8.
捕虜の処遇と軍備の略奪。そして遺体の解体が済むと、さっそく昼食の談笑である。
……我は猪で十分である。
敵将の焼首は、ゴッズフィストと目立った活躍のあった者への褒美とする。
我が軍門に下る捕虜となった者共の処遇は、元がどんな身分であろうが底辺スタートとなる。だが、喧嘩だプロレスだとどうせすぐに始まって、徐々に序列はあるべき姿になってゆくのだろう。それは猿山の様で、実に単純明快である。
それがオーク社会のようだ。初戦で下した敵も、今では立派に出世して、我が配下となっている。そして最後に逃げ出した敵将は、檻の戸をガシャガシャさせ、仲間に入りたそうに此方を伺っている。我等の底辺は、その戸を蹴っては脅して、ケタケタと見下して笑う。
「…………」
我は猪の霜降りを少しだけ食う。どうにか見繕った箸もどきでそれを突っつく。前世でもこの希少部位は御馳走だろう。しかし思えば、我はまだ三歳。三歳の胃に、これはちともたれるのである……。
ここでの死はありふれていて日常である。我の元居た場所も、我の前世もよくよく考えれば、死はありふれてはいたはずである。しかし何処かそれは、なんとはなしに遠く感じ、身近ではなかった。当事者となって初めて痛感するそれであるが……ここでは妙に日常である。死を喰らい生を得る。文明的には嫌悪しても、頭を捻れば自然の摂理に則っている。やれやれ。
とまれ、少し邪魔が入ったが、我等は拠って立つ地へむかう事にした。
交代制で出すボアファイターの偵察部隊。彼らは帰ってくるなり“至って平穏”と、悔しそうにはにかむ。しかしオークは、その隠しきれない牙が禍々しいく、はにかむ笑顔は妙にえぐい。我は無表情で少し引いた。
そして辿り着く拠点は、妙に寂れていた……。
一面赤茶げた荒野の、何の味気も無い海岸沿いに、黄土色に濁った川の河口と谷があり、そのちょい先にはラグビーボールの様な巨石が斜めになってそびえていた。
我は危惧する。立地が悪い。
周囲には木材や金属等の物質的な戦略資源も無く、耕す畑さえ無い。谷の中でそれは守り難く、戦となれば敵に位置エネルギーを持たせて不利となる場所である。河口は南を向いているが、その谷に横穴を掘って住居としている為、個々の住居は日当たりが悪い。慢性的な食糧不足もある。故に疫病が流行る恐れあり、である。
その為か、待っていたオークの女共はすこぶる機嫌が悪い。“勝った勝ったぞ”と叫ぶ旦那達を、間髪入れずに殴り倒す始末であった。だが、そんなオークの女共でさえ、我にはどうにも甘い様である。
神様待遇はこれでもかと、男共は川でその体臭を落として来いと尻に敷き、今ではオーク女のカカア天下である。そしてこのオークコミュニティーを導いてきたのであろう、老獪そうな女共の長老が我の前に姿を現す。我を空輸したカラスもそこにいた。そして、その見てくれはまさにオークシャーマンの相であった。
「──やはり、私の言った通りであっただろう?」
「ハイ。ブァブァ様」
「ふぇ! フェフェイヒャヒャヒャ! 骨で占えば、ウガウガオの申し子ここにアリ。あはぁ、死にてぇ死にてぇだよ。死んで神に仕えるだよと祈れば、西に舞い降りし戦神の申し子、イエア様。うひぇええあ、へへぇぇぇ~」
跪くブァブァ様。周りもそれに続く。クセが凄い。我はそんなブァブァ様に問う。
「して、拉致って神の子扱いは置いといて、我への要求は部族を勝たせる為だけか? 何が目的だ? いつ我が生家に返してくれる」
「ひえあぁぁ! 知ってる。知ってるだよ? イエア様の本当のナメェエ(名前)はファルマ様。ニィィィンゲン(人間)共の、お山の大将の部下の部下の子じゃぁ」
「で、あるが……」
それは知っているのか。で?
「ふへぇぇええ。イエア様は、ファルマ様は向こうで言う所の、忘れられた邪神ダゴールネド・エルオンタリエの孤児で、数奇な運命を背負ってここさ来ただよぉぉぉおおおお!?」
「──は? 邪神ダゴールネド・エルオンタリエ? しかも孤児だと?」
なんだなんだ? 邪神? まったく、戦神だとか邪神だとか……。まぁついさっきまで散々死をもたらしていた事には変わりはないが、そう言われてもやむ無しではあるが一体なにがしたいのかこいつ等は? それに我が孤児? 孤児だったのか? 我は左掌の、五芒星に目の模様のシワを眺める。
「あぁ。孤児はその孤児じゃねぇだ」
「──ん? んんんっ?」
「しかし後は──知らんっ!」
知らんのかい。
「わしゃ、後は何も知らん! わからにゃい! あるのは我等が“赤い手”の再興あるのみ! 最強のオークとなって世に自慢し放題じゃぁあああ!」
「──ブァブァ様ぁ!」
「うわぁぁぁん!」
オークの女共はブァブァ様に寄り添って泣き出した。ブァブァ様はオークの女共を平手打ちしてなだめると、我に向かって覚悟を示し言う。
「──荷造りはさせてあるだよっ。この拠点を引き払うのじゃろぉ?」
「…………ほう。何とも話が早いようで助かる」
「ひぃぃぃっっぁ、ヒャッヒャッヒャア!」
老人特有の、喉に芋詰まらせたような笑いがとても印象的である。
「ブファッブファッブファッ!」
そしてむせ返るのもセットである。
しかし何ともまぁ。我はやられている。正直言えば、我はウキウキなのである。楽しい。こいつらを導いて強くして、チヤホヤされながら東奔西走して見たくなっている。まぁ、我の家族も心配しているだろうが、いずれは帰ろう。どうせ色々あって帰る羽目になる筋書きだろう?
ふん。いいだろう。我は結構素直なのだ。
「──では、我々はこの拠点を発つ。そして真に拠って発つ地を得る……!」
「イエアイエアッ! ホォォォッ! ホッ! ホッ! ホッ! ホッ! ホッ!」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
オークの女共は、男共に負けず劣らず、その威勢をリズムある足踏みでドラミングする。これはまるで床が抜ける勢いである。どうやら我は、煽てられると調子に乗る豚であるようだ。