38.
解決への糸口が見えてきて雰囲気が明るくなった所で、ボンガーは藪から棒に空気をぶち壊す。
「ぐへへ! ゴブリン共はアホだ! オークはゴブリン共を従わせる時、必ず退路をなくして追い詰める。そうしないとすぐ逃げ出すゴブリンは奴隷にできない! それに一発殴らないと大人しく言う事を聞かない! だから一発ぶん殴る! 殴って従わせるのは楽しい!」
まるでいじめっ子の様である。
事実上オーク代表を務めるボンガー。その横暴を仄めかす発言に人間共は少し動揺しボンガーをキツく睨みつける。我は元々口が悪いので気にはならないが、しかしそうなるのも無理はない。
過去に帝国は聖丁字教が支配的になると同時に奴隷制を廃止している。人は皆、神の前では平等であって、それを不平等に拘束する事は神への冒涜なのだと言う。とはいえ農奴は居るのだが、農奴は微妙に奴隷とは違うのだとか言う……。
まぁそれはともかく、そういった信仰はやがて習慣となる。例えその信仰がなくなっても、習慣として根付いたそれは、一般的なものと常識化する。例えば日本国神道への信仰心が無くても神社にお参りをするし、誰かが死ねば仏教的な葬式、挙句には、キリスト教徒でもないのにクリスマスはヤリスマスである。
神だ信仰だ等とうんざりする無神論者は前世には非常に多かったが、こういったのは掘り起こせば枚挙に暇がなく、ほぼほぼ、何らかの宗教行事をいつの間にか興じているのである。そうやって人の常識、世論、つまりはモラルが形成されている。
おかげで、表立って人を奴隷にするだの、殴っては従わせるだの言うボンガーに不快感を示す人は少なくなく、ああ、やはりオークの子はオークだなと言う感じで面々はキツくボンガーを睨みつけたのであった。しかし当の本人は、そんな厳しい視線に疑問符を浮かべる。
「お?」
これもまた異文化交流か……。
しかしルキウス閣下は違った。オークであるボンガーの文化やそれからくる性格や立場を考え、冷静に俯瞰して考察した上で、彼は皆に言う。
「──実際、人間もオークと同じだな。いや、それ以上にたちが悪いかもしれない。俺達人間種族は、奴隷は駄目だとか横暴は許されないとか表立っては良い顔をしているが、実際裏でしているのは人に言えない事ばかりだろう? 俺達人間種族も、オークとそう変わりないよな?」
ルキウス閣下はそう言って集まっている面々の目をキッと見つめる。軍の総司令官が、そう言って圧をかけたのである。面々は自身の今までしてきたやましい事、何らかの罪を思い出したのか、はたまた権威に屈したのか、喉まで出かかった偽善的な感情を飲み込んでしまった。
思えばイエスキリストにも似た様なエピソードがあったな。“石を投げなさい”とか言う奴。我はキリスト教徒ではないのでわからんが……。
とまれ、作戦の方針、すべき事はこれで決まったも同様である。
作戦目標は、ゴブリン共を一発殴って追い詰め降伏させ、王ゴッズフィストの所へ移送して労働力として雇用する。これである。そうと決まればルキウス閣下は空気を一蹴するとばかりに高々とまとめる。
「よし! これで話は決まったな! ゴブリンコボルト連合軍を出来るだけ買収し、これ以上の被害を食い止めるぞ! よいな!」
「イエス、マイロード!」
「──出陣だ!」
この号令に面々は心を一新し、よしやるぞ、となった。面々は半ば無理やり自分に言い聞かせた感じではあったが、ルキウス閣下は平然とボンガーの肩をポンッと軽く叩いてその期待を示した。ボンガーは何でかはわかっていない様だが、素直に喜んだ。
ローテツダッハの民は、怪物共を何とかする為に出陣する我等を盛大に見送ってくれる。兵士達も怪物相手に内心戦々恐々でありながら、我等の土地からそれを追い出すのだと、大義名分は十分で士気は高い。
しかし懸念がある。賦役の徴兵軍であるこの軍をそのまま敵へぶつけたら何があるかわかったものではない。一部の部隊でもひとたび潰走すれば、集団心理で全面敗走もあり得る。我はそうならないよう事前に対策を練らなくてはならない。
訓練され、指揮しなれた王ゴッズフィストのオーク軍であれば手間が省けるのだが、この軍はそうは行かない。また一から再度、我の意図に合うよう再編しなくてはならない。
せめて鉄床戦術は出来るよう、歩兵と騎兵に分ける必要があるし、歩兵は殆どが徴兵であるから、正面戦闘に耐えうるよう、訓練や現地士官を配置しなくてはならない。しかも行軍しながら。
幸い司令官はルキウス閣下で、我の意図を快く受け入れてくれる。そのたびに説明を要するが、まるでスポンジが水を吸うみたいにルキウス閣下は我の助言を吸収していく。我が偉そうに言うのも可笑しな話なのだが、この人は将来有望で末恐ろしい。しかし、ルキウス閣下の自分に課せられた重責を思えば、当然の事の様に思えて妙である。我としては何とも贅沢な上司である。
そして我等は渓谷の入り口で、ゴブリンコボルト軍と遂に対峙する事となる。