44.
かくかくしかじか。
その後、我は呪われし荒野戦記を語り、道中ここへ至る二度の戦闘と、どうしてそうなったのか、どうしてうまく勝てたのかを自分なりに考察してティトゥス皇帝陛下にお申し上げ奉りにて候。
陛下はお疑いなされたり、お疑いなされなかったり、逐一理由をお聞きになられては我の熱弁に、大いに喜びあそばされ、終始そのお耳をお傾けたもうた。
時より陛下は、我が子は、我が子はと個人的な憂いをお示しになられたが、概ねご心配事は、この国の行く末にあったと我は見る。
そうして七大選帝侯以外の我等は人払いされ、一旦、事なきを得て天昇の頂の客間をあてがわれた。が、母エミリアは大層ご立腹で、我のこめかみをグーでグリグリしてあそばされた。
「んんんんんんん~~~!」
「うわぁ~、ごめんなさい……」
兄アルネスは、おこな顔で我に問う。
「おいファルマ。答えろ。どうしてあんな無礼を働いたんだ……? よりによって皇帝陛下に無礼を働くなんて! 一体どれだけの方々に迷惑をかけたと思う!? なぁ!?」
「アデデデデ……。だが、す、すべては計算ずく」
「計算? どんな計算だよ!」
「じょ、情勢を見るに、帝国は今すぐにでも戦時になる……アデデ」
「戦時!? だからといって無礼を働いていい理由にはならないだろっ!」
「就活と拝謁は、礼よりも求められる人材をアピールする事、これに在り……」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「す、則ち陛下は、豪胆にして猛々しい武人の気質を求められて我を召喚したに至ったのであって……!」
我のこめかみをグリグリしていた母エミリアは、次は打って変わって我をきつく抱きしめ、そして耳元で凄む。
「絶対にダメよ? 絶対に戦場へ行ったらダメだからね!」
「……しかし母上、呪われし荒野で幾度と戦い生還した我の噂を聞いては、間髪入れず名指しで召喚なされる火急な所から、つまりそれ、優れたる武人を是が非でも所望する意図、陛下にこの一存あって然もありなんで──」
「図に乗り過ぎよ!? あなたはまだ三歳なのよ? どうして!?」
兄アルネスはため息をついてから言った。
「はぁ~……た、確かに。税収が重くなっている理由、隣国の戦乱、武器をかき集める動き、そして陛下はどいつもこいつもと、御子息皇太子殿下の事まで頼りない様な事をおっしゃられておいでであった所から……そう言われると、ファルマの言い分も妙に納得せざる──」
「アルネス!?」
「ああっ! ご、ごめんなさい母上!」
母エミリアはそれでも納得いかないと気分を損ねる。しかし我は続ける。
「つまり、もしあそこで我が詰まらぬ態度を取っていたら、逆に期待外れだと何されたかわからなかった。これはもう、避けられない筋書きなのでは……?」
「んんん~~~~~!」
母エミリアは苦悩したが、兄アルネスには複雑な気分でもなんとか納得して貰えた様だ。そして今まで山の様に動かず、じっと静観して話を聞いていたプリエクエス伯ルキウス閣下が、遂に口を開いた。
「うむ。正直白状すると、俺は愉快だったぞ、ファルマ」
「閣下!?」
母エミリアは動揺する。しかし、ルキウス閣下は続ける。
「俺は現在伯爵と言う身分ではあるが、本来は騎士であり、そしてロフノスト家の先祖は代々戦士の家系だ。ファルマの行いはそれを思い出させてくれて、なんだか痛快だった」
「……」
「だから俺の顔を立てると思って、許してやってくれ。エミリア」
何とも、ルキウス閣下は我の大事な理解者である。しかし母エミリアはそれでも納得せず、文句を続ける。
「我が子の無礼の件、ルキウス閣下の寛大なるお心遣い、平に痛み入る次第にございます。ですがルキウス閣下? 畏れながら、私が懸念を示すのは、我が子が戦場に引っ張り回される事にございます。我が子はまだ三歳なのですよ? 私はどうしてもそれが納得できません!」
ルキウス閣下は、ならばと談義を続ける。
「エミリア、その件はいい加減くどいぞ? 世界は災難に窮している。俺たちは騎士だ。帝国臣民を守る騎士だ! その為に領土と特権を得て、陛下から禄を食む御恩を受け賜っている!」
「しかし!」
「しかしも何もない! 戦火に巻き込まれて死んでゆく無関係な者達、純真無垢なる子達を思えば、我が子を差し出してでも天下太平を政道とするは、俺達ロフノスト家、武一門の本来の習いであるだろ!」
母エミリアは黙る。しかしルキウス閣下は尚も続ける。
「俺の父も祖父も、祖母も兄弟でさえも、立派な騎士として死んでいった。エミリア、お前の祖父ミョズヴィトニルもドワーフの戦士として、多くを守る為に戦い死んでいった! お前の婿カラドクーも世界を奔走して戦っていると聞く! そうやって世界の母は歯を食いしばって無理やり我が子を取り上げられていると言うのに、どうして騎士たる我等が、我が子を差し出せぬと言えるのか!」
「ぐ……ぐす……」
母エミリアは静かにだが、遂に泣き出してしまった。ルキウス閣下も少し悲しそうな顔をする。
「非情なのはわかる。わかるが……。ファルマは三歳でも、どの大人よりも強い。幾度と勝ちを得て未だ負け知らずだ……ファルマ」
ん?
「絶対に死ななと約束してくれ」
我は勇ましく返答する。
「──問題ない。我は父カラドクーよりギリスマエソールの血を受け継いでいる。それ故に、我に与えられた役割天命を得てその成就を待たずに、死ぬる事は絶対にあり得ない!」
「よし! 良く言ったファルマ!」
「約束よ? 絶対よ!?」
母エミリアはそう言って我をきつく抱いて、歯を食いしばりながら涙した。
──我は既に一回、冷凍マグロによって死んでいるのだが……。
とまれ、そんな所へ皇帝陛下の使者が現れ、再びの拝謁を命じられた。ルキウス閣下は皆に言い放つ。
「──腹を括れよ!」