72.
我が指揮する軍は、戦闘に勝利するたびに一日が潰れる。なぜなら我が、戦場の遺体処理を毎回命令するからだ。
前にも言った通り、疫病は流行らせたくない。戦場の遺体は大自然によって啄まれていずれ朽ちるだろう。だがしかし、実際は戦闘があったと地元の貧困者が戦死者の武具を略奪するのが、非情な戦乱の世の習いである。
英霊の魂を冒涜するのが許せないという訳ではないが、英霊の魂を冒涜して疫病と言う罰を、これからどうにかしようとしている国で蔓延させされては非常に困るのだ……。
故に、我等第十軍は少し北に戻って、羊の鳴く大草原で埋葬を開始した。
シスターメルは、連れて来ていた仲間の戦僧と共に、敵であれ味方であれ関係なく平等に埋葬される者達へ祈りを捧げた。
「ファルマ、ちょっといいか?」
「ん?」
我は父カラドクーに呼び出され言われる。
「お前の心に迷いを感じる。何があった?」
ぬ……。父カラドクーは鋭く我の心境を察して来た。
「エミリアが悲しむとか言ったり、戦傷者を見る目に今まで以上の憐れみを感じる」
「……いけないか?」
父カラドクーは確信した顔で言う。
「いいから言ってみろ。何を悩んでいる?」
我でも分からない心境を、父カラドクーはどうやら完全に看破している様だ。我は僅かな沈黙の後、父カラドクーの鋭い視線にいい加減降伏して思いの内を明かす。
「父上と別れた後の話なのだが……ティトゥス皇帝陛下への謁見の為、帝都へ上洛した折、プリエクエス伯爵領を跋扈していたこの賊共の仲間と思われる奴らを、燃やして虐殺した」
「それは聞いている。やむを得ない事だ。あいつ等が自ら招いた因果応報だ」
「だが……」
「だが?」
「──母上は我を抱きしめながら“ごめんね”と泣いていた」
「ほう、そんな事があったのか……あいつらしい……」
「どうもあの情景が脳裏に焼き付いていて、我の頭から離れない」
「なるほど、そうか……」
すると、いつの間にかいたウィザードフレグルが会話に参加してくる。
「──世の母親が最も恐れるのはやはり、戦争だでの。試験管ベイビーじゃあるまいし、その賊にも漏れなく母親は居るわけでの……」
とんがり帽子を少し持ち上げて、ウィザードフレグルが自身の頭を何とも言えぬ顔で撫でながらそう言った。我は何とも言えない空気に鼻で溜息をついた。しかし父カラドクーはキツイお説教を我に言う。
「悩むのはお前もまた人の子と言う証拠だ。だが一つだけ言わせてもらう。
──その気の迷いは命取りになるぞ」
くっ! 言えてる。
「そうやって死んだら、今度はお前が憐れみの目で見られる敗残者となるのだ。いいか? 戦うとなったら死者には目もくれるな。そして手加減もするな。全力で戦い勝利し“生きる”を全うせよ。それが、ギリスマエソール流の戦いの道義である。覚えておけ」
「……うん」
くぅ~……。分かっているのだが、こうして実際そう言われるとキツイ。するとローニおじさんが酒を飲み笑いながら言う。
「ハッハッハ! 俺も同族とやりあう羽目になった時、随分悩んだもんだ! 俺がまだ二十歳だった頃の話だ。そういやファルマはまだ三歳だっけか? いや、もう四歳か?」
グビグビ。ローニおじさんは酒をがぶ飲みする。しかし我の歳は三郎だが、中身は三十郎である……。ウィザードフレグルはローニおじさんの肩を叩いて言った。
「あまり飲み過ぎると体にたたるぞ?」
「ん? ドワーフの俺に言うか? ハッハッハ!」
ドワーフの大酒飲み癖は、もしかしたら自分ら作る工芸品並みに繊細だからなのかもしれないな。しかし我に同情する抱っこ係ミナーヴァは、我の頭をモフしだく。ヤヤッ、恥ずかしい所を見られてしまった……。
我は恥ついでに父カラドクーに尋ねる。
「父上」
「なんだ?」
「父上の言ったギリスマエソールの役割がまだ何なのか分からない。我のしたい事、我の初志、我の天命とは一体なんだろうか? どうも我の中身は空っぽの様な感じがしてならないのであるが……」
「フンッ……それがすぐわかったら人は悩まない。自分で考えろ。それに、
──そもそも人の人生に中身なんてあるのかよ?」
「ぶはっ! おいおい元も子もねーな、オイッ!」
「やれやれだでの……」
ローニおじさんは笑いながら言い、ウィザードフレグルは呆れた。そして抱っこ係ミナーヴァは我の耳元で言う。
「私はマカロニ、好きですよ?」
おいおい、我は真面目なんだぞ。抱っこ係のミナーヴァまでそんな冗談言うのか? やれやれ……。我は相変わらず無愛想な無表情で溜息をついた。するとルキウス卿が笑顔でやって来て言う。
「──ファルマ卿! 天幕の支度が終わった。少し早いが夕飯にしないか? 酒が飲みたい」
武士は食わねど高楊枝、我にはそれが出来ない。我等が戦で勝とうと負けようと、どんな酷い目に会っても、我は生きる為に泣きながらでも畑を耕し飯をかっ喰らわねばならない。稗と粟でも良い。食わねば人生と言う戦は出来んのだ。幸い兵糧はたっぷりある。
兵法では、現地で得る兵糧物資は、持ってきた兵糧物資の数十倍の価値があると言う。身軽な分、行軍も早まる。それに、秦の始皇帝は敢えて食う飯を捨てて、戦って勝たねば食う飯は無いぞと決死の覚悟を兵士達に決めさせた。しかし我はそれを嫌う。しっかり食わねば、我はおろか皆にまで黒い犬が伝染してしまうだろうからだ。
我は黒い犬を追い払う。
我は父カラドクーに相談したい事がまだまだ沢山あるのだが……今はまだ全てを打ち明けられない。父カラドクーも恐らくは察しているだろう。だから彼の発言は、彼なりの優しさなのだと思う。
我等第十軍は、この国を救うという大義名分でここへ来ているが、ティトゥス皇帝陛下の実際の目的は帝国の傀儡(操り人形)化である。我は、誰にも言えないこの秘密を抱えながら飯を食わねばならない。せめて我も騙してくれれば良かったものを、変に期待されてしまったが為の気苦労である。
ウィザードフレグルは気を使って、我に飯をよそって渡してくれた。そして、いつも通りいつの間にか居たのか、忍者騎士マテウスは我にそっと耳打ちして言った。
(──謁見の間での一件、私は知っています。なので私は、決してファルマ様を一人には致しません)
ああ、なんてこった。流石は忍者騎士マテウスである。脱帽。