59.
“子曰く、将とは、智、信、仁、勇、厳なり”
孫先生が言うには、リーダーとは、柔軟かつ知識も豊富で、期待を裏切らず信望と信念もあり、慈しみ深く道理もわきまえ、勇敢にして臆さず剛胆で、時には他者と自分にも厳しくなれる様な人が、理想で適任なのだと、我はこれを超意訳する。
これは、戦争する前にそんぐらい見比べて察知し計を張り巡らせておけよ? という孫子の五事の一つで、則ち双方のリーダー各はこれで量って知っておけよと言う内容である。
それを思って、我はルキウス卿の姿勢を見て少し悩んだ。
ルキウス卿は完全に心の底からという訳ではないが、彼なりに導くべき人々の事を考えて行動している。しかもそこに私心は少なく、と言うよりそうする事が彼の私心の様にさえ思える。我が言うのも何なのだが、彼はまだ浅い部分が多い。しかし、そんな彼の中にも何処か信念の様な物が一本ある様に見えて、我は悩んだのだ。
思えば、我にその様な信念はない。
我と言うのは、願われた事を自分なりに考え解釈し、淡々と事務処理してあげる都合の良い戦術家でしかない。オークの時も神の子扱いで救世主である事を望まれて叶えた。混沌のアーティファクトも同様である。上洛道中の戦いも、その噂から派生して起きた兵法コンサルでしかない。
そして今は、皇帝陛下の命によって、リラティヴィステットラントに武力介入し傀儡にしようとしている……。結果、弱き民百姓が笑顔になれば後味は良いが、実の所その保証は安易には出来ないだろう……。
アイツは一体何がしたいのか? 北の親玉は縛られながらそんな目で我を見ている。
我は自身の左手を見る。父カラドクーはギリスマエソールの役割を自分で見つけろと言った。我の役割とは一体なんだ? 未だに我はそれを測り兼ねている……。我の信念とは一体……何だ?
抱っこ係はそれに何かを察したのか、そんな我のモフモフな頭を撫でてくれた。
「ん?」
「……ん?」
彼女は何か、こそばゆい顔をした。
とまれ、アッサンビル公爵領を通る我等第十軍。ここの市場は既に堅調。アッサンビル公オーティス閣下の御威光がガッチガチに市場を保護しており、我等はそんな上向きの安定した市場から蹴りだされた。だが代わりに武器防具やドワーフの工芸品が選り取り見取りであった。
そうか! 雪冠る山脈にあるドワーフ王国からの交易拠点がここにあるのか。すると、武器防具を満載した馬車が頻繁に第十軍の車列とすれ違う。世は戦乱の世である。武器商人はさぞ潤っているだろう。武器商人。死の商人か……。
我は振り返る。戦乱の黒幕は、アッサンビル公オーティス閣下かもしれない……。
すると、我を抱っこする美女騎士の馬の頭に小鳥がチチッと止まった。
「ム……」
「チチチチッ!」
小鳥は飛んで行ってしまった。我は察した。
──ウィザードフレグルが近いかもしれない。
そして我等が第十軍は、遂に新設伯爵領ミュースの国境を通過した。間所はまだない様だ。道中拾った者共はここが、自分達の故郷になるのだと目を輝かせた。
しかし母エミリア達は、どこに居を構えたのか? 第十軍は方々に偵察を出す。すると、かつてボンガーを宿に泊めようとした時に、すげー嫌な顔した宿屋の主人が情報を提供してくれた。今度は気前よくヘコヘコしている。そして主人は北東を指差し、もう少し雪冠る山脈へ行って、大きな川にぶつかった所に居るのだと親指と人差し指をこすった。我は帝国金貨一枚をチップとしてくれてやった。
そして居た。と言うより向こうからやって来た。兄アルネスだ。満面の笑みである。
「おおい! ファルマ! ルキウス閣下!」
第十軍兵士は剣を抜き、曲者だと騒ぎ立てたが、我とルキウス卿はすぐに静まるよう命令した。兄アルネスは兵士の抜刀にビビり散らかして静かになったが、我等の傍に寄るとすぐに満面の笑みに戻った。兄アルネスはテンションMAXで我に問う。
「凄い! 凄いよ! 何だよこの車列! 馬の数! そして人の数! 一体何人いるんだ!?」
すると、我ではなくルキウス卿が自慢げに言った。
「まぁ、ざっと十万人位かな?」
「──十万人!?」
我は言う。
「兄上には申し訳ないが、我は勝手に土地と飯と、商機を与えると言って彼らを連れてきてしまった」
「えぇ!?」
兄アルネスは困惑して言った。
「土地は幾らでもあるけど、飯と商機はこのド田舎、何処にもないぞ!?」
ルキウス卿がそんな事かと笑顔で言う。
「飯は二、三年分はある。労働者は見ての通りだ。その間に開墾すればいい。そうすれば、商機はこれから嫌でも出来る」
我等に侍る大商人やギルドの強面面々は、ヘッヘッヘッと兄アルネスに胡麻をすった。
「ぉぁ……。マジですか……」
「マジだ。アルネス、案内してほしい」
「もうすぐ、そこですよ! その丘を越えた先にあります!」
「おう、そうだったか!」
我等は兄アルネスを追って緩やかな丘を登る。そしてその頂に達した時、雄大な大地の紅葉が我等を圧倒した。