53.
我が軍はこの大勝利に、大いに沸いた。
この戦いは午後茶時に行われ、一刻で勝敗が決した。なので、一日に二度勝ったと我が軍は大騒ぎである。降伏した賊共は悔しそうに地面を叩き、さめざめと泣いていた。
この地域の世論も、我が第十軍の世論も、賊共の処遇はほぼほぼ間違いなく全員極刑だろう。だが、サイコパスの自覚のある我は正直、どう生かして、どう利用するかを考えていた。
せっかくの労力である。楽に死なせるより、どう生き地獄を味合わせるかでも、罪は償えるのではないか? しかしこいつ等に怒り狂う世論を納得させる大義名分は必要である。
取り敢えず我が軍は、現地で夕飯の準備を開始し、捕虜共に穴を掘らせ、仲間共の遺体を回収して埋めるか燃やすよう命令した。疫病には注意せねばならない。我が軍の戦死者は丁重に葬られ、賊共は効率よく纏めて埋めた。
この時信仰は邪魔に感じる。
聖丁字教は土葬が基本である。理由は忘れたが、個人的には火葬して疫病の蔓延を徹底的に防ぎたいと考えた。が、賊とはいえ信徒を勝手に火葬しては、リベラルな聖職者が騒ぎかねないのでやむなく埋めるのである。
郷に入っては郷に従わざる負えない。
戦場になった宿屋の主人は、戦勝祝いに倉の酒を全て振る舞ってくれた。しかし生活はあるだろうと、我は軍資金の一部をくれてやった。これで宿屋の主人は、暫く遊んで暮らせるだろう。だが宿屋の主人は、ここに教会か祠を建てて、戦没者を供養したいとか言い出した。愁傷な心掛けである。
しかし主人は次に、宿屋の名前を鮮魚居酒屋いけぽちゃ亭から、古戦場居酒屋いけぽちゃ亭に変えようか我が軍の兵士に相談していた。前者の“いけぽちゃ”は、何を意味するか分からないが、後者の“いけぽちゃ”は、まさか飛び込んで溺死した賊の事を言っているのではないか? そう考えたら、
──ちょっと商魂逞し過ぎるだろう……。と、思った。
とまれ、我が軍は捕虜を引っ提げて、元居た名も無いド長方形の街へ帰って来た。無論、大騒ぎの戦勝祝いである。兵士達は二日続けて大酒をかっ喰らい、二日続けて二日酔いになるのかと思った。だが、キャッツェガング王の世話を任せた茶番侍二人が、我の前に来るなり仰々しく土下座してきた。
「──殿! 申し訳ありませんっ!」
我は嫌な予感がした。
「……何があった?」
「昨晩、包囲解除を聞きつけた周辺の村々から、奪われた食料や財貨を返してほしいと村人が殺到。しかし街の倉には先の兵糧攻めで幾ばくも無く……」
「まさか?」
「止めました! 某は止めました! しかし……」
「拙者が村人の説得に尽力している隙に、キャッツェガング王が勝手に我が軍の輜重(食料等の軍事物資)を村人へ解放してしまったので御座りまするっ!」
「──な、なんだと!?」
ルキウス卿は、目ん玉が飛び出る程に驚いた。それ程までに兵糧は軍隊の生命線である。兵糧が無ければ飢えてしまい、軍隊は戦わずして壊滅する。則ちそれは、我が軍の敗北を意味していた。それ故ボンガーは茶番侍二人に怒鳴り散らす。
「アァ!? それでおめおめと指くわえて取られる雑魚してたのか!? オイコラ゛ッ! テメェ!」
「と、止めようとはしましたが、群衆の勢いは水の如くで、止められようもなく……」
我はボンガーに言う。
「やめろ。“ほうれんそう”には“おひたし”でなくてはならん。ボンガー」
「はぁ? ファルマ様? 一体どういう意味ですか……?」
ボンガーは???であった。そしてルキウス卿も我に問う。
「ファルマ卿……どういう意味か俺も教え頂きたい」
「“ほうれんそう”とは“報告、連絡、相談”の略だ。これは情報が重要になってくる軍事行動に於いて、生死を分ける超重大な情報交換の鉄則だ」
「それは良く分かる。だが“おひたし”とはなんだ? まさかこの期に及んで料理の話をしている訳ではあるまい……」
「無論そうだ。“ほうれんそう”、これに嘘が混じってたら判断を誤り今後に多大な支障が出る。それに、怒られるのをビビって“ほうれんそう”がなされなければ、情報がもたらされなかった方は対処のしようもなく確実に酷い目に会うのは必定である。だからこそ“おひたし”で迎えねばならない」
「して、その意味は?」
「“おひたし”とは、“怒らない、否定しない、助ける、指示する”の略である」
「くそっ……またファルマ卿から教わってしまった……。怒ったり、否定したり、助けなかったり、自分で何とかしろとか難題を吹っ掛ければ、その内大事な“ほうれんそう”がなされなくなると言う事か……!」
「流石はルキウス卿。理解が早くて助かる」
何故そこまでしてやらなきゃならんと腹立つ人はいるかもしれないが、“ほうれんそう”は“おひたし”の様な上からの気遣いがあって初めて正常に機能するのである。これが出来ないと、部下は保身に走ったり自身を不必要に攻め立てて、虚偽を言わせたり不健全な精神を育ててしまいかねないのである。
「ぐ、ぐふぅ……!」
唸り声を上げるボンガーも学んでいる様だ。しかしルキウス卿は周囲を見ながら言う。
「ふ~……しかし腹の虫が収まらん! 事の発端は……」
遠目でこちらを見るキャッツェガング王は食料を得た一部の村人と共に、一人陰湿な笑顔浮かべて“ざまぁ~見ろ”していた。ルキウス卿はそれを見つけるなりキレて剣を抜きかけた。
「──己っ!」
「──だが、まぁまて」
我は止めた。ルキウス卿は“はぁ!?”となった。我は拙い説明をする。
「陛下はともかく、村人の言い分も理解できる。どうせ何があるか分からない世の中である。村人はその必死さから強欲になって、余計に我が軍二万石の兵糧を持って行ってしまったのだろう。我が軍は飢えて壊滅を待つのみであるが──」
「──賊から救ってやった恩を忘れて、仇で返す村人から取り返そうかっ!」
「だが、まぁまて。落ち着いてほしいルキウス卿。だからと言って、その村人を襲えば今度は敵地で賊軍扱いされるのは我が軍だぞ?」
「くぅっ! それは分かってるが……! アイツは許せん!」
すると茶番侍二人が涙目で言上仕って来た。
「か、かくなる上は……某、腹掻っ切ってお詫びも仕上げまするっ!」
「せ、拙者も、責任とって……!」
しかし我は淡々と言い放つ。
「お前らが責任取って切腹しても、我等の腹は膨れぬ。だからやめろ」
すると茶番侍二人は自身の不甲斐なさに地面に突っ伏して、号泣しだしてしまった。
「うあぁぁぁあああん!!」
「やれやれ。──兵糧はあと何日分ある?」
我は、黙って事の成り行きを見守っていた目立たない騎士マテウスに計算を要求した。
「ファルマ様……輜重が空となったならば、打って出た時に持ち出した兵糧と賊から奪った兵糧しかもうありません。どこかから臨時で調達しなければ、どんなに節制しても、あと十日……有るか無いかで御座います」
「あと十日か……」
ルキウス卿はせっかく勝ったのにと肩を落として我に指揮を仰ぐ。
「どうする?」
「まず賊に沙汰を下す。そして撤退する」
「くそっ! はやり撤退か!」
「とまれ、まずはキャッツェガング王を逮捕せよ」
キャッツェガング王は驚いた。
「──なっ!? 馬鹿な! 世はこの国の王なるぞっ!?」
しかし、そんな発言に聞く耳持つ兵士は一人もいなかった。リラティヴィステット王国軍の兵士でさえも、街の住人であっても。そして逃げ出そうとしたキャッツェガング王は怒り狂うルキウス卿によって簡単に捕らえられ、過剰にグルグル巻きにされ、捕虜の賊の中に放り込まれた。
賊共は、終始ニヤニヤして嬉しそうである。だが、手を出す事はできない。彼らもまた、これから我に沙汰を下されるのだから手足は縛られているのである。