201.リムート漁村(1)
「見慣れない子がいるな、と思って声をかけたんだ」
黒髪の少女はそう言って、近づいてきた。ここは怪しい者じゃないって伝えないと。
「初めまして。さっきこの漁村に着いたばかりなんだ」
「ふーん、そうなのか。商人についてきたのか?」
「ううん、私たちだけで来たんだよ」
「えっ、お前たちだけで? こんな子供が?」
黒髪の少女は驚いた。あ、確かにそうかも。子供たちだけでこの村に来たってなると怪しまれるのかな? 黒髪の少女は信じられないようなものを見る目で私たちを見た。
「町からここまでかなりの距離があるって聞いたけど」
「ウチらは町から来たんじゃなくて、隣の村から来たんだぞ」
「隣の村……それも結構離れているじゃないか」
「ノア、どう説明しましょう?」
「うーん」
さて、困った。正直に言った方がいいのか、はぐらかして言った方がいいのか。なんだか怪しまれているから、これ以上怪しまれない方法は……。
「車を浮かせて飛んできたんだぞ」
「あっ、クレハ!」
「ん? どうした?」
クレハが正直に言ってしまった。怪しまれないかドキドキしながら様子を窺うと、不思議そうな顔をしている。
「車? 飛ぶ? 良く分からないな。馬車とかじゃないんだな」
「ま、まぁ……馬車ではない乗り物だね」
「そうです、そうです。決して怪しいものじゃないです」
「へー、そんな乗り物があるんだな。この村の外のことは良く分からないものが多いんだな」
あんまり疑っていない? ホッ、大事にならなくて良かった。
「この漁村はリムートっていうんだ。長閑で良いところさ。ゆっくりしていきな」
そう言って立ち去ろうとする黒髪の少女。私はその少女を呼び止める。
「あのっ、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」
「教えて欲しいこと? 私で分かるかな?」
「宿屋ってこの村にあるって聞いたんだけど」
「宿屋? もちろんあるよ。ここには町の商人が魚を買い付けにくるんだ。その時に泊まるための宿屋はある。良かったら、場所を教えようか?」
「うん、お願い出来るかな?」
良かった宿屋の場所を教えてもらえるみたいだ。私たちは靴を履くと、その少女に誘導されて村の中を歩いていく。
「あ、そうだ。名前、言ってなかったね。私の名前はノア、よろしくね」
「私はイリスっていいます」
「ウチはクレハだぞ!」
「私はトールっていうんだ。よろしくな」
「名前を言い合いっこしたから、これで友達だな!」
クレハがそんなことをいうと、トールはキョトンとしたあと吹き出して笑った。
「あはは、なんだそれ! もう友達ってか? ろくに喋ってないじゃないか」
「そうか? ウチの村の子たちが言ってたんだぞ!」
「随分と気安い奴らみたいだな。まぁ、そういうのは嫌いではないけどね」
トールは女の子だけど、女の子らしくない。どちらかというと男の子っぽいから、なんだかクレハと波長が合いそうな感じだ。もう二人で並んで楽しそうに喋っている。
村で遊んでいた時は男の子が相手が多かったけど、女の子でクレハと波長の合う子はいなかった。だからだろうか、女の子の波長が合う子がいて自然と惹かれている。
「ウチは十一歳だけど、トールは?」
「私も十一歳だよ。今年で十二歳になるけどね」
「おお、それも同じだ!」
ワイワイと二人は盛り上がっている。それを後ろから見ていた私たちは顔を見合わせて笑った。
「同性で似たような子がいて嬉しいんでしょうか」
「うん、そうだと思う」
「会ったばかりなのに、あんなに楽しそうに。色んな子とすぐ仲良くなれるクレハですが、今回は特別みたいです」
クレハのことを孤児院時代から知っているイリスも驚くほどの懐きようみたいだ。そんなにすぐ仲良くなれるなんて、ちょっと妬いちゃうね。
盛り上がる二人を見ながら進んでいくと、一軒の大きな建物に辿り着いた。
「ここが宿屋だよ。多分、中にエリック兄ちゃんがいるはずだよ。おーい、客を連れてきたぞー」
トールが宿屋の扉を開けて大声を上げた。しばらくは何も反応がなかったが、中から足音が聞こえてきた。
「トールじゃないか、珍しい。客って? いつもの商人じゃないのか?」
中から現れたのは、くすんだ薄茶色の髪をした青年だった。その青年がこちらを見ると、不思議そうな顔をした。
「子供しかいないじゃないか」
「その子供がお客さんなんだって」
「えっ、親御さんは?」
「私たちに付き添いの大人はいないよ」
「えぇっ!?」
エリックはギョッとして驚いた。まぁ、子供だけで来ることなんてないよね。
「親がいないって……もしかして奴隷商から逃げてきたとか、親に売られたところを間一髪で逃げてきたとか!」
めちゃくちゃ不安そうな顔をして、辺りをキョロキョロと見渡している。私たちが追われているとでも思っているのだろうか?
「隣村から来たらしいよ」
「隣村の口減らしに追い出されたとか!」
「ウチらはそんなんじゃないぞ」
「はい、追い出されたとかじゃないですよ」
「海を見に遊びに来たんだよ」
「えぇっ、海を見に? わざわざ、隣村から? 子供たちだけで?」
やっぱり、そこが引っかかっちゃうよね。うーん、ここは……。
「実は私……凄い魔法使いなの」
「そ、そうなのか?」
「うん、物凄い魔法使い。その物凄い魔法を使えば、隣村だってすぐに移動ができるんだ」
「そ、それは本当か?」
「見てて、魔法を使って浮いて見せるから」
「おぉ?」
大真面目な顔をして魔法使いを演じると、魔動力で自分の体を浮かせた。
「おぉっ!? 浮いたぞ!」
「本当だ!」
「こんな魔法みたことないでしょ? だから、私は凄い魔法使い。その魔法の力でやってきたんだ」
本当は賢者だけど、魔法使いのほうが伝わりやすそうだから魔法使いにした。二人は宙に浮いた私を驚いた顔をして見上げている。そして、ゆっくりと下りると丸めこむために話を続ける。
「こういう凄い魔法を使えば、隣村から隣村までの移動なんて一瞬だよ。だから、心配しないで」
「いやー、凄いものをみたような気がする。ノアは凄い魔法使いなんだな」
「そうだよね。私もあんな魔法は初めて見た、凄いな!」
良かった、信じてくれた。すると、エリックが改めて話しかけてくる。
「手間をかけさせて悪かった。俺はエリック、宿屋の息子だ。今、親父とおふくろは海の仕事に出ていていないけど、宿屋のことなら俺一人でも大丈夫だから安心してくれ」
「私はノアです」
「イリスと言います」
「ウチはクレハだぞ」
「はははっ、自己紹介ありがとう。じゃあ、宿屋に入ってくれ。トール、ここまで連れて来てくれてありがとな」
「うん、じゃあ私は行くな」
すると、トールは用事が終わったようにこの場を離れようとする。その時、クレハが堪らずに近寄った。
「トール、また会えるか?」
「クレハがこの村にいるんだったら、また会えるよ」
「じゃあ! 今度会ったら、一緒に遊ぼう!」
「もちろん!」
二人の間に確かな友情が生まれているみたいだ。立ち去るトールも見送るクレハもずっと手を振っている。トールの後姿を十分に見送ったクレハはようやくこちらを振り向いた。
「よし、いいぞ!」
満面の笑みでそう言った。私たちはまとまって宿屋の中に入っていく。




