2 カザンにワイバーンが倒せるはずがない
「【ファイヤーボール】」
火の玉が20メートル先程に着弾し、
土が燃え、焦げ跡が残る。
パチパチ。
「ありがとう、
このように魔力に属性変化を加え、
形にしたものを一般的に魔術と言います。」
属性は基本の火、水、風、土、光、闇と、
エクストラと呼ばれる実態が不明確なものが存在する。
そして、規模や難易度によって等級分けされていて、
さっきの【ファイヤーボール】は下級と言う2番目に下のランクらしい。
「その他にも身体強化の魔術もあるんだけど…たぶん、
カザンはもう無意識に使っていると思うわ。」
「へ?どうして?」
「だって、5歳でその身体能力って言うのは…ねぇ。」
「誤解させて申し訳ないのですが、
僕が使っているのは闘気だと思います。」
「はい?」
母に説明する。
勇者の物語で魔力以外の力が使われていたことを。
それは魔術師や聖職者以外の普通の戦士が使っていたことを。
「…つまりそれを現代に復活させたと…?」
「えっと…まあ、そういうことになるかと…。」
「…。」
「あ、でも闘気を見つけた時になんか他によくわからないのも見つけたので、たぶんそれが魔力なんだと思います。
母様、ほら、なんかドバーッて出てきました。」
「えっと、そうね…。」
「どうすれば…って、なるほど出口を絞れば…できました。
これを闘気を使う時みたいに体に纏わせて…うん、こんな感じかな。」
新しいことを教えてもらって大満足な僕を見る母の目は、
どこか寂しげだった。
「…私もすぐに抜かれちゃうんだ。」
この拗ねたつぶやきは虚空へと消える。
いくつかの魔術を教えてもらい、
昼食をとっていると、
不意に東の空が曇り始めた。
雨が近いのかと思い、早く帰ろうと呼びかけようとすると、
母の目には魔力が宿っていた。
【遠視】だ。
「あれは…ワイバーンの群れっ!?」
母の口から漏れた言葉に目を見開く。
「カザンを逃さなくては…しかし…。」
使用人を連れてこなかったのが痛手だった。
「いっそのことこのまま一人で…いや…。」
母が僕を逃がそうか迷っているうちに、
一頭のワイバーンがこちらに体当たりしてきた。
はっ!
とっさに防御魔術で防ぐ。
しかし、他の方向からも攻撃を受けてしまう。
他にも数頭いる。
そちらは母が防御魔術で防いだ。
大きな黒い塊はまだ遠くにある。
どうやら先遣部隊のようだ。
「くっ…ここで食い止めるしかないわね。」
援軍が来るまで耐え忍ぶ。
それからどれくらい経っただろう?
僕と母は交代で魔術を展開し合う。
二人ともかなりの魔力を消費し、
母はもう息絶え絶えだ。
「このままではジリ貧…どうにかしてカザンだけでも…。」
母はどうにかして僕を逃がそうとしてくれるみたいだが、
母が死んでしまうと考えると、
寒気がし、涙が出そうになる。
僕にもなにかできないだろうか、
そうすれば、少なくとも一緒に…っ!?
腰にかけた木刀が目に入る。
「母様、僕に賭けてくれませんか?」
そう言って、木刀を掲げる。
母は一瞬何のことかと逡巡したが、
行きの時を思い出したのか、
喜色浮かべ、頷いた。
そのことに僕は自信のない笑みを浮かべてしまう。
なにせまだ一度も成功していないのだから、
失敗したらと思うと、喜んでくれた母に申し訳がたたない。
「あなたならできるわ、私のカザン。」
母は優しい笑みを浮かべていた。
あなたなら絶対にできるから。
その言葉に頷くと、僕は自分を無にする。
体に自然とまとっていた魔力、闘気を限界まで封じ込め、
一瞬に賭ける。
母が風の魔術で周りにいたワイバーンを本隊に弾き飛ばした時、僕はそれを起こした。
闘気、魔力を一気に巡らせ、
爆発的な力を生む。
そして、そこから比率、配分を推定し、
高負荷で体が爆散しないように、体に極少量、
残りの闘気を使い慣れた木刀に注ぎ込む。
木刀が軋み、破片がパラパラと地面に落ちていく。
恐らく一撃しか持たないな。
瞬間、母に教わった魔力の開放を加え、天に向けて放った。
【最期の一撃】
さよなら初めての木刀、
僕は君と過ごした日々を割る背はしない。
天に向かって放たれた高密度のエネルギーは、
ワイバーンたちを消滅させ、
地面にいくつもの魔石を落下させた。
魔石の雨は綺麗かと思ったが、
そんなことはなかった。
それはどう見ても隕石の落下だった。
これもまた、すべて無能の行いである。
母は僕の一撃を見て、こう言った。
「【最期の一撃】はこの領内で禁止ね。」