31.呪われし荒野戦記 ─完─
そして戦勝の宴が始まりやがて終わる。
佇むセックル元帥にも立場があるはずである。ニーイ王の形見を持ち帰れなかった代わりの十分な手土産が必要なはずだ。ここで貸しを作っておいても損は無いはずである。なので、ブラックレフトアッパーの居城及びその広大な支配地域を、彼を通じてドワーフ王国へ返還する事とした。
その代わりとして雪冠る山脈の新拠点を王ゴッズフィストとその部族の王都として認め、異例中の異例として何万年と続いた対立関係の和平を結ぶことに成功した。
これはあくまで王ゴッズフィストの部族のみのかなり限定的な協定である。ドワーフ王国の取り戻したいオークの支配地域はそれでもまだまだ広大で、ブラックレフトアッパーのかつての支配地域はその氷山の一角に過ぎないらしい。ドワーフ王国の戦いはまだまだ続くそうだ。
とまれ、ドワーフ王国の遺恨の書の1ページには、解決の印が押される事になった。
ドワーフ王国は、やられたら必ずやり返す文化を持っており、それは全て、王国の遺恨の書に書き込まれると言う。幸い、津波攻めの件は事前に通達しておいたので、その遺恨の書に書かれずに済んだ。危なかった。
そして帰途、道中に敵はいない。かつてのブラックレフトアッパーは焼首にせず、酢漬けにしてブァブァ様への手見上げにするそうだ。そして我等は行く。警戒して行軍する必要もなく、そうしてまっすぐ帰れば気持ちあっという間の距離に感じた。
雪解け水の綺麗な清流が喉を潤す。帰って来た。ブァブァ様とその取り巻きが我等を歓迎してくれる。そしてブラックレフトアッパーの酢漬けを見て、孫ハイハイボーの事を思い出したのか“こいつは今晩のおかずだ”と叫んでさめざめと泣きだした。
王ゴッズフィストは泣かない。オーク文化では、泣くことは雑魚のする事であり、泣きたくても泣けない立場にあると言う。
我は王ゴッズフィストに今後すべき事を全部言う。土地の開墾、建築資材の入手、都市の建設、生活の安定化、防衛用の築城と訓練場、鉄鉱山の開発と各種製品の製造工業建設、そしてドワーフ王国との交易路確立と、超極秘裏に金鉱山の開発と金の備蓄等を。
特に金の備蓄はオークにとっては無価値かもしれないが、今後人間相手には超が付くほど強力な外交カードとなり得る。これは切り札として持っておかない手は無く、王ゴッズフィストはそれを理解して我に誓ってその約束を守ると快諾した。
──さて、そろそろお別れである。
我にも帰るべき家がある。
ジャガイモを喉に詰まらせたような泣き声で感謝を叫ぶブァブァ様。そして涙を堪える他のオーク共は別れ際、我の像を作っては祀ると言って聞かない。やれやれ他にやる事沢山あるだろうと思いつつ、我はウィザードフレグル一行と共に本当の帰途につくこととなった。もう抱っこ係の女オーク戦士はいない。王ゴッズフィストの妻となるそうだ。短い間であったが寂しいのぅ……。そして我は不服にも騎士マテウスに抱っこされて帰る羽目となった。
「──うがぁ!」
「ファ、ファルマ様! 今しばらく忍耐して下さいませ!」
そして我等を運ぶ馬達は、岩場の上をカッポカッポと音を立てて歩く。帰途それなりに進むと、いつからか妙に背後に気配を感じる。
オーク世界と人間世界は相容れない。それは長年の対立が証明している。だがしかし、それでも尚我慢しきれなかったのか、なんとボンガーが全ての地位を捨て去り我等について来てしまったのだ。これは困った……。
「お、俺はファルマ様から離れないッ!」
「むむう……」
今まで我の事をイエア様と呼んでいたのに、ファルマ様と呼ぶようになったボンガー。何度言っても言う事を聞かないボンガーは、仲間になりたそうにこちらを見ている。
困り果てた我等一行は仕方ないので、どうやったらオークが人間世界に容れるかを道中あれこれ考えた。結局これだと言う革新的な結論は思いつかなかったが、取り敢えず現在、人間世界に破竹の勢いで伝播する信仰“聖丁字教”のロザリオを、どこからでもそう見えるようでっかく木で作って首にぶら下げさせた。そして“帝国男爵ロフノスト家御用達”と書かれた幟を勝手に作り背中に担がせた。ボンガーはご満悦のようだ……。
こんな事をして兄や母に怒られるだろうか? 一応父の黙認は得ているが……。
おかげで道中やたらとジロジロ見られる羽目になったが、この地は帝国領内。我や父がその貴族と知ってか、手出しどころか失言さえもしてこないのは幸いであった。宿屋の主人は滅茶苦茶嫌そうな顔をしたが、父カラドクーの澄ましたザ・エルフ特有の貴族っぽさ全開な上から目線で、すぐにその主人はへたばった。
ブァブァ様の大ガラスに運ばれて三日の距離を、結局我等は二週間かけて帰る事となった。空を飛べると言うアドバンテージは凄まじいなと思えばやっと、
──我が家である。




