30.
「ほう? それが混沌のアーティファクトとやらか?」
むんずっと現れてはこちらを睨みつけて来るその髭ずらは、セックル元帥であった。ひどい目に会ったと言う面をしていてなんだか笑えてくる。ひどい目にあわせたのは我何だが、忠告を聞かなかったのはそっちである。
だが武装解除し外交的にやって来た彼は、どうやってか制止を振り切って無理やりここへやってきた様だ。ボンガーがあたふたしている。我は手を上げボンガーに問題ないと無言で示唆し元帥に言った。
「であるが、やはり王子への手見上げにするのか?」
「……もう一度聴かせて欲しい」
どういう訳か、セックル元帥はまた曲を聞かせて欲しいと言ってきた。しかし曲が終わって安堵したばかりのウィザードフレグルは言う。
「──いかん! 聴いてはならん! 聴けば途轍もない魔力に取りつかれ、つい踊らずには居られなくなるぞ!」
「ははは。まぁ良いではないか」
我はウィザードフレグルに笑ってなだめると、勝手に針を円盤に戻した。“あ~もう!”とするウィザードフレグル。さて、今度はどんな曲が流れるだろうか?
……トランペットと悠長なリズム。落ち着いてリズムに乗れるこれは、ジャズだな。我はこういう曲は詳しくないのだが、これはたまたま知っている。なるほどこれは恐らくメランコリックブルースだろう……。
父カラドクーは壁に寄りかかり相変わらずだが、ローニおじさんは自身の顎鬚を撫でて楽しそうだ。ウィザードフレグルはイライラしたのか煙草を取り出しふかし始め、騎士マテウスは何処か落ち着かない様子だ。そしてセックル元帥は唯々聞き入る。
セックル元帥はひたすらじっと黙って聞いているだけなのに、このジャズのせいか、何故だかその佇まいには哀愁が漂っていて、例えるなら“フィンセット・ファン・ゴッホの郵便配達人ジョゼフ・ルーラン”みたいな顔をしていた。我が可笑しいのか? それを見て笑いを堪えろと言う方が難しい。我はどうにもニヤついてしまう。
──ああ、これぞ芸術だ。
他者の理解なんか必要ない。我はこれこそ芸術だと思える。我のニヤニヤが未だ止まらなくて困る。しかしせっかくの絵ずらも数分が過ぎれば儚く終わってしまう。曲も終わりかけた頃、セックル元帥は語りだす。
「──かつて我が王ニーイ陛下はこよなく音楽を愛した……。なるほど。様々な技術革新を王国にもたらし賢王と謡われていた陛下。その人柄よく、誰からも慕われる良い陛下であった……。しかしブラックレフトアッパーと戦争になって軍務に追われる事になると徐々に荒れ、酷くお疲れになったのか、常に酒の臭いを漂わせるようになってしまった……。戦いは、始めは良かったんだ。だが圧倒的物量を前に、徐々に押されて苦しくなりだすと、遂には重要局面で大敗を期してしまった……。今思い出しても悔しすぎる。あとちょっとだったんだ……! だが、だがこの曲を聞いて何故ニーイ陛下は自殺してしまったのかわかった気がする……なんとなくだが……多分……多分…………」
──ドガーン!
すると突然、部屋の壁が崩壊した! 我は突飛な出来事に成す術がなかったが、たまたま運良く瓦礫の直撃を免れた。騎士マテウスは我に飛びつき言う。
「ファルマ様! お怪我は!?」
「だ、大丈夫だ……多分……」
ガシャーン! そしてゴールデンレコードと蓄音機は落ちて来た天井によってペシャンコになってしまった……。驚いていたローニおじさんは呟く。
「あ~あ……」
ウィザードフレグルがあたふたする中、父カラドクーは壁に寄りかかりながら至って冷静に言う。
「──これで破壊する手間が省けたな」
それを聞いたウィザードフレグルは若干不機嫌な顔になった。
そしてセックル元帥は原因を探る為、突然崩壊した壁の向こうを見ると、そこには射石砲を整備していたドワーフ軍工兵の姿があった。工兵ドワーフたちは
“オーマーイ、ガッ!”
となっている。幸い犠牲者負傷者はゼロ。
セックル元帥はそれを無言で確認すると、別段表情を変えるわけでもなく、何も言わずにその場を立ち去ってしまった……。その背中には何とも言えない複雑なオーラが漂っているように見えた……。
我は言う。
「王子への手見上げはいいのだろうか……?」
「ふ~……。しかし壊れてしまったでの……」
ウィザードフレグルは落としたパイプを拾うとそういった。




