かったね、クレハ」
ちょっと残念そうにしていたクレハだったけど、食べる量を増やしてもらえるらしい。クレハは肉のような食べ応えのあるものが好きだから、魚のような身が食べやすいものだと物足りなく感じちゃうよね。
「あの、ノア……」
「どうしたの、イリス」
その時、こっそりとイリスが話しかけてきた。ど、どうしたんだろう?
「パン、食べました?」
「うん、食べたよ。懐かしい感じの固さだね」
「はい、そうなんです。家や向こうの宿で食べていたフワフワパンじゃなかったのが残念で……」
珍しくしょんぼりしているな、と思ったら原因はパンにあった。フワフワパンになってから結構経つけれど、今じゃそっちのほうが食べ慣れちゃってるからね。
「それで、ノアにお願いがあるんですが……」
「ん、何々?」
「ここのパンもフワフワにできませんか?」
「あー、そういうことね」
パン好きのイリスにとって、あのフワフワパンは日常的に食べられる幸せなものとなっている。その幸せなものがしばらくなくなって、本当に残念そうにしていた。
だから、ここでもフワフワパンが食べられたら嬉しい。もじもじして物欲しそうな顔をしているイリスを見ていると、勇気を出して言ってくれたんだということが分かった。
よし、ここは一肌脱ぎますか。
「でもねー、エリックさん。パンは私の方が勝ったね」
「……なんだって?」
「私も料理をしたりパンを焼いたりしているんだけど、私の方が圧倒的に美味しいパンを作れるんだよ」
「はっはっはっ、面白い冗談だな」
エリックさんは全く信じていない。でも……。
「そういうことなら、作ってもらおうか。その俺よりも美味しいパンとやらをな」
料理の話は聞き捨てならないのか、話に乗っかってきた。




