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終わりの始まり——②

 あれから少し時間が流れて、夕方頃。古い呼び名である大禍時と言うのに相応しいくらいに空は怪しく色ずいていた。


「おい!次の打ち合わせどうなってる!」


 例の如くスケジュールツールは全く機能していないので、メールを複窓にして予定を睨め付けるように確認するヨル。

元々は整理されていたメールボックスだが、一週間も放置すればすぐに荒れ放題な庭と化していた。


「次は確か【丸しき】さんとの打ち合わせのはずっス」


「時間もセットで教えろや!」


「それが分からないんスよ!いつもの時間としか書かれてなくて!」


数枚のディスプレイと紙媒体を睨み合わせる様に視線を動かすaceはいつもと同じ口調でありつつもその声音には底が見え隠れしていた。


「なんでだよ!いくら古株でも時間くらいしっかり明記させとけよ!」


「知らないっスよ!この話持ってたの伊織なんスから!」


「...っ!その名前を口にするな!」


「んな無茶な!」


頭に昇っている血が思考の邪魔をしているが、何とか【丸しき】との打ち合わせを思い返す。


「確か...18時頃だった気がするな....よし」


時計を見ると時刻は17時30分を過ぎた頃。後30分もあると踏んで固まっていた緊張を解して一旦の余裕を生み出した。


 しかしヨルは忘れていたのだ。最後に直接打ち合わせをしたのが2年以上前の事だということを。



「それにしても遅いなぁ」


「どないされたんです?」


お茶を片手に頬杖をつき、ディスプレイを眺める。かれこれ30分ほど前から続く光景に流石に部下も口を挟んだ。


「それがな?今日伊織くんとお話できる日やったんよ」


関西風の独特なしゃべり口調で話す女性はその細い眉をハの字に曲げていた。


「いつもの時間から結構経ってるのにまだこぉへんねん」


「ちゃんと時間伝えたんです?」


「ちゃんと口頭で16時に~って言ってくれたわ」


壁に掛かっている時計を見るともうすぐで17時。今まで必ず連絡があったので余計に不安感を募らせるのだ。


「伊織君ですし大丈夫では?」


「そやけどなんかなぁ~」


「どうしたんです?」


頬に置いていた杖を顎まで持っていき、口を少し尖らせる。


「なんか、嫌な予感するんよなぁ」



そんな会話から1時間たった頃。ディスプレイには期待していたのは違うアイコンが表示された。


「あや、珍しい人が来はったわ」


『俺の方から連絡するのは久しぶりですね』


ヨルのアイコンの端から穏やかに動いているオーディオスペクトラムからはつい先ほどまで怒鳴っていた姿は見る影もない。


「マネージャーに任せっきりとは、なかなかにデカくなりましたなぁ」


『いやぁ顔を出せなくて申し訳ないです。角田さん』


ヨルの発する言葉の節を観察するように目を細める角田。それもそのはずで、他と比べて以前から腰が低かったのだが、数年ぶりに聞く声は彼の性格を鑑みると驚くほど低かったからだ。

勿論、他よりも腰が低いのにも理由がある。それは、当時弱小だった【祝い酒】を唯一のスポンサーとして支えてきたのだ。世界大会でアジア一位を取ってからも距離こそ離れたが未だに関係が継続している。


「別にええけど、伊織くんはどないしたん?今日の話は前回の続きやのに」


『伊織?ああ、アイツなら自分で出ていきましたよ。こっちとしては五月蠅いのがいなくなって清々してますよ。あ、別にアイツが抜けたところで何も変わらないのでご心配なく』


その言葉を聞いた瞬間、角田の体は小さく撥ねて硬直した。商売柄感情を表に出さない彼女が驚きで杖を外したのだ。


「……狐につままれるとはこのことやな」


『何か言いました?』


「なんでもあらへん。んなことよりも、自分らの言い分はそれだけやな?」


『い、言い分と言われましても....事前連絡なしだったことは誤りますが、別に連絡役が伊織から変わるってだけですので....』


「ほんなら、今この場を持って自分らとのスポンサー契約を切らせてもらうわ!」


勢いよく立ち上がった角田は同じ空間にいる人間に知らしめるような声量でそう宣言した。


『はぁ!?いきなり何言ってるんですか!』


「ええか?耳の穴かっぽじってよーく聞いとけ、自分らのスポンサーになったのは伊織がおったからや!」


『そ、それってどういう事ですか!?』


徐々にヨルの化けの皮が剝がれつつあるが、そんなことを気にも留めず角田は続けた。


「仕事において能力があるっていうのは確かに大事なことや。けどな!その前に人間気に入らんかったら普通にやりたくないわ!」


『チッ!こっちが下手にでてりゃいい気になりやがって!』


「ほぉん、それがあんたの本性か。最後にええもん見れた気ぃするわ。ま、伊織くんがおらん【祝い酒】に用はないし、この辺でお暇させてもらいます。さいなら」


『まちやが!』


 少々乱暴に受話器を置き、1回肩で呼吸する。その様子を見てかオフィス全体が静かになっている。


「角田さん、少し良いですか?」


微妙な空気の静けさを破りに一歩前に出たのは先ほどから角田の近くに立っていた男だった。


「なんや」


「【丸しき】の狐と言われた貴女が狐につままれるなんて、珍しいことがあるんですね」


「うるさいわ!」


 先ほどの荒げた声ではない華麗なツッコミでオフィス全体が笑い始める。その様子を見た角田も口角を上げた。

それもすぐに止んで、各々新しく仕事に手を付け始める。


「ほな、新しい広告塔探さなかんなぁ」


「次はおっさんやなくてかわいい女の子にしましょうや」


「どっちにしてもサビた中古はごめんや!」


軽口を叩きながら余分に増えた仕事をこなす部下たちを見てさらに口角を上げた角田は自身も仕事に取り掛かる。


(伊織くん……無事やとええんやけど)

読んでいただきありがとうございます!



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