40.
そして、ゴブリンやコボルトの移送が始まる。
これはこれで一大事業で、難題だ。
戦勝に沸く我等の軍も束の間、すぐに踵を返して一旦ローテツダッハの街を目指す。
そして我等は勝手にローテツダッハの軍用穀物庫を空にし、ゴブリンたちに食わせて王ゴッズフィストの元へ移送する事にした。すべて委任された軍事的権限の下で行われたものであるが……。
ローテツダッハ公ブルクハルト閣下は激おこぷんぷん丸であった(←死語?)。
「勝って帰ってくれば無条件で褒められると思ったか!? ワシはねぇ~! あいつ等を皆殺しにしろと言ったんだよ!? ルキウス君、ファルマ君!」
ブルクハルト閣下は城の窓から外を眺めると、うじゃうじゃとゴブリンコボルトがムシャムシャと穀物を生で食っていた。あ~もう! くそ! と、体のどこかが痒いのだが、その痒い場所を特定できない時の様な、何とももどかしい感じでブルクハルト閣下はイライラしている。
しかし怒られたルキウス閣下は平謝りしながらも、勇敢に反論した。
「申し訳ありません。しかし、彼らを皆殺しにしてしまっては、更なる人的被害は確実でしたし、しかも皆殺しと言う遺恨を残せば第二、第三のゴブリンコボルトによる戦乱が起こったかもしれません」
「だから、皆殺しにしろと言ったのだ!」
「恐れながら申し上げますが、一人残らず皆殺しは不可能です」
「出来る! いや、出来たはずだ! ルキウス君! 頭を使いたまえ! その為に頭が付いておるのだろう? チミィ~!」
「ではお聞きいたしますが、閣下は、城に巣くう鼠を一匹残らず駆除できる方法をお知りなのでしょうか? 何卒、卑しい私めにご教示くださいませ」
「ぬっ! ふざけるな! 誰に向かって口答えしていると思っている!」
「閣下にございます」
「き、貴様ぁぁぁ!」
兎みたいにムシャムシャ食っていたサラダの乗っていた皿を、ルキウス閣下に投げ付ける顔真っ赤なブルクハルト閣下。だが、兄アルネスはビビり散らかしながらも力を振り絞って宥めようとする。
「閣下! 閣下! どうかお気をお鎮め下さい! どうかどうか……!」
「あぁぁぁあああ!!」
ちゃぶ台返しするブルクハルト閣下。しかし閣下は、落ちて少し汚れた肉を見て拾うと、再び食いだした。う、うえぇ……。そしてまた叫び出した。
「ぁぁぁぁぁぁああああああ! ジャリジャリするぅ! ちっきしょうめぇぇぇぇえええ!」
我は問う。
「閣下は、なぜそんなにお怒りなのですか?」
「わからんのかファルマァァァァアアア! 期待外れだこのクソガギがっ! ワシの食うはずだった飯が減ったからだろうがっ! 少し考えればわかるだろ、この馬鹿が! しかもワシの食う分を、皆殺しにしろと言ったあいつらに、事もあろうに食わせやがって! この、大馬鹿者めがっ!」
うわぁ……やれやれ……。なるどな、では。
「閣下はお知りにならないのですか? 我が父はエルフにございます」
「ああ!? だから何だ!」
「自然の事に詳しいエルフである父カラドクーから習った事なのですが、ゴブリンとコボルトの血は呪われて汚れております。もし殺してその血が田畑や灌漑用の水にでも流れだしたら、そこで育つ作物は病気になって収穫が減ってしまいます。しかも、生き残った作物もやせ細ってしまうどころか、非常に不味くなるのは常識なのだと言っておりましたが……。──はて、“美食家”で有名なブルクハルト閣下であるならば、それぐらいは御存じのはずかとも思いましたが……」
「え? 美食家? い、いや……」
しかしこいつアホなのか、“美食家”と言う言葉に満更でもないブルクハルト閣下。目を丸くして怒りがスッと引いていくのが分かる。何だこいつ? だが、よしよし。突破口が開けた。我はこれに乗じて畳みかける。
「しかもそれを飼料として食べた動物は肉が固くなり、焼くと脂身が簡単に抜け、味気ないパサパサの食感となって食うに堪えなくなるのだとか……」
「そ、それは困……、い、いや! 知ってるぞ! それぐらいは知っておる! そんなのは美食家としては常識だ!」
「ええ、そうですとも閣下! 閣下は稀代の美食家にございます。閣下の人類稀に見る“黄金の舌”が、そんな事で汚れてしまっては、国家、いや、我等が世界帝国の大損失になってしまいます! 故に、それに配慮したまでの事にございます。すべては美食家にして“黄金の舌”を持つ閣下の為! 虫の湧いていた穀物庫のはあくまで一時的な我慢でございます。どうにかあいつらをうまい事丸め込んで、他所で死んでくれれば良いだけの事なのです閣下。すべてはローテツダッハ“美食家・黄金の舌公”ブルクハルト閣下へのご采配の賜物なのでございます!」
「お、おお! そうだな! そうだな! ふふん! うむ。すべてワシの計算通りである! しかし良く言ったぞファルマ! ワシはわざと怒って見せたのだ。そしてワシの本意をちゃんと理解して言えるかチェックしたのだ! 部下が、上司の気持ちを汲めなくては先が思いやられるからな! これは教育の一環である! ハッハッハ!」
「ははぁ~! 流石は“美食家・黄金の舌公”ブルクハルト閣下にございます! ああ! 何と恐れ多いことか! ただただ、我等卑しい臣下は平伏すのみにございます……閣下!」
「うむ! 良いぞ良いぞ! ハッハッハ! ──二度目の昼食は終わりだ! 三度目の昼食を持ってこい!」
「──畏まりました」
“美食家・黄金の舌公”ブルクハルト閣下は給仕に三度目の昼食……を催促した。マジかよこいつ……。
とまれ、まぁ何とかなった。そして、すっかり機嫌を取り戻したブルクハルト閣下は明日、二度目の朝食後に我等と共に帝都へ向かう事となった。
いやはや、奸臣ムーブたのしぃ~!