36.
道中、最近小競り合いがあっただろう場所を通る。
そこには戦死した人間と、動かなくなったゴブリンやコボルトの屍が転がっていた。我はゴブリンを知っているが、コボルトを実際に見るのは初めてだった。ルキウス閣下がそれをコボルトだと親切に教えてくれたが、ゴブリンは初めて見ると我に言った。
通りすぎがてら、様子を伺う我等。何があったのかと集まったそこらの野次馬を追い払う兵士。精神的に参ってしまったのか座り込む兵士。そしてそれを元気づける兵士と、現場は人間側の勝利を暗示していたが、あまり勝利と言う感を出していないどんよりとした空気だ。
やれやれ。今度はゴブリンやコボルトか……。
「ふんぬぅ~!」
城に泊まっていた時は、厩舎で寝泊まりを強要されつつも主人の馬の世話を楽しんでいたボンガーであったが、現場を見て戦が近づいている事を察知すると、目の色が変わって荒ぶり力みだす。
野次馬の村人は、今度はそんなオークの御来光に目を丸くし弱音を吐く。
「ああ……この国はどうなっちまうんだ……」
ボンガーは笑いながら言う。
「俺が守ってヤル! ゲヘヘ!」
「──う、うわぁぁぁ~!」
「ア、アレ?」
逃げ出す村人達。地元の兵士達は慌てて矛を持ち直す。ルキウス閣下がそれを制止する。閣下の兵士達は慌てた地元兵士達を笑う。
「ハハハ! こいつは味方だ!」
「な、なにぃ!?」
なるほど。オークでさえ珍しいのに、ゴブリンも珍しいのだろうと野次馬がそれを物語る。コボルトは大きな森ではたまに出るらしい事をルキウス閣下はおっしゃっておられるが、それでも見たのは人生で数回だと言う。であれば、情弱の村人が見慣れぬ種族を見れば国を憂うのは当たり前の反応だろう。
とまれ、少し行くと我等は目的地である城塞港湾都市へと入場した。
ローテツダッハ公とは、赤屋根公とも訳される。言うだけあって僅かに年期の異なる赤い屋根が街に連なり、それが海の青と自然の緑が混ざり合う色鮮やかで美しい城塞港湾都市を賑やかに彩っている。パルヴス男爵領のド田舎とは別世界だ。因みに城であったプリエクエス伯爵城とは毛色が違う。さらに、ここは帝国のカネ処と揶揄されるほどに交易や商業が盛んである。
だが我は見逃さない。乞食がましに見える貧困と格差。一発で性病に罹りそうな娼館や、水夫だらけの喧嘩ぱやい飲み屋街。ガラの悪いパン屋の主人が偉そうに仕切るマフィア張りのパンギルドの面々。と、来たならば当然、粉引き水車小屋の主人はシーフマスターに違いない。
衛兵は買収慣れしており、金持ちにはゴマをするが、貧乏人には厳しいと、人口の多い都市の統治の難しさを我は目の当たりにする。
我は護衛マテウスとボンガーに名も知れぬ騎士達と、母エミリア、兄アルネス、親戚上司のプリエクエス伯ルキウス閣下と共に、帝国七大選帝侯ローテツダッハ公ブルクハルト閣下へお目通り叶う。
彼は太っていた。むしゃむしゃと食事中である。美味しそうに良く食べる。飯テロである。しかしルキウス閣下は淡々と挨拶する。
「閣下。召喚に応え、馳せ参じました」
「おお、ルキウス! それにエミリア! 待っておったぞ。陛下の伝言をしたのはワシだからな。少し時間がかかったようだが話は聞いておるぞ? よくやった。しかし今日は見世物が沢山で目がチカチカするな!」
「土産話も沢山でございます」
「はは~! ローテツダッハのパンにメテオティアのワイン。さらに神童の仔羊とぉ~……少々苦そうな緑黄色野菜までおるな……」
「グフフゥ!」
ボンガーはブルクハルト閣下を美味そうと見てウガッとしてみせる。
「──おおっと! これは触らぬでおこう……。所で、卿がファルマ君かな?
「そうだ。我がファルマである」
「──ッ!」
我の態度に皆驚く。おっとイケナイ。ついつい偉そうにしてしまった。しかしブルクハルト閣下は笑顔を絶やさない。
「ほっほっほ! 噂通りの無礼! だが許そう。ワシは仔羊が好きだからな。それより卿には聞きたいことが山ほどある。山ほどあるが、山ほどあるから疲れそうで、やっぱやめとく」
ん? なんだ?
「つまりは、だ。ワシは野菜もしっかり食べるし、苦いパセリも好んで食べるが、あ~その……腐ったパセリは嫌いだ」
「……???」
何を言いたいのかさっぱりわからん。皆も同様ハテナマークだ。が、我は少し考えて勝手に答えた。
「ゴブリンの事ですか?」
「──そぉ~! それだよ君! いいねぇ~! わかってるねぇ~! 食べちゃおっかなぁ~?」
我は、急にブルクハルト閣下に抱っこされてヨチヨチされた。
──う、うわぁぁぁぁあ!!
「でね? 卿にそのゴブリン倒してきてほちいな~って。……出来れば皆殺しで」
「──ッ!」