17.小麦の納品
「男爵様、荷車を引いてくださってありがとうございます」
「何、力仕事なら任せろ。それに俺がいるのに子供に引かせるのも酷な話だからな」
石の家があった場所から村の中心地にある作物所まで、男爵様が荷車を引いていく。辺りはすっかり夕暮れに染まり、景色が赤く色づいていた。
「こんなに早く小麦ができたから、コルクさん驚くんじゃないんでしょうか」
「きっと、飛び上がって驚くぞ!」
「私たちだって驚いたもんね」
「そうだな、まさかこれほど早く出来るとは思ってもみないだろうな」
「でも、これでパンが食べられますね」
「いやいや、これから小麦を粉にしないといけないから、すぐには食べられないと思うよ」
「そうだ、粉にするんだった! すっかり忘れてたー」
「ははっ、そうだぞ。小麦を小麦粉に変えなくてはパンは出来ない」
小麦の実のままではパンはできない。これから粉ひきをしないといけないから、明日中に食べるのは困難だと思う。まぁ、今日中に粉ひきが終わるのであれば可能だけれど。
喋りながら進んでいくと、作物所が見えてきた。荷車を建物の近くに置き、中へと入っていく。店頭には誰もいなかった。
「コルク、いるか?」
男爵様が声を上げると、店の奥から物音が聞こえてきた。しばらく待っていると、店の奥からコルクさんが現れた。
「男爵様、どうしたんですか?」
「こいつらの仕事を手伝ってきた。小麦を持ってきたぞ」
「へっ? こ、小麦ができた? そ、そんな話が……」
小麦ができたことをコルクさんにいうと、信じられないっていう顔をして頭を左右に振る。
「本当だぞ、今日一日で作ったんだ!」
「こっちに来てください!」
「あはは、そんなバカな話があるわけないだろう。どれどれ、ちょっと見てやろうか」
完全に冗談だと思っているコルクさん。そのコルクさんの腕をクレハが引っ張って、背中をイリスが押していく。そのまま店の外へと連れ出して、荷車の前にコルクさんを移動させた。
そこで出来立ての小麦が入った袋を渡す。すると、ギョッとした表情で袋を凝視した。
「この感触……まさかっ!」
コルクさんは震える手で袋を開け、中に入っていた小麦を手ですくった。
「小麦だ」
わなわなと震えあがるコルクさん。私たちは笑顔で伝える。
「ほら、言ったでしょ。小麦ができたって」
「本当に本当だぞ!」
「みんなで協力しました」
本当に小麦ができたんだってば。そう伝えると、コルクさんは信じられないような表情をした。
「これは本当に本当なのか?」
「本当だよ」
「夢じゃないんだよな?」
「夢じゃない」
何度も確認するコルクさん。すると、パアッと表情が明るくなった。
「やったな、お前ら! 小麦が、小麦ができたんだ! 本当によくやった、偉いぞ!」
全力で褒められて、それぞれの頭をガシガシと撫でられた。ふふふ、喜んでもらえて良かったよ。
「全部で……十袋か! でかした、本当にでかしたぞ!」
「ノアはすごいんだぞ、植物魔法を使って一瞬で小麦を育てたんだからな!」
「あの光景は凄かったです。本当に魔法でした」
「そうだな、あの光景は一度見ておくといい。凄い光景だったぞ」
使う前までは半信半疑だったけど、一瞬で小麦ができたんだから凄い魔法だよ。
「よし、まずは精算をする。小麦の袋を店の中に入れてくれ」
コルクさんが店の中へと入り、何か物を出しているみたいだ。その間に私たちは小麦を店の中に入れて、カウンターに置く。
「それじゃあ、小麦の重さを測らせてもらう」
カウンターに図りを置くと、一つずつ小麦の入った袋を測っていく。
「どれくらいあるんでしょう」
「沢山あるから、沢山だぞ」
「もう、クレハったら」
楽しみに待っていると、全ての小麦を測り終えた。
「全部で五十キログラムはあるな」
「ほう、そんなにとれたのか」
「それって凄いのか?」
「クレハよりも小麦のほうが重いってことですよ」
「それは凄いな!」
「結構密集して育ったし、そのお陰かもね」
「植物魔法、凄いな!」
うん、植物魔法は凄い。お陰で村の救済への道ができちゃった。この調子でどんどん作物を作って、村が元気になってくれるといいな。
「それじゃあ、清算するな。そういえば、納税の話は聞いているか?」
「納税? ううん、聞いてない」
「土地は男爵様のものってなっていて、農家は男爵様の土地を借りているっていうことになっている。つまりだ、男爵様の土地で作物を育てているということになる。土地を借りたお前たちには借地料がかかる。それは納品した作物の三割が取られることになっている」
「ということは、五十キログラムの三割だから……十五キログラムを領主様に納めないといけないんだね」
「そういうことだ。というわけで、ノアの取り分は三十五キログラム分となっている」
なーんだ、そういうことか。気前よく広い土地をくれたのには、そういうからくりがあったからこそなんだね。まぁ、そんなに美味い話があるわけないか。
男爵様を見ると、困ったような顔をして笑った。
「折角の収穫を横取りしてしまう形になってすまないな。こうして税を取っているから、この村が成り立っていると思ってくれ。本当なら子供たちの有利になるようにしてやりたいが、こちらも存続がかかっているのでな」
そこまで言われたら仕方がないよね。ただで村に住まわせてもらっているんだから、それくらいはやらないといけないと思う。
でも、一人前の村人だと言われたみたいでそこは嬉しかったりする。まだまだ子供だけど、しっかり働いている納税者なんだよね。
と、そこにコルクさんがお金を持って現れた。
「そして、これが三十五キログラム分の代金だ」
手渡しでお金を受け取り、背負い袋に入っている硬貨袋の中に入れた。まぁ、納税のおかげでこの領が潤えば、その恩恵をいつかは受けられるかな。
「小麦作りをしてくれてありがとう。これで小麦粉が村に行き渡るはずだ」
「俺からもお礼を言わせてほしい。お前たちのお陰で小麦が出来た。まだまだ小麦は必要だと思う、酷な作業を科してしまうことになるが、どうか力を貸して欲しい」
コルクさんと男爵様が私たちにお礼を言った。それがなんだかこそばゆくて、照れてしまう。
「どれだけのことが出来るか分かりませんが、精一杯頑張ります」
「大変だと思うがよろしく頼む。お前たちには重荷になるだろうが、今はこれしか方法がない」
とにかく今は村の食糧事情をなんとかしないといけない。明日からまたどんどん作っていくぞ。
◇
作物所の帰り、私たちは夕食を食べに宿屋に来ていた。
「うぅ、お腹が減ったんだぞ」
「そういえば、昼食食べてなかったですね。私もお腹が減りました」
「私も。ずっと動いてたから疲れたし、お腹いっぱい食べたいよね」
「肉、肉がいっぱい食べたいぞー!」
宿屋の中に入り、食堂に行くと、すでに数人の冒険者が夕食をとっていた。そこにミレお姉さんがやってくる。
「あら、いらっしゃい。夕食を食べに来たのね」
「ウチは二人前を頼むぞ」
「クレハちゃんはお腹が空いているのね、分かったわ二人前ね。他の二人はどうする?」
「私は一人前でいいです」
「私も同じく」
「分かったわ、ちょっと待っててね」
夕食をミレお姉さんに頼むと私たちは席で待った。しばらくして、ミレお姉さんが水の入ったコップを持って現れる。
「はい、お水よ」
「ありがとう」
「今日は畑づくりをしたのかしら? 順調に耕すことができた?」
「畑ならもう耕したぞ!」
「えっ、そうなの? ずいぶんと早かったのね。あ、もしかして小さな畑にしたとか?」
「いいえ、この食堂くらいに広い畑です」
「そんなに耕したの、随分と早いわね。もしかして、元農家の子だったりする?」
元農家の子だけど、農業に関わる前に売られちゃったからなー。ここは肯定も否定もしないでおこう。
「明日には種を植えられるところまで来たのかしら?」
「種も植え終えて、収穫まで終わったぞ」
「えっ」
「先ほど、作物所に小麦を納品してきました」
「えぇー!!」
ミレお姉さんは凄く驚いた。
「植物魔法で一発だよ」
「植物魔法ってそんなに凄いの!?」
信じられない、と言った顔をして身を乗り出してきた。
「「「それは本当か!?」」」
突然、周りにいた冒険者たちがイスから立ち上がり、こちらを囲んできた。
「明日にはパンが食べられる、ということだろうか!?」
「いや、どうだろう。渡したのは小麦の実だから、これから製粉の行程もあるだろうし。明日は無理なんじゃないかな」
「製粉、製粉が終わればパンが食えるのか!?」
「えぇ、まぁ……多分」
「よし、作物所にいって製粉作業を手伝ってくるぞ。お前たち、来い!」
すると、食堂にいた冒険者たちは残った夕食をかきこむと、勢いよく食堂から出ていった。体力自慢な冒険者が製粉作業か……この勢いだと明日にはパンが食べれそうだ。




