192.長距離を移動する手段
「んー、どうやって長距離を移動するかだよね」
家に帰ってきた私は朝のルーティーンでもある、家畜小屋の掃除をしていた。考えるのは食堂で話し合っていた、海を見に行く手段だ。
馬車で七日の距離はとても長い。その距離をずっと歩いていくのは、体力の少ない自分には無理なのかもしれない。二人並みの体力があればいけるのだが、急には体力は付かない。だから、何かの手段を考えないと行けなかった。
「移動、移動……移動の魔法覚えないかなー?」
もう一段階賢者がレベルアップして魔法を覚えないかな? と、思ったけどそんな兆しはないし望み薄だ。それに、これ以上称号が変化するとも考えられない。いや、称号の名前がちょっと変わったりとかならないかな?
そしたら、新しい魔法を覚えてそれが移動の魔法で……ってそんな上手くいくわけないか。じゃあ、新しい魔法を覚えるのは無理だとして、新しい魔法を作るっていうところはどうだろう?
なんか、自分で魔法を作るって面白そう。やってみたら、できないかな? 新しい魔法のことを頭で考えていると、牛舎の掃除が終わった。それが終わると今度はモモに餌を与えて、食べている間に乳しぼりだ。
すると、鳥小屋の掃除を終えた分身が戻ってきた。
「鳥小屋、放牧まで終わったよー」
「ありがとう。なら、小麦収穫の準備をしておいて」
「うん、分かった」
「あ、ねぇねぇ。長距離移動をする手段を考えていたんだけどさ、新しい魔法を考えるっていうのはどうかな?」
「新しい魔法?」
もう一人の私がいるお陰で相談できる。自分に相談に乗ってもらう、のはちょっとおかしいけれど他に誰もいないから自分に相談するしかない。
分身は新しい魔法と聞き、難しい顔をして腕を組みをしながら考える。
「でも、新しい魔法の作り方って知らないよ。できそうなの?」
「できるかどうかは分からないけど、試してみる価値はあるんじゃない?」
「試してみる価値ねー。でも、そう簡単にできるとは思えないよ。他の堅実な考え方をしようよ」
「えー、ダメかー。いいと思ったんだけどなぁー」
「馬車を用意できればいいんだけどね」
「馬車……でも、馬を借りれるところなんてないしなぁ」
二人で唸りながら考えるも、いい案は思い浮かばない。
「時空間魔法で自分の素早さを上げていくのは?」
「でも、それだけ結局体力が物を言うからすぐにへばっちゃうよ」
「馬車を創造魔法で作って、モモに引っ張ってもらう」
「モモの足はそんなに早くないから、何日かかるか分からないよ?」
いい案が思い浮かばない。でも、可能性が残っている魔法がある。
「一番考えられるのは、魔動力で自分を浮かせて移動することだよね」
「まぁ、それが今考えられる一番かなぁ?」
魔動力を使って自分を宙に浮かせて移動する手段だ。これだけ体力も必要がなく、魔力をあるだけ使えばいいだけの話だ。
「でも、魔動力で浮いたまま移動するのってなんかおかしくない?」
「漫画やゲームだと浮いて移動するキャラもいるから、大丈夫だよ」
「いやいや、あれはふさわしいキャラがやるから映えるわけで、子供の私がやったらちょっとおかしくない?」
「まぁ、子供が宙に浮いて移動か……ふっ、面白いね。強キャラみたい」
「そんなキャラじゃないのに……。ずーっと一定の速度で移動してたら、なんか変じゃない?」
魔動力で体を浮かせて移動する光景を想像して、なんか嫌な気持ちになった。浮いて移動する漫画やゲームキャラはいるけれど、それを子供がやるのはなんだかおかしいような気がしてならない。
「考えすぎだよ、浮いて移動すればいいと思うよ」
「そうかなぁ。でも、一人だけ浮いて移動するのも二人に悪いかなぁって思うんだよね」
「まぁ、確かにそうなのかも。でも、体力ないんだし仕方ないんじゃない?」
「そうなんだよねぇ。二人に比べて体力がないのが……」
やっぱり、魔動力で移動をするほうがいいのか。そう思いながら、モモの乳しぼりを続けていく。
◇
「夏の畑仕事は暑くて大変だー」
「本体は可哀そうだね。私たちは分身だから、そんな感覚ないし」
「いやー、分身で良かったわー」
「……今だけ分身と入れ替わりたい気分」
夏の日差しが差し込む中、小麦の収穫を行った。沢山生やした小麦を収穫して、脱穀し、ふるいにかけて袋に詰める。本体の私は夏の熱さにやられているのに、分身はまったくの平常心……羨ましい。
分身たちだけに仕事を割り振るだけでもいいのだが、手持無沙汰になるのが嫌で自分も働いている。というか、動くのが日常化してしまっていて、動いている方が調子がいい。
だけど、今はちょっと休憩。分身たちが働いているのを見ながら、出した氷を口に含む。刈り取りは終わって、あとは脱穀とふるいと袋詰めだけとなった。
分身たちが働くのを眺めていると、使わなくなった荷車が目に入ってきた。コルクさんは何かあった時のために残して貰ってはいたが、最近では本当に使わなくなってしまった。これはやっぱり返したほうがいいかな、と考える。
荷車をどうしようかと考えていると、ある考えが浮かんだ。荷車は沢山荷を詰めて運べる便利なものだ。その荷が人だったら、それは馬車になる。だけど、馬車を動かすにはかなりの力が必要だ。
その力……魔動力を生かせないか? その考えに辿り着いた時、ビビビッと脳に衝撃が入った。これだ!
「ねぇ、みんなで荷車に乗って!」
「えっ、いきなりどうしたの?」
「いいから、早く」
「わ、分かったよ」
驚く分身たちを追い立てるように声をかけ、分身たちは不思議そうな顔をして荷車に乗った。
「乗ったよー」
「それで、何をするの?」
「今、魔動力で動かすから、しっかり掴まっててね」
「う、うん」
分身たちが荷車の縁に手をかけるのを確認すると、私は魔動力を発動させる。発動させるべきは荷車だ。荷車を宙に浮かせると、今度はゆっくりと移動を始める。そして、それは徐々に速くなっていく。
「うわっ、速い!」
「移動がスムーズだね」
「ねぇ、これで何をしているの?」
「これでね、海までみんなを乗せて移動できないかなって思ったんだ」
ある程度動きを確認すると、荷車を地面の上に置く。そう、私は乗り物を使っての移動を考えついたんだ。乗り物に乗って移動すれば、三人一緒だし全然疲れない。
「それ、いいね!」
「そっかー、こういうやり方があったのかー」
「体力少ないから海に行くのが無理だと思っていたけど、この方法なら行けそう!」
話を聞いた分身たちもこのやり方なら行ける、と思ってくれたらしい。みんな上機嫌になってとても賑やかだ。
「じゃあ、乗り物を考えなくっちゃね。どんなものがいいと思う?」
「三人が乗れるものでしょー? 何があるだろうなぁ」
「馬車……でも、あんまり形分からないし」
「んー、何かあったかなー」
分身たちが悩まし気に唸り声を上げる。みんなで考えると、一人の分身が手を打った。
「そうだ、車! みんなで移動をするなら、車を作っちゃおうよ」
「車、車かぁ……うん、いいんじゃない!」
「それだとみんなゆったり乗れるしね、今回の移動に適してると思うよ」
車、いいね! 三人でゆったりと座りながら移動をすることができるから、長距離移動に適している。
「よし、決めた! 車を作るよ」
「じゃあ、空飛ぶ車になるね。タイヤはいらないよね」
「夢のある車だなぁ。振動も気にしなくても良さそうだね」
「創造魔法で一発で車を作るのもいいけど、それだけの物と作るとなると魔力が足りるか心配だなぁ。やっぱり、材料集めてそれから創造魔法を使った方が上手くいきそうだね」
私一人ではアイデアは中々出ないけれど、分身と相談しながらだったら色んなアイデアが湧いてくる。作物所へ行くことを忘れ、私たちは話に夢中になった。




