202.リムート漁村(2)
「ようこそ、リムート漁村唯一の宿屋へ!」
宿屋の中に入ると、すぐに受付のカウンターがあった。そのカウンターの中にはエリックさんが入っている。
「一泊四千エルで一食千エルする。食事は朝、昼、夜と三食分作るよ。洗濯も請け負っていて、籠一杯で千エルとっている」
「洗濯はいいかな、洗浄魔法使えるから」
「へえ、生活魔法が使えるんだ。この村には使える人がいないから、羨ましいな。どっちかっていうと、攻撃魔法が使える人が多いかな」
漁村に攻撃魔法を使える人がいるのかー。やっぱり、魔物討伐とかで使っているのかな?
「で、どれくらい滞在する予定なんだ?」
「うーん、とりあえず一か月くらいで」
「一か月!? そ、そんなに滞在してくれるのか?」
海を満喫するにはそれぐらいないと、と思ったけど滞在しすぎかな? もっと滞在してもいいと思ったんだけど、あんまり滞在しすぎても村の人たちに心配されるからなぁ。
「うん、とりあえず一か月で!」
「そ、そうか……お金も結構掛かっちゃうけど大丈夫か?」
「食事は三食つけるから、一日七千エルだね。それを一か月分、三十日分だから一人二十一万エル。はい、これ」
リュックの中から財布を取ると、金貨を渡した。
「き、金貨……本物だ。こんなお金をためらいもなく出すなんて……もしかしてお前たちはどこかのいいところのお嬢様かなんかか?」
「違うよ、それはちゃんと働いて稼いだお金なんだよ」
「お前らは村でどんな仕事をしているんだ?」
「ウチらは魔物討伐だぞ」
「はい、そうです」
「私は農作物を納品したりしているよ」
「よその村の子は大人顔負けの仕事をするものなのか?」
エリックさんは話を聞いて驚いている。まぁ、こんな子供がこんなに稼ぐなんて想像はできないよね。
「そういえば、親はどうしているんだ?」
「ウチらに親はいないんだぞ」
「私とクレハは元々孤児院で生活していましたし」
「私は小さい時に売られたから、親はもういないよ」
「えっ、お前たち親なしか」
「でも、三人で協力して暮しているんだよ」
「そんな辛い境遇だったとは……」
エリックは目を潤ませた。忘れていたけれど、私たちの境遇って辛いものだったんだよね。日々の生活が楽しいからつい忘れがちだったわ。
「親はいないけれど、村の人たちにはとても良くしてもらっているんですよ」
「冒険者のおっさんたちにもな!」
「だから、辛いことはないから安心して」
「そうかそうか、良くしてもらっていたのか。それを聞けて安心したよ」
感情が豊かなお兄さんだな、泣きそうになったり急に笑ったり忙しそうだ。
「おっと、俺の仕事もしないとな。部屋を案内するよ、ついてきて」
エリックさんがカウンターから出て、宿屋の奥へと進んでいった。その後を私たちが追うと、一つの扉の前に来た。エリックさんがその扉を開くと、中は三つのベッドが並んだ部屋が見える。
「ここの部屋で問題ないか?」
「うん、大丈夫」
「なら、ここで寝泊りしてくれ。そういえば、荷物は何もないのか?」
「このリュックに入っているよ」
「そんな小さなリュックに?」
「見た目よりも多く入るようになっているんだよ」
「ふーん、そうなのか? ほんと、お前らは不思議だな。じゃあ、夕食頃に食堂に来てくれ。食堂はさっきの受付カウンターの反対側にある扉の先にあるからな」
荷物に関してはあまり詮索されなかった。それだけをいうと、エリックさんはこの場を離れていく。残された私たちはベッドに腰かけて一息ついた。
「色々聞かれたけど、なんとかなったね」
「子供だけで旅をするのは他にはないですからね」
「でも、旅はできたぞ。ノアのお陰だな!」
「ノアの魔法があったから旅ができるようなものですしね」
「まーね、あの力がなかったらできなかっただろうし」
本当に魔法様様だ。魔法がなかったら今頃どうしていたのか、考えるだけで身震いがする。
「夕食までまだ時間があるから、村の散策でも行く?」
「行こうぜ! ここにいてもつまらないしな!」
「はい、行きましょう」
「じゃあ、出発!」
◇
熱い日差しが照りつける中、私たちは村の散策に乗り出した。
「いつも見ている村とはなんか違うな」
「漁村ならではのものが多くある印象ですね」
「私たちの村は農村って感じだから、種類が違うよね」
村の中にある建物を自分たちの村の建物と比べてみたりしていた。家のつくりはちょっと違うし、置いている物も違う。その違ったところが目新しくて楽しかった。
辺りをキョロキョロと見渡しながら進んでいくと、声が聞こえてきた。それは子供の声でだんだんこちらに近づいてきているみたいだ。
そちらの方に視線を向けると、数人の子供が追いかけっこをしてこちらに近づいてきていた。私たちがそちらの方を見ていると、あちらの方もこちらに気が付いたみたいだ。
「あ、知らない子がいる!」
「本当だ!」
「トールが言っていた奴じゃない?」
子供たちは私たちに近づくと、声をかけてきた。
「こんにちは、外から来たって本当?」
「子供たちだけって聞いたけど、どうやってきたの?」
「なんか、面白いことないー?」
人懐っこい子ばかりで何も疑いもなく話しかけてきた。
「ウチらは隣の村からやってきたんだぞー」
「私たちだけで来ました。凄い魔法を使ってきたんですよ」
「ってか、こっちが面白いこと教えて欲しいよ」
私たちもその子供たちに負けないくらいに人懐っこく話しかけてみる。しばらく、子供たちでワイワイ喋っていると、一人だけ黙って突っ立っている男の子がいることに気づいた。
その男の子はボーッと何かを見ているようだった。その男の子の視線を追ってみると、視線の先にはイリスがいたことに気づく。
「ねぇねぇ、あの子はどうしたの?」
「ん? あぁ、ケイオスか。おい、ケイオスどうしたんだ?」
他の子がケイオスと言われた子の肩を揺さぶると、ハッとした表情になって気が付いた。
「な、なんだよ……」
「それはこっちのセリフだってーの。一体どうしたんだ、ボーッとしちゃってさ」
「な、なんでもねぇよ!」
他の子と比べてちょっととっつきにくいかな? そう思っていると、クレハがイリスを引っ張ってその子の前に来た。
「ウチ、クレハ! こいつはイリスっていうんだ、よろしくな!」
「はじめまして、イリスと言います」
「えっ、あっ……」
イリスを前にしたケイオスは言葉を詰まらせてカチコチに固まってしまった。
「おい、ケイオス。どうしたんだ?」
「こいつ、どうしたんだ?」
「さぁ?」
友達がケイオスを突いてみるが、全く反応がない。目の前で手を振ってみても、様子は変わらなかった。すると、それを心配したイリスが話しかける。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、そっ……だ、大丈夫! なんでもない!」
「そうですか、良かったです」
その時、ふわりと優しく微笑んだイリス。すると、それを見ていたケイオスの顔が真っ赤になった。……おやおや、これはもしかしてもしかする?
「おい、ケイオス。おーい!」
「どうしたんだこいつ?」
「だ、大丈夫ですか?」
固まって動かなくなるケイオス。これはこれは、イリスの微笑みにやられましたね。これは間違いない、イリスにケイオスが一目ぼれっていうやつですね。




