58.
そして拝謁を賜る我。
謁見の間には我とティトゥス皇帝陛下とアッサンビル公オーティス閣下の三人しかいない。いつも少ないが、どういう訳だろう? とまれ、我は堂々としている。気持ちで負けてはならない。そんな我に、ティトゥス皇帝陛下は御申し上げあそばされた。
「出陣して早々、撤退とはどういう了見か? 話を聞こうか。ファルマ伯爵」
「はい。我等は、名も無い街を包囲する賊軍二万を破って一日に二度これに勝利しました。が、その隙にリラティヴィステットラント王キャッツェガング陛下が勝手に、せっかく陛下より賜わった第十軍の兵糧をすっからかんにしてしまったので、我等は一時撤退するに至りました」
「あのバカめ……」
「しかしそこで、災い転じて吉と成すべく、撤退ついでに難民や貧困層を拾い、各地の大商人やギルドの支援も得て、新設伯爵領ミュースへ送ろうと思いつきこれを実行中にございます。その結果が、今の城外騒ぎにて」
「──むしろ遅い!」
「遅い? で、ございますか?」
「そうじゃ、遅い! ミュース伯エミリアは、何を思ったかせっかく与えた資金を出し渋りしておる。金一億のカネが動くのだ。市場が荒れるのは必定であろう。むしろ想定内である。それに労働者も欲しいはず。ならば、隣国から流入する問題ばかり起こす大量の難民を使うはずであった。だがお前の母ミュース伯エミリアは、地元民を引き連れて引っ越しただけと聞いておる。まったくお前の母は、子であるお前の撤退に助けられたな!」
「そうでございましたか」
「おかげで市場に開放する予定だった臨時食料が腐る所であったわ。倉庫費用も馬鹿にならんぞ?」
「これは……流石は皇帝陛下。何もかも計算済みとは恐れ入りました」
母エミリアや兄アルネスは、市場が荒れて困窮する人々の事を考えたんだろうな。
しかしティトゥス皇帝陛下もやり手だ。生活必需品を安いうちに買い溜めしておいて、ド田舎の開発に大金を使わせ市場を荒れさせる。そして、その買い溜めしておいた生活必需品を売り捌きある程度の大金を回収する……。
これで開発費用全てを回収できる訳では無さそうだが、だからこそ金一億などと言う思い切った事が出来たのか。しかし可哀想なのは、税と市場操作の二重取りで喘ぐ一般臣民だろう……。
そういって増えた貧困者や隣国の乱世から流入する難民を上手く誘導し、そしてド田舎へ入植させ開発を加速させる、と言うのも、このお方の計算の上なのか……?
我はアッサンビル公オーティス閣下をチラッと見る。しかしティトゥス皇帝陛下は御話をお続けあそばされる。
「うむ。ところでファルマ」
「はい」
「キャッツェガング王はどこにおる?」
「──あっ!」
「あっ! とは何じゃ!?」
ヤバい。
「恐れながら、キャッツェガング王はグルグル巻きにして呪われし荒野に流刑予定の賊の中にいます」
「──な、なにぃ!? これはっ……! ハッハッハ! これはしたり!」
「ん?」
「ん? ではないわ。今しがた世の草から報告が入った」
「はい……」
「それが言うには、貴国から来た神童将軍が、捕らえた賊に国王を鞭打たせ、拉致ったと言っておる!」
「ん~……」
「さらにじゃ、此れによってリラティヴィステットラントの王国政府は崩壊、群雄割拠の戦国乱世へ突入と申しておる!」
「恐れながら国を救うには──」
「──そうじゃ! あの国を救うにはそれでよい。元々度し難い程に荒れておった国情である。今更群雄割拠の戦国乱世とは片腹痛いわ! もはやあの国は人の欲と暴力で渦巻いておる。とうの昔に話し合いで解決できる状態ではない! 良いかファルマ」
「はい」
「難民の件、事が済んだら方法は敢えて問わん。さっさとあの国の天下を取ってくるのじゃ! そして新政府を樹立し、これを救って我が帝国の傀儡とせよ!」
「──御意!」
おおっと、傀儡とな! なるほど。だから謁見の間には人が少ないかったのか。しかし帝国の野心がこれで明確に露見したな。だが我はティトゥス皇帝陛下に問う。
「して、キャッツェガング元国王陛下はいかがなさいますか?」
「あいつは世の又甥であるが何も気にする事は無い。お前の好きに利用せよ!」
「御意に、ございます」
「うむ。──大義!」
「ハッ!」
「……我が子もファルマの様であったらのぅ」
ティトゥス皇帝陛下の愚痴を背に去る我は、なんとか事なきを得て謁見の間を後にした。
我は謁見の間の外で待っていた美女騎士に回収される。そしてどこかで話を聞いたのか、丁度現れたルキウス卿とばったり会うなり心配そうに我を伺ってきた。
「……ヤバかったか?」
「いや、むしろ遅いと叱られた」
「お、遅い!? これは、なるほど……ハハ」
「そしてリラティヴィステットラントへ戻って天下統一を手伝えとの事」
「それは元よりそのつもりだ。弱き民百姓を守って導いて、天下太平の世にしてやらねばな? ファルマ卿」
「おお、流石はルキウス卿。素晴らしいリーダーの器に御座りまするな」
「なに、これは上に立つ者としたら当然で御座候はず也!」