78.
そこでローニおじさんが呟く。
「帝国が第三者の法務機関になれば良いんじゃね? ガハハ!」
──馬鹿! それは絶対に言っちゃダメな奴だ!
ウィザードフレグルがすぐさまローニおじさんの口を封じる。モゴモゴッ! だが時既に遅し。貴族連合が我等を見て噛み付いてくる。
「──それ見たことか、お前等! これが帝国の本音だ! お前等は帝国に利用されている!」
解放戦線は視線を逸らさずに冷や汗を垂らす。民衆は我等を一斉に疑問視する。解放戦線のメンバーはこれではまずいと民衆に叫んだ。
「これは貴族による分断工作だ! 耳を貸してはならない! 帝国は婚姻を通じて同盟国である! 危機に瀕した我が国へ援軍を差し向け、あの賊を討ち取っては我等の愚王も排除した! もし帝国が我等を支配したいのならば、なぜ我等に自ら立つ機会を提供してくれたのか!?」
解放戦線は既に帝国の干渉を十分想定して受け入れているのだろう……。それもこれも軍事力欲しさであるに違いない。どんなに話し合っても、強力な背景となる力が無ければいざと言う時に腕力でねじ伏せられてしまうのだ。それを恐れて敢えて我等を受け入れて味方にしておきたいのは必定である……。
だが民衆は惑わされる。貴族連合はここぞとばかりに畳みかけて来る。
「お前達は傀儡と言う言葉を知らないのか? 傀儡とは操り人形と言う意味だ! そうだ! 帝国はお前達を操り人形にしてこの国を牛耳る気に違いないのだ! 解放戦線はこの国を帝国に売ったのだ! これが素人の政治だ!」
解放戦線は激しく反論する。
「──それは断じて違う! そもそも貴族は賊にも愚王にも何もしなかった! だが帝国はその両者を来て早々に排除してくれたのだ! 彼らはこの国の行く末を案じて同盟の誓いを守り、役に立たない貴族の代わりに我等民衆の危機を救って導いてくれているのだ! 貴族の言う事こそ聞き入れてはならない!」
「もしそうならば、帝国に何の理がある!? ただ悪戯に自国の人身を危険にさらして何の理がある!? もしお前達なら、何の見返りも無く自身の命を投げ出せるだろうか!? つまりこれは、帝国に何か理があっての事に違いないのだ! お前達は帝国に騙されている!」
「黙れ!」
ざわつく民衆。我等に疑いの視線を向ける民衆。ニヤつく貴族連合。我がいい加減会話に参加しようとすると、今度はルキウス卿が先に発言した。
「──では、帝国の本音を言わせてもらおうかっ!」
「──ッ!」
場が静まり返る。この場に居る殆どが緊張してじっと聞き耳を立てた。ルキウス卿は構わず言う。
「貴方方が荒れているせいで、我が帝国領にそちらさんの賊が侵入した! そのリラティヴィステットラント人の賊は、我等帝国民から金品を略奪し、強姦し、虐殺までした! これを帝国の騎士たる俺が座して見過ごせようかっ!」
リラティヴィステットラントの人々は“うっ”とした。ルキウス卿はまだ続ける。
「傀儡? 操り人形!? 良いだろう! そう疑うのならば帝国は撤退させていただく! 自国の愚王はおろか、賊さえ討つ事の出来なかった手前らで、存分に血を流しあえばいい! ただし! もし次も賊をこちらに寄こす様な事があったならば、帝国の幸せを守る為に、その策源地であるこのリラティヴィステットラントを、──全力で侵略させていただく!」
ルキウス卿は激昂した。そして我に言う。
「──ファルマ卿、撤退しよう! 善意でもって助けに来ている我等を疑い敵とする奴等に貸す手など無いだろう! バカバカしい! 皇帝陛下に上奏して援軍を乞い、この国への侵略の準備を整えよう! 我等としては自国民の幸せが第一なはずだ!」
ざわざわ……!
「お、お待ちください! 裏切るのですか!? 我等には貴方方の力が必要なのです!」
「──知らん!」
取り乱す解放戦線。おやおやこれは……。我は一計を案じて提案に乗ってみる。
「そうだな……。ならやむを得ない。撤退しようか? 我等帝国が本気を出せば、貴族連合はおろか、内紛で分裂しているこの国など赤子の手を捻る様なもの。一層の事、二度と賊を寄こさせない様に、徹底的に侵略して帝国の属州にでもしてしまうか……」
我は第十軍に、撤退を意味する手信号をした。広場を防備していた兵士達はなんだよと指示に従い撤収を開始する。
現状、帝国とこの国とでは、その国力差は絶対的である。それは年端も行かない子供でも分かるだろう。解放戦線は頭を抱え、民衆は我の発言に恐怖した。貴族連合の面々は、突いてはならない蜂の巣を突いてしまったと、後悔の念に囚われる。
貴族連合は不信感を煽り、解放戦線と我等を引き剝がせると考えたのだろうが、こうなると不利なのは貴族連合である。彼らは話し合いで解決し既得権益を守ろうとしたが、今ではその失策のせいで、帝国の侵略の可能性を招いてしまった。圧倒的帝国に侵略されては既得権益どころではない。ある程度有識である貴族連合なら尚更、容易に自身の命諸共粉砕されると目に見えているはずである。
我はついでに言う。
「キャッツェガング王の身柄だが、こうなったらもう不要である。──捕虜であるキャッツェガング王を此れへ連れてこい!」
「──ハッ!」
そして我は貴族連合を睨んで言い放った。
「煮るなり焼くなり好きにしろ」
我は席を立つ。リラティヴィステットラントの人々は青ざめた。