200.海に到着!
車の中でシートを倒して一泊した。その翌朝、作り置きしていたサンドイッチを食べて出発する。
「んー、今日も風が気持ちいいぞー」
「髪がぐちゃぐちゃになるのは嫌ですが、風は気持ちがいいですね」
車の窓を全開にして飛ばすと、車内に気持ちのいい風が入り込んでくる。その風を浴びながら、景色のいい街道を進んでいく。
「二人とも暇じゃない? なにかゲームでもする?」
「ただ座っているだけですけど、景色が楽しめるので大丈夫ですよ」
「そうそう。このだらけた空気もいい感じだぞー」
「こんなにのんびりするのは久しぶりだもんね」
「ノアこそ大変じゃないですか? ずっと車を飛ばしていますから」
「これはこれで楽しいよ。なんか、旅しているみたいでずっとワクワクしている」
「ノアの魔法があったからこんなに楽な旅ができるんだな。冒険者のおっさんが言ってたけど、旅は過酷な時もあるんだってさ」
魔動力のお陰で自分の足で歩かなくても済むから楽だし、荷物はマジックバッグ化したリュックの中にあるから軽い。旅をするのに大変な部分がなくなっているから、私たちの旅は楽ちんだ。
私たちはそのままお喋りをしながら時間を過ごした。ここに音楽でもかければ旅はもっと楽しくなるんだけど、この車にはその機能がない。まぁ、使わないから創造しなかったっていうのもあるんだけどね。
そんな楽しいお喋りをしている時、クレハが急に黙り込んだ。
「どうしたの?」
「なんか、嗅いだことのない匂いがする……クンクン」
「匂いですか? 私は何も感じませんが」
「いや、する。この先から匂いがする」
道の先を見てみると、どうやら下りになっているみたいだ。この下に何があるんだろう? 私たちはドキドキしながら、進んでいった。
すると、地面の向こう側が見えてきた。それは真っ青な水平線、どこまでも続く青がそこにあった。
「海だ!」
思わず私は叫んだ。二人はその言葉を聞き、窓から顔を出して先を見る。
「これが海……すっごーーく、広いんだぞ!」
「真っ青、綺麗、広いです!」
「そっか、クレハが嗅いでいた匂いは海の匂いなんだよ」
「えぇっ、そうなのか!? だって、まだ距離はあるぞ。あんなところから匂いがするのか?」
「うん、するよ。そっか、もう着いたんだ。意外と早かったなー」
丘を下るように車は飛ぶ。その視線の先にはどこまでも続く水平線が見えて、海は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。初めて見る二人は窓から顔を出したまま海を眺めた。
「あ、ちょっと匂いがしてきました。これが海の匂いなんですね……結構好きです」
「じゃあ、近づいたらもっと匂いが強くなるってことか?」
「いや、そんなに強くならないから安心して。あ、私も匂いを感じたよ」
開けた窓から入り込んでくる海の匂い。それは前世で感じたものと一緒で懐かしさがこみ上げる。と、同時に心がワクワクとしてきた。まだ海はあんなに遠いのに、もう到着したような気になってしまう。
「よし、あともう少しだし、車を飛ばすよ!」
「おー、行けいけー!」
「だ、大丈夫ですかー?」
少しだけ車の速度を上げて、海にまっしぐら。賑やかな車内の声を聞きながら、海の香りを感じて進む。
◇
あれからしばらく車を飛ばしていると、街道の終わりが見えてきた。その街道が終わる前に車の速度を緩めて、その場に止まらせる。
「こんなところで止まってどうしたんだ?」
「海までもう少しですよ?」
「この車のまま漁村に入ったら注目を集めて面倒なことになりそうなの。だから、ここで車をしまって残りは徒歩で歩こうと思ってね」
「確かに、こんな飛ぶ車があったらビックリしちゃいますよね」
「なら、外に行こう! ようやく、歩けるのかー!」
クレハが外に飛び出すと、続いてイリスが外に出る。私もリュックを持って外に出ると、思いっきり背伸びをした。海の風がここまで吹いてきて気持ちがいい。
十分に背伸びをした後、リュックの中に車をしまう。異次元なマジックバッグ機能はリュックよりも大きな車を空間を歪めて中へと入れてしまう。うーん、いつみてもこの光景には慣れないな。
「とにかく行こうぜ! 早く早く!」
「まず、海に行きましょう」
「うん、海を見に行こう!」
先に駆け出すクレハを追う私たち。飛び跳ねながら先に進むクレハを見ていると、こっちも飛び跳ねたくなる。はやる気持ちを抑えて、海に向かって歩き出す。
街道を抜けるとそこは長閑な漁村。空にはカモメみたいな鳥が飛んでいて、遠くから海のさざ波が聞こえてくるようだ。村には点々と家が立っていて、所々網が掛かった衝立のようなものがある。
「これが漁村かー。なぁ、あれはなんだ?」
「あれは……ぶいだね。海に浮かべて使うものだよ」
「へー、どんなことに使うんでしょう」
「目印とか網を海の中に設置するためとかかな」
「ふーん、そうなんだ。ノアは物知りだな!」
「ま、まぁね。本で読んだんだよ」
まさか前世の記憶だと言えないから、適当にはぐらかした。そのまま漁村の中を歩いていくと、海が見えてくる。
「海だー!」
海を見るとクレハが駆け出していった。
「ま、待ってください!」
「待てー!」
そのクレハを私たちは駆け出して追う。そのまま走っていくと、砂地に入った。その感触に驚いたクレハが立ち止まる。
「おっ、なんだこれは」
「それは砂浜だよ。海が近いと地面が変わるんだよ」
「これが砂ですか……さらさらしてます」
しゃがんだイリスは砂を手に持って落としている。さらさらと流れ落ちる光景は砂ならではだ。
「そんなことより、海に行こうぜ!」
「はい、行きましょう」
「うん!」
クレハを先頭に海に近づいてみると、目の前にいっぱいに広がる青い海。砂浜には波が押し寄せ、引いて行く。その波打ち際まで辿り着くと、波が丁度押し寄せてきた。
「うおっ!」
「きゃっ!」
「わっ!」
三人で驚いて後ろへと逃げる。危うく濡れるところだった。
「なー、靴脱いで入ってみようぜ」
「入ってみましょう」
「そうだね、裸足になろう」
少し離れたところで靴を脱ぎ捨てると、波打ち際までやってくる。そして、押し寄せる波に足が浸かった。
「うおっ、冷たい!」
「気持ちいいですね」
「砂も気持ちいい」
裸足で触れる波と砂は思ったよりも気持ちがいい。そのまま波を追いかけて奥まで行くと、また押し寄せた波で足首まで浸かった。
「これが海か!」
「とても広くて綺麗……」
「そうだ、海をちょっと舐めてみて」
二人に海の味を教えようとして言ってみた。二人は不思議そうな顔をしながら手で海をすくって舌てペロッと舐めてみる。
「なっ! しょっぱい!」
「えっ、えぇっ!?」
「あはは、海ってしょっぱいんだよ。驚いた?」
「こんな水がいっぱいあるってことなのか!」
「海に味ってあるんですね、びっくりしました」
顔を顰めた二人が面白くてつい笑ってしまった。
「驚かしたお返しだ、それ!」
すると、クレハが海に手を突っ込み海水をかけてきた。
「わっ、濡れる!」
「ちょっと、クレハ! 止めてください!」
「それそれそれ!」
私たちはクレハから離れようとするが、クレハは私たちを追いかけてさらに海水を浴びせてくる。波打ち際で波をかき分けてそんな風にじゃれ合っている時、声がした。
「お前たち、どこからきた?」
その声にハッと我に戻って、声がした方向を見た。そこには銛と網袋を持った、小麦色の肌をした黒髪の少女が立っていた。第一村人発見だ。




