61.
「あらあらもう。ファルマったら、その歳でもう美人さんを侍らせて」
「レヴィア姉さん……。彼女は我の護衛騎士である」
「殿方はいつだってそういう言い訳ばかりよね。ふふふ」
天幕に入るなり、姉レヴィアに茶化される我。妹エルマはケタケタ笑いながら降ろされた我に抱き付き甘えだす。抱っこ係は黙ってお辞儀をして、天幕を出て行ってしまった。家族水入らずに配慮したのだろう。まったく、気の利く美女騎士である。しかし母エミリアは久々に会う喜びを通り越して、少し膨らんだお腹を抱えながら心配そうに我に言う。
「ケガはない? 虐めとか、酷い目に会ってない? 大丈夫? 御奉公はうまくいっているのかしら?」
「母上。万事オーケーに御座います」
すると兄アルネスは目を輝かせて言う。
「母上! 凄いよ! ファルマが十万人の労働者を連れてきた!」
「十万人も? 想像もつかないわ。だから外が騒がしかったのね?」
「リラティヴィステットの難民、ローテツダッハのパン屋、ユーヴェレンヒューゲルブルクの大商人、何でもござれだよ!」
「それは困ったわね……。難民は可哀想だけど、雇用や異文化を持ち込んでトラブルを引き起こすわ。ローテツダッハのパン屋なんて、マフィアじゃない? ユーヴェレンヒューゲルブルクの大商人は、悪名高い高利貸しじゃないの……」
「母上~! そうネガティヴでは、お腹の子に触りますよ?」
姉レヴィアは笑ってい言う。
「アルネスのチョイスが悪いのよ?」
「チョイス?」
我は母エミリアに言う。
「土方、鍛冶、百姓、厨房、木こり、大工、石工、漁師等も居れば、ドブ浚いも居ますよ?」
「なら、ちゃんとその売り子、運び屋、力のある親方なんかも居るのかしら?」
「勿論」
「どれも国の根幹ね。なら安心だけど、もしかして市場を荒らして商売を立ち行かなくさせて、半ば強引に連れて来てないでしょうね?」
うぐっ。見抜かれた……!
「それは……陛下の望む所であり……」
「ちょっとやめてよ。ロフノスト家の評判を下げかねないのよ? 物事には二面性があってね? ファルマいい? 良い事した気になっても、実は悪い事だったりするのよ?」
すると、ルキウス卿が天幕に入ってきて言う。
「──まぁまぁエミリア。陛下はエミリアの資金の出し渋りにご立腹って聞いたぞ? それをファルマ卿のお陰で結果的に取り持った。恩人の息子にそう説教垂れるもんでもないだろう?」
「しかしルキウス閣下……」
「もう俺はエミリアの上司ではないぞ?」
「でもご本家様に御座います」
「ハハ! いまじゃ七大選帝侯ローテツダッハ公爵軍元帥でありながら、宮廷伯爵中将が指揮するエラグラウム帝国軍第十軍の副官と言う、何だか微妙な立場だ!」
「ご迷惑をおかけいたします」
「なぁ~に! むしろ俺が学ばせてもらっている状態だよ! 参った参った! ハハハ! 酒でも飲もう!」
すると姉レヴィアはルキウス卿に言う。
「母は、身重に御座います」
「──え!? なんと……ならばいっそ祝い酒だな! アルネス!」
「はいルキウス閣下! 御供します!」
やれやれ。と、母エミリアと姉レヴィアは笑いながら溜息をついた。我と妹エルマは未成年なので飲めない。残念である。もしここに父カラドクーが居たら、我にアルコールを飲ませたかもしれないが……。
しかし、ウィザードフレグルが居るかもと思ったのだが、はて、思い違いであったか? すると親族団欒に、いつの間にしれっと侍っていた存在感のない騎士マテウスが我に耳打ちする。
(ファルマ様、ウィザードフレグル様が向こうで会いたいと申しております)
(ん、なに? 向こうで? ……わかった)
やはり居たか! しかしなぜ別の場所で?
我は、甘えて離れない妹エルマの額にキスをして、我に似てモフモフの頭を此れでもかとコネクリ回して引き剥がすと、酒の匂いに釣られてやってきたルキウス卿の騎士や第十軍の茶番侍と入れ替わりに、そそくさと騎士マテウスと共に天幕を後にした。
騎士マテウスに付いて行けば、誰にも気付かれないのは良い発見であった。彼は、忍者騎士マテウスである。とか考えていると周囲は既に夕暮れで、ちょっと離れた川沿いにウィザードフレグル、ローニおじさん、そして父カラドクーが待っていた。
忍者騎士マテウスは、ローニおじさんに酒の入った水袋を渡す。
「お、サンキュ! それにファルマ! しかし、親戚と一緒に飲みたかったな、おい……」
ローニおじさんは残念そうに言うが、久々に見た気がする父カラドクーは澄まし顔である。すると、ウィザードフレグルが我の顔を見て笑顔になると言う。
「ファルマ殿。ちょっとぶりだでの」
「何故ここなのか?」
「それは、お主の父に聞くがよい」
「──何故なのか?」
父カラドクーは澄まし顔でさらっと言う。
「夫婦と言うのは、それぞれ適切な距離があるのだ」
ローニおじさんは言う。
「お前、恥ずかしいだけだろ?」
「童貞に言われたくはない」
「でめぇ! 俺は童貞じゃねぇっ!」
「ふんっ」
我は、父にぶっちゃける。
「父上、母上が身籠りました」
しかし父カラドクーは自信満々にいう。
「知っている。俺のは百発百中だから当然だな」
「何が百発百中だ! くそっ!」
ローニおじさんは気分を損ねた。ウィザードフレグルは“しょうもな”と我を見ると本題に入った。




