32.
家族は噂を聞きつけたのか総出で迎えてくれる。
いや、家族どころの話ではない。ロフノスト家パルヴス男爵領全体が我等を伝説の勇者一行かの様に扱い凱旋騒ぎなのである。
我が、大ガラスにさらわれながらもオーク部族を掌握し、呪われし荒野の酷い内乱を治めたと言う噂は、既におひれはひれついて広まっていた。その証拠としてボンガーの存在が槍玉に挙げられ、注目を浴びたボンガーはそれに調子に乗って、我の武勇伝を語っては領民のテンションを爆上げした。
そして父カラドクーは子を救った父の手本とされ、騎士マテウスは護衛騎士の鏡と称され勲章が授与された。風白髪のウィザードフレグルは、そのウィザードとしての信用が急上昇し、今後大分やりやすくなっただろう。
我は正直あまり目立ちたくはなかった。我はまだ三歳であり、母エミリアや姉レヴィアに甘え足りない甘えん坊なのだ。もう少し姉に抱っこされてヨチヨチされ、妹エルマを可愛がる平和を謳歌したかった。が、もう遅い。小さな英雄として扱われた挙句、次の戦地に送られるのは可能性としては低くは無いだろう。その証拠に、兄アルネスは嫌がる我を抱っこしてヨチヨチすると、皇帝陛下が帝都でお待ちだと告げたのである。
──ならばせめて、我は抱っこ係として女騎士か若いメイドを所望したが、兄アルネスはそれを却下した。
「駄目だ。これから立派な騎士になってもらう為にも一人で軍馬に乗れないと。騎士マテウスに乗馬の教師をしてもらうぞ。いいな?」
「ぬぬぅ……。ならばせめて馬に縄梯子でもぶら下げてもらいたい」
「それもそうだな……。わかったそうしよう」
そして父カラドクーは母と水入らずの一晩を過ごすと、すぐに次の混沌のアーティファクト探しの旅支度をする。家族は寂しそうだ。しかし父は相変わらずサバサバしており澄まし顔で一行と共に旅立とうとしている。
父カラドクーは別れ際、家族一人一人と束の間の時間を作った。何やら助言をしている様だ。そして我も二人っきりになった時に言われた。
「まず、ギリスマエソールとしての自分の役割を見つけろ。そしてこれより訪れるであろう混沌の世の中を生き抜け。一時お前に家族を任せるぞ。俺は俺でやらねばならぬ事をする。また近いうちに会う日が来るだろう。それまで力を蓄えておけ。いいか?」
「了解した」
ウィザードフレグルは言う。
「それではもう行くでの」
「おいファルマ! ポンコツ兄貴を大切にしろよ!」
ローニおじさんにそういわれた兄は取り乱す。
「ロ、ローニおじさん!」
「ガハハ!」
そして父カラドクーは一度も振り向かずに去った。我等も続いて城を出ねばならん。行き先は正反対だ。お留守番は姉レヴィアと妹エルマである。我は妹エルマにハグされヨチヨチされると、我はお留守番を頼んだ。
「うん分かった! アハハ!」
「フフフ」
姉レヴィアはその光景を微笑む。さて、我は母エミリアと兄アルネスと共に帝都へ向かう為、まず直接の上司であり母方の親戚でもあるロフノスト本家、プリエクエス伯爵ルキウス閣下の所へと向かう。そう遠くは無い。
ボンガーは我の専属護衛兵としてついてくる。ボンガーの存在は物凄く目立つ。首にぶら下げた巨大な木のロザリオが、まぁまぁ効力を発揮して我と御家の名声を後押してくれる。
“──ロフノスト家はあのオークを改宗させ従えている!”
ロフノスト家御用達の幟のお咎めは無かったが、逆に我が男爵家の評判はある意味凄まじくなってしまった。しかしボンガーは差別扱いも何のその、むしろ胸を張って兄アルネスの馬上槍を担ぎ、楽しそうである。兄アルネスはまだ慣れていないのか、オークに内心怯えて冷や汗をかいている。母エミリアは妙にどっしり構えていてオークなど気にも留めていないのだが……。
しかしボンガーはタフだ……。オーク界の秀吉にでもなるのだろうか? そんなボンガーを乗せている猪は、道中の子供達を脅かして遊んでいる……。
「う、うわぁぁぁぁぁ! 逃げろぉぉぉ!」
「ブヒィィィイイ!」