33.
「あ、どうぞ。お通り下さいませ」
母と兄は間所で顔パスの様だ。しかし我等以外は全員止められる。ぼろ衣を来た農民は、土地や貴族に縛られる農奴の逃げ出しではないかと手形を要求される。行商人には通行税を課してエグい取り立てをしている。ほかにまともな道は無く、中にはあってない様な道を迂回する者達も居る。が、見つかれば警備兵に追い掛け回される。
(おい聞いたか? また山賊にやられたらしいぞ)
(あ~またか。このままだと全員破産だぞ。どうすればいい……)
小言が聞こえてくる。どうやら迂回に成功しても待っているのは別の通行税の様だ。我は兄を見る。兄は苦笑いで誤魔化す。パルヴス男爵領の生活とはまるで別世界だ。ロフノスト本家様との国境あたりから何やら不穏である。母は言う。
「最近税がどんどん引き上げられてるらしいの。前上がったばかりの消費税10%が、今では15%よ? 私は所詮選帝侯様の伯爵本家様の下の男爵。ここまでくると帝国の法はそうではないけれど、でもそれは本家様が私たちに配慮して増税を止めて下さるおかげだから。他はしわ寄せが行って相当苦しいみたいね……」
「本家様には頭が上がらないよファルマ」
「そうなのか……」
日本の場合はその分、法人税が安くなっている。しかしこの帝国はどうやら法人税も爆上がりに違いない。消費税は低所得者に不利な税制だが、かといって法人税を上げれば、企業は人件費をケチって失業者を溢れさせるだろう。だがこの帝国はその両方を上げている。貧困は、国の万病の元である。この帝国は、もしかしたらもう終焉が近いのかもしれない……。
──因みに“消費税”と言うのは冗談である。勝手に我が会話を脳内改変した。
実際は人頭税とか賦役(軍務や公共的なただ働き)とか、教会十分の一税とか、納付税や間所通行税に市場税などがある。
そんな事を考えていると、本家様の所から完全武装した出迎えの騎士がやってくる。本来であればラフな正装をしているものだ。なのにこれはどうやら穏やかでは無い。男爵である母の親戚の伯爵の本家様プリエクエス伯ルキウス閣下は、我からしたらマイロードのマイロードだ。しかしせわしなく野営での軍議中、そこに我等は案内される。
美しい田園風景。美しい城。笑顔の民。ここではどれも欠けていた。母はそれでも気丈に挨拶する。
「ルキウス閣下。帝都への道中、挨拶に上がりました」
「おおそうかエミリア……久々だな。しかしちょうどいい。今は猫の手も借りたい。国境に野武士や山賊が現れ略奪狼藉の限りを尽くしている。隣の国の内乱の余波だろう。だが我が国も戦争が近いかもしれない。なのでこれを素早く平定しなくてはならない」
それを聞いてボンガーが騒ぐ。
「俺、戦い大好きだ! 俺いつでも戦えるぞ! ウォォォオオ!」
ルキウス閣下は驚きながらも、噂を聞いていたのか膝を打つ。
「これは頼もしい! 噂の改宗したオークか! 名は何という?」
「俺はボンガーだ!」
「ボンガーか、よし覚えておこう。しかしその言葉、アルネスから聞きたかった」
「い、いやぁ、僕はそのですね……」
「わかっている。お前は平和主義者だからな。争いごとは好まない性格なのはわかっている。だが、騎士としての義務、果たしてもらうぞ? ──因みにその子が噂のファルマ坊ちゃまか?」
「そうだ。我がファルマである。以後、お見知りおきを」
(お、おいファルマ! 閣下になんて失礼を!)
兄は取り乱す。しかしルキウス閣下は
「おっと! これは頼もしい! 本当に三歳なのか? その勇敢なボンガーもお前が?」
ボンガーは胸を張って言う。
「そうだ! ファルマ様は俺のご主人様だ! ファルマ様は俺等オークを率いて七度の不利な戦い全てを勝利に導いている!」
軍議に参加している騎士たちは感嘆の声を上げる。“まさか!”という疑いも交じりながら。ルキウス閣下は“では”と、地図を我等に見せて我に問う。
「我等の動きに気付いた野武士や山賊は連合して、戦力を増大させ集結している。今ではその数、千以上。俺たちは賦役を合わせれば千五百はいるが、まともに戦える騎士、軍人の数が不足している……。敵はこの小さな森を占領して立て籠もっていて厄介だ。こちらから仕掛ければ不利となるが、どうする?」
家臣団は我が子供らしい事を言って“やはり子供だな”と言う顔の準備をしてニヤついている。だが我は期待を裏切って一息で答える。
「──ならば森ごと焼き払えばいい」
「──ッ!?」
面々は一人残らず戦慄した。ルキウス閣下は驚いてどもる。
「そ、それ、それは……」
軍議に参加する面々は言う。
「それは出来ない……」
「その森は閣下の森だぞ?」
「猟場を、財産を焼き払うのか!?」
我は反論する。
「野武士共は、その“財産”を占領しては、閣下の“財産”である領民を襲っている。これ以上“大きな財産”の被害を拡大する前に、やむなく“小さな財産”を切り捨てるべきでは? また、不利な戦いを戦って失う財産もまた“大きな財産”ではないのか? それと比べれば小さな森一つなど」
ルキウス閣下は黙ってしまう。側近が怒り出す。
「おい小僧! 閣下の寛大さを勘違いするなよ!」
兄アルネスは取り乱す。
「も、申し訳ございません! 私の方からきつく言っておきます!」
だが、一考した家臣団の一人が言う。
「いやまて。それにしたって、森を焼き払えばウッドエルフが黙ってないぞ?」
ウッドエルフか。なるほど。我は言う。
「あくまで小さな森である。日当たりが良くなれば、芽吹く機会のなかった種子達が、新たな時代を作る良い好機となるだろう。と、言えば宜しい」
「ば、馬鹿な! それはふざけ過ぎている!」
家臣団の一人が怒鳴る。だが我は続ける。
「では逆に問うが、野武士山賊らはその一団、精々百も居れば多い方なのに、なぜ敵が千になるまで放置した? それまでになぜ何もしなかった? なぜ集結を許し、閣下の大切な財産である森を占領された? それまでに貴様らは何をしていた?」
「──くっ!」
(おいファルマ! もう勘弁してくれ!)
アルネス兄さんは今にも泣きそうだ。すまん。正論でねじ伏せる癖はサイコパスである我の悪い癖だった。だがしかし、事実でもあるだろう? よく考えて見て欲しい。こいつ等は分散した敵を各個撃破するチャンスをわざわざ見逃している上、大切な領民を守れていないのだ。
「閣下、申し訳ありません。この子はオークの生活から脱したばかりにございます故、何卒……」
母は我をかばってくれる。しかしルキウス閣下は
「いや、その子の言う通りだ」
「──閣下!? しかし!」
自分の非を認めるルキウス閣下。慌てる家臣団。
「いやまて。俺もまだまだ平和ボケしていたのだろう。この子の言う事は一理ある。すこし平和であった時間が長すぎた。俺はいう程戦闘の経験がないのだ」
母と兄は、ルキウス閣下の言に少し胸をなで下ろした。
いや、これは凄い。自分の非を認めれる人と言うのはそうそう居る者ではない。頭でわかっていても、それが出来ない人が世の中殆どである。道理を捻じ曲げてでも、自身の勝ち負けに拘り、下らないプライドを捨てきれぬ輩は存外、世の中多いのだ。我でさえもそういう時がある。
なるほど。ルキウス閣下には将来性を感じる。しかしだからこそ、悪巧みをする奴に利用されぬかと少し心配になるな……。母と兄よ、心配をかけてすまなんだ。だが、ルキウス閣下は我に続ける。
「聞けば、呪われし荒野での生活は熾烈を極めたと聞くが、ファルマ。それはどんな生活であったか聞かせて欲しい」
全員の意識が我に注がれる。我は答える。
「呪われし荒野は食料が乏しく確保するのが大変だった。時として我は汚れた川の水を飲み、オーク共が共食いをするのを見ながら焼いた芋虫さえも食った」
驚く家臣団。だが我は続けて畳みかける。
「乗用の猪が死ねばご馳走であったが、逆を言えば則ち戦闘があった証拠でもある。またオークは倒した敵を食う。共食いをする。つまり負ければ食われたのはこちらであった。因みに敵将の首は焼かれ、その脳みそは食われる。これを焼首と言うが、もし我が負けていたら、我の頭は焼首となって、その脳みそは敵オークの胃袋の中に納まっていただろう」
ボンガーが自慢げに続ける。
「俺は焼首を沢山食った! その分強くなった! グォォォオオオオ!」
家臣団騎士らはドン引きした。
「な、なんと野蛮な……」
しかしルキウス閣下は我の話を聞いて何を考えたのか、家臣団に言う。
「よし決めた!」
「閣下? では、いかほどに」
「──ファルマに指揮を任せる!」
「──えっ!?」
えぇぇ……。




