194.海に行くための準備(1)
馬車で六日かかる漁村まで行く手段を手に入れた私たち、海に行けるとあって三人で喜んだ。宿屋の食堂で話し合いながら、今後の予定を決めていく。
「じゃあ、いつ行く? 明日には行くか?」
「流石に明日は早すぎると思います」
「そうだね、準備も必要だしね。仕事の方もどれくらい空けても大丈夫か聞いてこないと」
「あー、そっか。ノアは納品するものがあるもんな。ウチらも魔物討伐を抜けるのは心配だなぁ」
「まぁ、抜ける前に沢山討伐しておけばいいんじゃないでしょうか」
「うんうん、ちょっとまだやることが残っているね」
私は小麦を納品しないといけないし、二人も魔物討伐を抜けることになったら間引きが心配になる。私も二人も一線で活躍しているから、いきなりいなくなると周りに迷惑をかけてしまうかもしれない。
「ウチらはしばらく魔物討伐に専念するよ。おっさんたちだけに魔物討伐は任せられないからな!」
「おっ、いうようになったなー。どっちが多く討伐できるか勝負をするかー?」
「はっはっはっ、まだ子供のお前らに負けないぞ」
「日々村を守っている俺たちに勝てると思うなよ」
大口をたたいたクレハだったけど、それを聞いた冒険者たちは上機嫌に勝負を持ち出してきた。
「よし、やろう! イリス、今日から倍の魔物を倒していくぞ」
「勝手にそんな約束をしないでください。それに倍って……無理ですよ」
「いや、ウチはまだ本気を出していないだけだ。二人で本気を出すなら、きっとできる!」
「どこからその自信がくるんですか!」
やる気満々のクレハに対して、イリスは冷静だった。いきなり二倍の魔物を討伐するなんて無茶が過ぎると思うけれど、クレハはやる気に満ちている。止めることはできなさそうだ。
「しばらく大変なことになりそうだね」
「クレハが張り切るとすっごく疲れるんですよね。ほどほどがいいと思うんですが」
「よっしゃ、勝負だー!」
冒険者たちと一緒になってクレハは盛り上がっている。イリスは愚痴を言いながら朝食を食べ、私はその愚痴を聞いていた。
◇
こうして、私たちは準備ができるまでの間自分たちの仕事に専念することになった。二人は魔物討伐、私は小麦納品だ。
「えっ、海に行くって……あの話は冗談じゃなかったのか?」
「うん、冗談じゃなくなったよ。私の魔法を使っていけることになったんだ」
「はー、そうなのか。ノアは本当に魔法で色んな事をするんだな」
小麦を納品する時にコルクさんに海に行く話をした。驚いて聞いていたけれど、反対の雰囲気はない。
「それでさ、しばらくこの村を離れることになるんだけど、小麦の納品ができなくなっちゃうんだよね」
「まぁ、そうだな。小麦が年中生産されるってことを聞きつけた商人が買い漁っていくから、売れ筋ではあるな」
「しばらく、その小麦を大量生産しようと思うんだよね。それで、いなくなる期間を凌いでくれないかなって思っているんだけど」
「事前に大量生産してくれるのか? それは助かる。いくらでも買い取ってやるから、できるだけ生産してくれ」
海に行く前に小麦を大量生産しておけば、コルクさんは困らない。そう思ったが、当たりだったみたいだ。
「じゃあ、これから小麦の増産をするね。コルクさんの倉庫が小麦でいっぱいになるまで作っちゃうから」
「そんなに作ると、秋まで売れ残るかもしれないから困るな。ほどほどでいいぞ、今までの蓄えもあるしな」
「そう? なら、ほどほどに増産するね」
「おう。海へ行く準備も忘れるなよ。子供だけで行かせるのはちょっと心配だが、三人とも強いから平気か?」
「二人は強いけど、私はあんまり戦った経験がないから弱いよー」
小麦はほどほどに増産するとして、同時に海への準備も進めよう。そのために私はエルモさんのお店に急いだ。
◇
「へー、海ですか。遠いところまで行くんですね」
「うん、そうなの。今から楽しみなんだ」
「初めての遠征ですものね。気を付けていって、無事に帰ってきてくださいね。それで、私のお店に用があると聞いたんですけれど」
「そうそう、エルモさんのお店に魔力を回復させるポーションがあるって聞いてきたんだ」
エルモさんのお店に行くと、私は欲しかった魔力を回復させるポーションの話題を出した。
「魔力が沢山あるノアちゃんだったら必要ないって思うんですけれど……」
「それがさ、新しく覚えた魔法がかなり魔力を使うらしくて、魔力のやりくりが大変なんだよね。魔力切れで倒れたこともあるし、どうにかしないと」
「ノアちゃんが魔力切れを起こすなんて珍しいですね。そういうことなら、ポーションは必要かもしれません。ですが……」
歯切れの悪い言い方にちょっとした不安が過った。
「魔力回復ポーションは高いんです。一本につき小金貨三枚します」
小金貨は一枚一万エル、ということはポーション一本三万円はするみたいだ。
「だから、ノアちゃんが日常使いをするとお金が足りなくなって大変なことになります」
なるほど、エルモさんが心配するわけだ。そんなに高いものなら頻繁に使えないし、日常的に使うのは現実的じゃない。以前の私なら買うのを躊躇いそうだけど、今の私はお金がある。
「大丈夫だよ、今の私は大金持ちだから!」
「えぇ、そうなんですか!?」
「うん、冬の手仕事のお金が入ってきたんだけど、かなりの大金が入っていたの」
「へ、へー……そんなことをしていたんですね。じゃあ、もう何もいいません。ちなみに何本買いますか?」
大金持ちだと聞いたエルモさんはとても驚いた顔をした。まさか、そう出てくるとは思わなかったのだろう。すぐに落ち着きを取り戻すと、本題にやってきた。
そう、何本買うかだ。小麦の増産をするから、日々の魔力の消費は多くなるだろう。そうなってしまったら、必要なものを揃えるために創造魔法が使えなくなってしまう。
なるほど、必要なものを揃えるために創造魔法を使う、創造魔法を使うためにはポーションを飲む。そして、そのポーションは小金貨三枚もすると……創造魔法を使うのにお金がかかるということになるね。
それに、移動には魔動力を使うことになる。一日中使ったら魔力が持つか分からないし、ポーションを飲みながら移動する事態にもなりかねない。ここでもポーションが必要だ。
「とりあえず、ニ十本頂戴」
「に、ニ十本もですか!? そんな大金ありますか?」
「もちろん、あるよ。えーっと……ほら」
「うわっ、金貨がいっぱいじゃないですか。これが冬の手仕事の成果ですか……羨ましい」
「エルモさんも冬の手仕事できるよ」
「えっ、そうなんですか!? こんなにお金になるんだったら、冬の手仕事をやりたいです」
エルモさんは精製の魔法が使えるから、白い砂糖を作れる。まぁ、ある意味錬金術の魔法で作っているようなものだから、白い砂糖は錬金物になるかもね。
「冬はどうしても冒険者さんたちが外での活動を控えることが多くて、アイテムが売れなくて仕事が少ないんですよね。その合間に冬の手仕事ができれば、収入の足しになりそうです」
「お姉さんも大変なんだね。男爵様主導でやっている冬の手仕事だから、安心してできるよ」
「へー、そうなんですね。私も仲間に入れて欲しいと伝えてくれませんか?」
「もちろん、きっと喜ぶよ」
これで白い砂糖が増産できる。そうなれば私たちは豊かになるし、村だって税収が増えて豊かになる。いいこと尽くめだ。
「そうそう、ポーションの在庫が五本しかないので、残りの十五本は後日でいいですか?」
「もちろん、いいよ。じゃあ、先払いしておくね」
「はい、ありがとうございます。これで魔力切れの心配はなくなりましたね」
「うん、今度は倒れないように気を付けるよ」
よし、ポーションゲットだ! これで魔力切れを心配することはなくなった。必要なものを好きなだけ出せるようになったから、海へ行く準備も捗るよね。




