34.プリエクエス森の賊徒殲滅戦
まさか我に指揮を任せるとは……。
プリエクエス伯ルキウス閣下は相当思い切ったことを言ってくれる。おかげで家臣団騎士等は不満だらけだ。
「閣下!? エミリア様やアルネス様ならまだしも、この子はまだ子供ですぞ!?」
「子供だからなんだ?」
「閣下は子供に軍の指揮を取らせるおつもりですか!?」
「──俺の命令を聞けないのか?」
「い、いやそのような……」
「さっきファルマに俺の寛大さを勘違いするなと言ったな? じゃあそういうお前は、さっきから意見ばかりでまともな対案も出てこないお前はどうなんだ? ん?」
「そ、それは、申し訳ございません……」
「ファルマの命は、俺の命だと心せよ! いいな!?」
「ぎょ、御意……」
「声が小さい!」
「御意!!」
「──いいな? ファルマ!」
「承知いたしました」
受けねば収まりが付かないな。
我を神の子として信じて疑わなかったオーク共と違い、今回の我はあくまで親戚の子供に過ぎない所謂小童である。職業軍人、騎士として長年仕えて来た兵共からしたら面白くないと言うのは、人間の性であろう。なのでここは──
「──しかし、条件があります。閣下」
「ん? なんだ? 条件だと!?」
「はい。我は所詮三歳の小童。あくまで親戚の子倅と言うのは疑いようのない事実。そんな我が閣下に代わって直接指揮をしては将兵の士気に関わりますかと。なので我の言はあくまでオーク戦でいい気になっている兵法コンサルタントの戯言として受け止め、指揮はあくまで閣下が取るようお願い申し上げます」
「すぅ~……。そうか……そこまで言うのなら、分かった。言うとおりにしよう」
プリエクエス伯ルキウス閣下は家臣団を見ると、すぐに我の思う所をくんでくれた。我はこうして我なりに家臣団騎士等の肩を持っては見たものの、未だに我の事を良く思っていない者がいる。やれやれ……我のコミュ障はここにある……。とまれ、こういうのは大抵、口ではなく行動で、実力と実証で示せばならない。
まず我は、灰色地で赤字のRを上下逆さまにした様な旗が掲げられている野武士山賊連合軍が居ると言う森を、ちゃんとよく見てみる事にした。
因みに我は何も、根拠なく焼き払えばいいと言ったわけではない。
松や杉などの針葉樹は油分を含んでおり燃えやすい。敵はその燃えやすい松林に居るだけでなく、その枝葉を落として視界を確保しつつ地面に敷き詰めて歩行を妨害するバリケードも作っている。そして我は気付ければ天候も見るようにしているが、実は雨の降らない乾燥した日がここんとこ長く続いていた。なのでその落とした枝葉はまるで薪の様に燃えやすく乾燥しているはずである。実際敵は、その枝葉をそのまま火にくべて炊事をしている。その煙が多数あがっており、遠目でもよくわかる。
その手の筋、兵法でやってはならないと散々言われているのが“森に陣を構える事”だ。
三国志の劉備は関羽を殺された事に激怒して呉の国を大軍で攻めているが、度重なる連戦と暑い気候に悩んで涼しい森で陣を構えて兵を休ませてしまった。呉の陸遜はそこを火攻めにして劉備の大軍を破っている。夷陵の戦いだ。
またもう一つ、日本の国土の70%は山林である。なので木造建築が多く、築城にも多分に木材が使われている。つまり燃えやすく火攻めに弱い。この弱点を補うために戦場になる建造物には漆喰や泥を塗る等の工夫をする必要がある。だが我等の敵は、その工夫がまるでない。
素人にも程がある。燃やしてくれと言わんばかりだ。だがまだ火計はお預けである。
あれだけの煙。炊事の火支度をして、よくもまあ火事にならないものであるが、それはともかく敵はまだ日が暮れるには早い段階での炊事を開始している。我はニヤける。そこから導き出せる結論は“今晩敵は我等を夜襲してくる”である……。早めに飯を食い、早めに体を休ませて夜活動する準備をしているのだ。
敵は、こちらがすぐに仕掛けて来ないと高を括っている。そこは得ている。実際こちらは戦闘の準備が整っていたいので仕掛けられない。しかし、この事をプリエクエス伯ルキウス閣下に助言すると、彼は目から鱗が落ちたと、夜襲に対して逆に奇襲する準備を進めてくれた。
月は半月。やや薄暗い夜陰に乗じて、敵はまんまと我の思惑通り夜襲を仕掛けて来る。膝ほどの高さの草原の草丈に隠れてジリジリと匍匐してきたのである。兵士たちは息を潜めてヒソヒソ声で我の予想的中にほくそ笑んだ。
うざいガキの戯言でも、当たって戦が有利となればついニヤけてしまうだろう。忘れてはならない。これは殺し合いで、ヘタしなくても死ぬ可能性の高い戦場なのである。溺れる者は藁をも掴み、ガキの戯言当たれば良々である。
そして敵が我が陣の天幕がものけの空であるのに気付き始めた良い頃合いで、プリエクエス伯ルキウス閣下はビューグル手(ラッパ手)に突撃ラッパを吹かせる。我が帝国の信号ラッパは、非常に甲高く、そして気高く、天までつんざく雷霆の如しである。
「突撃ぃぃぃ!」
「ウォォォォオオオ!!」
しかし、さすがは山賊どもだ。逃げ時がわかってる。敵は空振りだとわかると、素早く撤退を開始した。閣下の騎兵や騎士は迂回して退路を断とうとしたが、しかし不慣れな夜陰に訓練不足で完全封鎖が間に合わず、多くの敵兵を森へ生還させてしまった。
とは言え敵は甚大な被害で間違いなく、その数四百近くを打ち取った。
「流石はファルマだ! この功績値千金だ!」
「く……認めざるを得ないな……」
ルキウス閣下は褒めてくれる。家臣団は口では悔しそうであるが、顔は笑っている。良々。しかし、取り敢えずの戦勝にも関わらず浮かれ散らかす味方のふんどしは締めておかねばならない。我はプリエクエス伯ルキウス閣下に忠告する。
「──しかしながら、戦はまだ終わっておりません。今は休んで翌朝の朝一仕掛けます。火計の準備をお忘れなく」
「よし! よし、いいぞ!」
深追いはせず、取り敢えずの勝利に軍が湧き、士気が爆上がりした。しかしルキウス閣下は尚も気を引き締めるよう手綱をしっかり握ってくれる。
そして閣下の軍は敵に対して殺意剥き出しの憎しみで溢れかえっている。敵は散々略奪狼藉を働いていた為か、その恨みに平静さを失っている兵士は、明日奴らを皆殺しにしてやると目付きが座ってニヤけている。全くもって人の憎しみは止めどが無い。
後方に居たとは言え、一緒に天幕に戻る母エミリアは、天幕に入るなり打って変わって我に心配そうに話しかける。
「大丈夫? ケガはない?」
「問題ない」
「うんそうね。うん、そうだけど……」
母は執拗に我の身体をチェックする。そして兄は我の戦功を肌身に感じたのかニヤケながら震える手で我の頭を撫でて言う。
「す、凄いなファルマ! やっぱり呪われし荒野の話は本当だったんだな!」
「飢えと渇き、容赦なく照り付ける太陽も本当だがな」
「俺は心配し過ぎて、飯が喉を通らなかったぞ。だから俺も飢えていた事になるかな?」
「うぅむ、そうだな兄さん。腹が減っては戦は出来ぬとは言うが、戦や心配事があると、なぜか腹がおかしな事になる」
「ハハッ! でも今は凄く腹が減ったぞ! まずは乾杯だ!」
しかし母はあまり気分が優れない様だ。兄がそれに気づいて少しシュンとする。ここはそんな母に配慮して少し静かにしようか……。とまれ、もう後には引けないのである。……飯を食ったら少し寝て、今度はこちらが仕掛ける番である。
翌朝朝一、各個撃破できる戦力を持たなくなった敵を包囲する為、我等は二軍に分けて挟み撃ちの体を取る。敵は打って出てくる気配はない。守った方が有利であるし、手負いが多すぎるのだろう。奴らはつまり動けないというわけだ。しかし普通に攻めたら面倒な防衛力をあの森は持っている。故に火を放つ。
もはや我が軍は、容赦ない。
本陣は風下なので、敵後方に回った部隊が着火する。松明に火矢にと燃える物は何でも投入した。敵の飛び道具による抵抗はあったが、それはかなり限定的で散発的だった。故に被害はかなり軽微である。
そして想像以上に火の手が上がるのが早い。我はインドアなのでわからないが、こんなに早く燃えるとは想像もしていなかった。思えば松ぼっくりは優秀な着火剤であった。前世の近代的なキャンプグッズには全くもって敵わないが、それでも燃えやすいには変わりない。だとしても周りが早い。これはさすがに何か異世界的な要素があるのではないかと疑う程である。
家臣団は
「おお! 良く燃える!」
「ああ、閣下の森が……」
「我等の憎しみの炎が、火の精霊と呼応しているのかもしれん!」
とか言っている。ここは剣と魔法の異世界だ。もしかしたらそれもあるのかもしれないとか思えてくる……。
どんどん燃え広がる炎。
着火した部隊は森を回りながら包囲する様に火を放つ。中には自身を燃やしてしまい、仲間に消火して貰っている奴もいる程だ。そして敵は焦り散らしている。森を出たら殺される。しかし残っても燃えてしまう。火の手の回らない開けた所に居れば安全かもと思うが、そしたら今度は煙によって窒息させられてしまう。
「──退路を塞ぐ! 敵を森から一歩も出すな!」
プリエクエス伯ルキウス閣下は容赦なくそう命令する。風下にいる本隊は、立ち昇る煙を吸わないよう姿勢を低くして、森からあぶり出されて来るであろう敵を待ち、たまらず出て来た敵を殺さんと目をギラつかせる。
瞬く間に森が燃えてゆく。
燃える炎と炎が、乱気流を生み出して紅蓮の竜巻と化す。敵は自身で敷いた松の枝葉に足を取られ、そのまま燃やされてゆく。火に押されて出てくる敵は何とか森から脱出できても、今度は憎しみの炎で刺殺される。この様はもはや
──虐殺である。
そして森全体が燃え出して敵を焼き尽くすと、一刻の一方的な殺戮は、ようやくその終焉を迎える事が出来た。しかし、戦いが終わってもなお炎は消えない。やがて草原にまで火の手が回りだすと、反比例して軍兵士のアドレナリンは引いていった。そして兵士達は自身のした事の恐ろしさを思い知る。
敵を一番殺したボンガーは、戦勝に荒ぶり叫び散らかしている。
「──ウゥオオオオォォォオオオオッオオオオ、オォォォォ!!!」
ある兵は言った。
「これが戦争か……」
しかし戦に慣れた家臣団は、この勝利に冷酷な微笑みを浮かべ、プリエクエス伯ルキウス閣下は責務を全うした疲れからか、その肩を撫で下ろして一息ついた。
もはや我を見る騎士や賦役兵の目は前と打って変わっている。大半の者は“熾天使だ!”“軍神だ!”などと賛辞をくれるが、良識ある者は、相変わらず無愛想の無表情で敵が焼かれる様を無言で眺める我を見ては、恐怖におののいて呟いた。
「あの子は、あの方は、いや、アレは地獄の死神だ……!」
──ミッションコンプリート。
我はトボトボと母エミリアと兄アルネスの元へ、騎士マテウスを伴い乗り慣れない馬を歩かせる。
兄は口を開け顔は真っ青だ。母は何を思ったか、たまらず我を抱きしめると、急に泣き出しては我の耳元で囁いた。
「ごめんね……ごめんね……」