7.四方ケ原の戦い
まずは東!
東に別段意味は無いが、我等は素早く、かつギャアギャア騒がずに静かに神速を貴ぶ。そして対陣した敵は、我等の想定外な出陣に凍り付いてしまっている。敵将に至っては
「あっ、えぇ……? 何故ここに敵が……?」
とか言っているようだ。ふっ、ならばよし。
「──鶴翼の陣! 兵力差は歴然! 包囲するのは我々の方だ! ボアファイターは敵側面を掠めて後方へ抜けろ! そして包囲殲滅・鉄床戦術の鉄槌となれ! 全軍突撃!」
「ウィィィィイイイイアアアアア!」
四方に散った敵兵力は、やはりそれぞれ我等の半数であったから、あらかじめ包囲殲滅向けの八陣“鶴翼の陣”でそのまま挑む。この際、外交儀礼などいらない。いきなり襲って鉄床戦術を行い包囲殲滅、敵を速攻で奇襲粉砕する!
「ギャァァァァアアアア!」
敵軍の断末魔など気に掛ける暇などない。敵残存戦力雑兵はもはや戦力にならない。
「敵がウンコ漏らしながら逃げるぞ! 追うか?」
「──追うな! 雑兵は捨て置け!」
「──っ! ……イエアッ!」
オーク共は我が命を素直に受け入れる。オーク共は、はやる気持ちをグッと抑え、逃げ出す敵、降伏する敵を指差しあざ笑い、そして我に続く。我は陣頭を南西へと向けさせた。
「時間がもったいない! 次行くぞ!」
「ウィィィィィイイイイ!」
いちいち再布陣しては時間がもったいない。陣形とは状況に合わせて水の様に変形させれるのが理想である。あくまで理想であるが、陣の持つ意図、各部隊の相対位置等、ある程度要点を満たしているのであらば、状況を鑑みずに頑固にガチッと決められた陣形で終始挑むのは愚の骨頂となる。
つまり、各部隊はそのままの相対位置で次の目標へ向かい敵へと対陣させる。問題ない。現状これで十分でなのだ。これでも十分敵を粉砕できる。
南先頭を行くボアファイター、次いで中央アタッカー軽装歩兵、最後に北の最後尾、ディフェンダー重装歩兵。結果、自然と斜めに布陣したこの陣を、八陣“雁行の陣”と呼ぶ。これは古代ギリシア、レウクトラの戦いで有名な“エパメイノンダスの斜線陣”に若干類似している。しかしあくまで類似である。“エパメイノンダスの斜線陣”を完成させるにはもう少しスパイスが必要だ。
「あれ? なぜここに味方が……?」
敵はまったく予想してなかった我が軍の動きに、あろうことか味方として勘違い。
リスクアセスメントの皆無、危機管理の失敗、もしもへの想像力欠如が浮き彫りとなる。しかしこれは言うは易しで、これをこなすのは並々ならぬ程難題であるのだが……いや、やはり下心で浮足立つ敵の大将。これは我から見ても、間違いなく死亡フラグの相である。
しかし情の入る隙は無い。この機を逃さず速攻で詰め寄り包囲殲滅である。
「──敵が勘違いしている内に、包囲殲滅せよ!」
「フォォォォオオオオ! 目がまわるぅぅぅう!」
「すまん……帰れそうにな……ぐふっ……」
速攻で戦死した敵将は誰かとの約束を守れなかったようだ。
──だから何だ。
ここは戦場である。我はこの勢いを止めないし、むしろマシマシで攻める。
“激水の疾くして石を漂わすに至るは、勢なり。鷙鳥の疾くして毀折に至るは、節なり。この故に善く戦う者、その勢は険にして、その節は短なり。勢は弩を彍くが如く、節は機を発するが如し”
孫子のこの教えを簡単に言うならば“イケイケドンドン大事”である。個々の能力も大事だが、しかしそれ以上に群れの勢いは押し寄せる津波の如く超強力である。これを利用しない手は無い。
想像して見るとよい。“俺は百獣の王ライオンだぁ!”とムキムキしてたら、“ブッ殺スッ!!”とかガチギレして、万単位で羊が迫ってくる絵面を。羊一匹はモコモコしていて弱そうだが、それが万と群れて、開き直って特攻してきたら……流石のライオンも“うはっwww これは無理www”ってなるだろう。
「──よし! この勢いで次も叩くぞ! 波に乗れ!」
「ヒーハー!」
次の敵は今までとは少し違った。しかしその差は僅かである。いや、それどころかさらに致命的であった。
敵は何を思ったのか八陣で言う“長蛇の陣”の形を作っている。それは長い道を行軍すると勝手になる陣形でもあるが、此れ意図的な策で在り候ものならば、其れ敢えて突破させて挟み撃ちにする法である。と、言う感じである。
──あっそ。
やれやれ、これが策士の意図であったなら、それも釣りとも取れるがどうであろう? しかし遠目でもわかる敵将のアホ面。ならば間隙を作って曝すは自身でこの地を死地にしたも同然である。ましてや勢いに乗り戦場を縦横無尽に突進し腐るボアファイターには、結果的に後方を曝すは無謀な策となる。
銀河なんちゃら伝説の魔術師なんちゃらでも居ない限り、この状況の打開は非常に困難である。
我は勢いづいて行軍し、自然と矢印状となった我が陣形をそのまま利用して突撃する。歩兵はもうごちゃ混ぜである。そして敵はこちらに気付いて隊を乱す。故に我の心配は今無用となった。敵将は対応を急いでいるがしかし
「──遅い! 鋒矢の陣! 敵は間延びしている! その間隙を突け! 中央突破だ! 突撃ッ!」
「イエアッイエアッ!」
歴史上、往々にして間隙を突かれ、一瞬で大敗はよくある話である。故に、薄い隊形、急いて乱す隊形、無策で隙間だらけの陣は自滅の陣である。敵はまともに戦った感もなく綺麗に消し飛んだ。敵将は戦うまでも無く、タジってUターン。ひぃひぃ言いながら北東へ逃げ去った。なるほど北の軍と合流か。
「ゼェハァ……ゼェハァ……」
オーク共は少しうなだれ肩で息をする。我等はもう体力の限界か。しかし、むしろよくここまで駆けたものだ。人馬であったなら落伍者多数で間に合っていなかったであろう。しかしこいつ等、なんと落伍者ほぼ皆無である。流石は戦闘種族オークの誇りを感じずにはいられない。しかし我は容赦なくブラックな命令をだす。
「敵はもう僅かでしかない! 止めを刺しに行く! ──走れ!」
オーク共は我が命に不平なく、歯を食いしばって奮い立つ。
「ンググ! ──気合気合気合ッ!」
かくして我は、ブラック経営者の仲間入りという訳だ。しかし勘違いしないでほしい。
──戦争は、そもそもそれ自体がブラックである。
残業100時間越え? 過労死? いや、戦争では普通に人死にますが何か? である。やらねばやられるのだから、そもそもそれ以前の話なのである。生き残る為に過労死しに行くのである。まじでブラックなのである。故に軽んじてはならない。
“兵は国の大事にして死生の地、存亡の道なり。決して察すべからず”
我はマジで思う。前世とは何と優しく幸せで平和な文明社会であったか……。弱肉強食と言いながら職にありつけ、小銭で温かい飯が食える守られた社会。生活保護だってある。ブラック企業だって嫌なら自由に退職もできる。強迫観念の呪縛から解放されれば転職もフリーだ。しかし軍隊でそれをやると……逃亡罪で即死刑なのである。ひ、ひぃ……。
それと精神論は昨今否定される傾向にあるが、しかしそれは精神論一辺倒の無策なアホが問題なのであって、精神力は絶対必要不可欠な戦力を構成する重要なファクターである。何が何でも絶対働かないマンが、一体会社のなんの戦力になると言うのか?
精神力は、戦力を構成する絶対必要不可欠なリソースである。
──オーク共よ。貴様らの精神力はどれ程のものか、見せていただこう。
我々は全力で駆ける。
我を祀り、運ぶ神輿はとうに捨て置かれれた。我は今、筋骨隆々の肩の上で指揮をとっている。思えば我はまだ三歳であるし、背も小さく軽いと言うのはここに来て災い転じて福となした。
しかしこのオーク、妙に臭い……。
とまれ、我等は進軍するとすぐに敵と遭遇する。さっきの戦いを遠目で見れる位置に、すでに最後の敵が居たのだ。そして逃亡した西の敵将の情報を聞いたのか、非常に焦り散らしている。
そうだそれでよい。ビビり散らかすのだ。
すると最後の敵軍は、対陣を何とか間に合わせ、即座にその将が白旗単騎の使者として前へ出て来る。よしよし。では、我が軍門に下らせよう。
……しかし我が右腕となったボス、ゴッズフィストが凄い剣幕で得物をギラつかせ、その将の元へ行ってしまう。おや? 一体何をする気だろうか? 我に指示を仰がずに? ……ほほう。我は少しムムムとなって見守る事にした。
「ま、まて! こ、降伏す──」
「うるせぇ!」
──グサッ!
「ギャァァァァアア!」
な、なんと……。ゴッズフィストが降伏を申し出た敵将を間髪入れずに刺し殺してしまった。だが、それがさらに敵へ動揺を及ぼしたらしい。敵軍は焦って直ちに得物を放り投げ、武装解除してしまった。逃亡して合流を果たしたばかりの西の敵将もガックシとなってそれに倣った。
オークにはオークの流儀があるのか? いや、単にゴッズフィストはそいつを……
──昼飯にしたかっただけかもしれない。
……我は荒野を青く照らす空を仰ぎ見る。太陽の位置はまだ真上ではない。……思えば、早朝に出陣して後、気付いてもまだ、支度が間に合う昼前の太陽さんなのであった。