67.
はぁ~早く戦闘を指揮したいな。
とか、母エミリアに言ったらぶっ飛ばされそうだな……。平和が一番である。我はそう思い込まなくてはならない。
“子曰く、百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり”
……とはいえ、リラティヴィステットラントが気がかりで仕方がない。
我等が今、雪の中で平和的に燻されている間、リラティヴィステットラントは一層ぐちゃぐちゃの、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、である。あぁ、早く行って早く治め、犠牲者を一人でも減らさなければならない。しかし焦っても春は来ない。
人間側の湿った寒波が、雪冠る山脈にぶち当たり、雪冠る山脈ならしめている。そして湿気の抜けた乾燥した風が、呪われし荒野へ流れて冬の関東地方の様に雪を降らさず空は高いだろう。我は、そんな事を想像しながら、姉レヴィアの歌を聴く。
すると、アッサンビルの方向から雪をかき分けやってくるやたら偉そうな集団。事情を聞くなり勝手に通す第十軍兵士。我に報告も無く勝手に通すとは……どんな高貴な方か?
彼は、兄アルネスを見るなり貴様がファルマかと尋ねる。兄アルネスは違うと言って隣にいる、戦がなさ過ぎてどうでも良い話を連打する鬱病陰キャムーヴを発症している我を指差した。噂は本当かと紳士的に謝罪する彼。我は溜息と共に長々と名乗る。そしたら彼も溜息交じりに長々と名乗って来た。
彼は、帝国造幣局長官、宮廷子爵少将、帝国軍第十三軍貨幣管理軍の指揮官で、最精鋭の第六六六大隊を引き連れてやって来た“カネスキー”と名乗ったのである。
実に金が好きそうなその名前に、姉レヴィアは噴き出し笑いをこらえた。敏感に感づいたカネスキー卿は不機嫌に咳払いをした。我は長年の友でさえ、名前を覚える気のない性格であるが、こいつのはすぐインプットされてしまった。コンプレックスが凄まじい。なんせ、世の中の髪の薄い人には本当に申し訳ないが、この人のは十円が沢山あって……。
いかんいかん。明智光秀は織田信長に、金柑頭と罵られて恨みを募らせ、本能寺の変を起こした。故に、決して察すべからず……。
と、とまれ、我が何事かと尋ねると、金の麦チョコを取り出し、この金の麦チョコの出所を教えろと言ってきたのである。純度がどうのこうのと言っている。これはマズい。金の麦チョコはゴブリンに掘らせたものである。純度かクソ……。カネスキー卿はなるほどプロである。鋭い。隠し金山がばれてしまいそうである。
我は誤魔化そうとするも、隙なく鋭く突っ込んでくるカネスキー卿。しかし話を聞けば、どうやらその背景には帝国宮廷枢機内閣家令大臣(財務大臣みたいな役職)であるアッサンビル公オーティス閣下の影を感じる事が出来た。なんせ帝国造幣局は、帝国宮廷枢機内閣家令大臣の傘下なのだ。
これはもしや、超高級カーディガンの意趣返しか?
しかし、猿でもわかる外交のすすめを片手に花の咲いたような満面の笑顔で対応する兄アルネスは“ここではさむぅ~ございます”とか言って、天幕の中へご案内した。そして温まった蜂蜜酒を振る舞い、大げさに相槌を打ちながら褒めちぎり、カネスキー卿の趣味は希少硬貨集めである事を巧みに聞き出した。
──ナイス兄貴!
我は、母エミリアの金庫からパクってたミスリル大判硬貨を試しにチラつかせてみた。カネスキー卿は明らかに挙動不審となった。我は内心ニヤついて、兄アルネスにこのミスリル大判硬貨を手渡した。兄アルネスは、何気ない冬の天気話の最中に、カネスキー卿のポケットにそれを忍ばせた。
──カネスキー卿は酔いを理由に全部白状した。
貨幣となっている貴金属は、造幣局の許可や国家資格なく取引や贈与は禁じられている事。金の麦チョコは単純に純度が高すぎるので、造幣局はそれを回収両替したいとの事。さらに、造幣局はローテツダッハのパン屋ギルドのバックにいる黒幕粉引きギルドと裏で繋がっており、盗品ロンダリングを通じて不正な貴金属の回収を代行させている事等を吐いた。
いやはや、随分口が軽い。それもそのはず。カネスキー卿は、金の麦チョコを怪しんだオーティス閣下の命令で、その出所をきつく調査せよと言われてやって来た訳だが、実は彼は、我の隠れ大ファンだったのである。
我の大ファン? おやおや? であれば最初間違えたのは演技か?
するとカネスキー卿は、兄アルネスが母エミリアの金庫へ希少硬貨を探しに行っている間、我のフワフワモフモフにどことなく色好きながら我に耳打ちした。カネスキー卿は実は“地下秘密結社教団”の信者らしい。その信奉対象はどこぞで聞いた事のある“ダゴールネド・エルオンタリエ”の女神様なのだと言う。
“ダゴールネド・エルオンタリエ”とは、オークシャーマンでありウシシボゴバンガの巫女のブァブァ様が言っていた、戦神ウガウガオの人間世界での呼び名である。
つまりカネスキー卿は、我をその申し子と信じて疑っていないのだ!
なるほど。そうかそうか。我は彼に、少しだけなら我の頭をフワフワモフモフしても良いぞと言ってみた。するとカネスキー卿は有難き幸せとたまらずに、我の頭をワッサァ~した。